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06_防衛任務と忍び寄る巨影

 学園の居住区へと戻る道中、桜夜の胸のうちは嵐のように荒れ狂っていた。


 『拒絶の黒雷ファーストスロットル』による身体への負荷も、今は二の次だった。


(ソルベ……そして、裏切り者の影。アルカディアは、私の知らないところで既に作り替えられようとしている……?)


 かつてない孤立感。



 師である遥を失い、国王との通信さえ封じられた今、この世界で「真実」を知っているのは自分一人しかいないのではないか。


 そんな錯覚に陥りそうになる。だが、宿舎のベランダに降り立ち、扉を開けた瞬間、その凍てついた心に温かな声が届いた。


「もう、桜夜! またネコみたいに急にいなくなって! どこ行ってたの?」


 湯上がりの、少し上気した顔の乙羽がそこにいた。


 いつものように腕に抱きついてくるその温もりは、先ほどまで対峙していたソルベの氷のような殺気を、一瞬で溶かしていくようだった。


「誰がネコですか。少し風に当たっていただけです」

「今日はもう眠たいよ。早く寝よう」


 いつものように二人で布団に入ると、桜夜を抱きしめた乙羽はすぐに穏やかな寝息を立て始めた。


 第一席の訃報、そして世界を覆う不穏。気丈に振る舞ってはいても、彼女もまた心に余裕がなかったのかもしれない。


 桜夜は、腕の中にある乙羽の頭を優しく撫でながら、静かに目を閉じた。



 翌朝。


 その平穏を破るかのように、緊急招集のアラートが鳴り響いた。


 行き先は「第三セクター・特別区域」。かつて人類が初めて魔物から取り戻した、歴史的なゴーストタウンだ。


『チーム・コモレビ、スタンバイしてください。まもなく転送ゲートを起動します』


 無機質なアナウンスが響く中、メンバーは専用バッジを端末に照合させていく。


『認証完了。小さなお子様は手を繋ぎ、枠線の内側にお乗りください。危険ですので、枠線から外へ体を乗り出さないようにお願いします』

「桜夜、ほら私の手を握って!」

「誰がお子様ですか」

「毎回思うねんけど、この音声、絶対使い方間違っとるよな」


 巴瑞季が呆れたようにツッコミを入れる。


「まぁ危険なのには変わりねぇからな。昔、この枠線から身を乗り出して、体の半分だけ転送されて真っ二つに分かれた奴がいるらしいぞ」


 梓がニヤリと笑いながら不吉な都市伝説を口にすると、穂香が顔を青くした。


「カオスですね……想像したら吐き気が」

「髪の毛だけ切りたい時とか、便利じゃん! ボクって天才?!」

「残された髪の毛は誰が片付けんだよ! 次に使う人が迷惑だろうが!」

「梓、ツッコミどころはそことちゃうで」


 転送ゲート。


 それは各セクターの拠点ごとに国が設置した、人や物資を移送するための装置だ。


 空間魔法に長けていた七大執政の一人、初代の第六席が作り出したものと言われている。


 その仕組みは現代の第六席、『空間の調律師』にも受け継がれ、厳重に管理・運用されていた。


 同じ七大執政である桜夜でさえ、このブラックボックス化された仕組みのすべてを理解しているわけではない。


(……この転送中、体の軸がブレる感覚には、どうしても慣れませんね)


 不快そうに眉を寄せる桜夜。


 どうやら、このわずかな空間の歪みを感じ取れるのは、高い感知能力を持つ桜夜だけのようだった。


 幸いにも、隣で乙羽が意図せず体を支えてくれているおかげで、足元がふらつくことはなかった。



『ご利用ありがとうございました。またのお越しを楽しみにしています。チーム・コモレビ、ご武運を』


 転送された先は、第三セクターの奥地。静寂に包まれた廃墟の街だった。


「着いたね。今日はこのエリアの魔物を掃討するのが任務だよ。低級とはいえ数が多いから、気を抜かないでね。コモレビ、任務開始!」


 乙羽の号令と共に、メンバーが鮮やかに散開する。


「前方三十メートルにハウンド五体! 上空からクロウラーが七体来るよ!」

「巴瑞季、前を頼む!」 「ホイきた! 任せとき!」


 推進力を最大にした巴瑞季のガントレットが空気を切り裂き、ハウンドを粉砕する。


「ポチ一号、二号、お手! お代わり!」


 美咲の操る魔導獣が、梓の盾で弾き飛ばされた敵を次々と仕留めていく。


 穂香のドローンが的確に死角をカバーし、戦場は完璧にコントロールされていた。


「桜夜! こっち頼む!」 「はい」


 桜夜もまた、古びた拳銃型の「ギアメタル」を構え、銃口から「白い煙」を噴出させた。


 コモレビにおける桜夜の役割は二つ。


 煙の特性を活かして敵の視界を奪うこと。


 そして、煙を凝縮させてクッション性の高い物体へと変化させ、「ジャンプ台」のような足場を作ることだ。


 味方の行動はもちろん、敵の動きさえも先読みし、必要な瞬間に最適なサポートを置く。


 傍目には地味に見えるが、実際には超人的な演算を必要とする芸当だ。


 だが、七大執政の一人である彼女にとっては、息をするのと同じくらい自然なことに過ぎない。


 仲間たちは桜夜のサポートの重要性を十分に理解しており、彼女の魔導力の数値が低いからといって蔑ろにすることは決してなかった。


「みんな! このまま一ヵ所に誘導して! 集まったら中央から離脱!」


 乙羽の意図を瞬時に読み取り、各自が淀みなく動く。


 魔物たちが一ヵ所に密集した瞬間、乙羽が空高く跳躍した。


 同時に、全員が桜夜の作り出した足場を蹴って包囲網から脱出する。


「『光牢天時雨こうろうあまぐれ』!!」


 巨大な光のドームが戦場を包み込み、その内側で無数の光の剣が乱反射する。


 絶叫を上げる暇もなく、数百の魔物たちが一瞬にして光の粒子へと消え去った。


「……ふぅ。これで、おしまいかな」


 魔導力を使い果たし、膝をつく乙羽。


「全滅かよ……相変わらず、この技はえげつねぇな」

「燃費が悪い分、威力は段違いやね」

「でも隊長のおかげで任務は終わりだね! ボク、帰りにアイス食べたい!」

「隊長の強さもそうですが……私は、桜夜のあの先読み能力こそ理解できません」


 仲間たちが勝利の余韻に浸っている中、桜夜だけは不自然な違和感に頭を捻っていた。


(今回の魔物……一見、こちらが誘い込んだように見えましたが、何かがおかしい。まるで、より大きな獲物を呼び寄せるための『餌』だったような――)


――ズ、ズズ……ッ。


 その思考を遮るように、足元の地面が不気味に震え始めた。


 逃げ遅れた虫一匹いないはずの、静寂の特別区域。


 その中心部が、巨大な顎を開けるように、轟音を立てて陥没していく。


(このプレッシャーは、まさか?! チッ……!)


 本来、第三セクターには存在するはずのない禍々しい気配が近づいている。


 桜夜は忌々しげに、思わず眉間に深くしわを寄せた。

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