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05_闇夜の襲撃者

 桜夜は、遥や乙羽のように空中を自在に飛び回ることは出来ない。


 しかし、白亜の桜で空中に『透明な障壁』を足場として作り出し、それを歩幅ごとに展開しながら高速で宙を蹴って走っているのだ。


(最初は障壁の生成が追い付かず、何度も地上に落下していましたね……遥さん)


 この移動方法は、師匠である遥の提案だった。


 今ではその遥の飛行速度にも引けを取らないほどのスピードを誇っている。


「この辺りですね……」


 桜夜が到着したその場所は、第三セクターのガーディアンの拠点からかなり離れた、人の気配が全くない廃墟が立ち並ぶ一帯だった。


 ただ、この辺りで不審な気配を感じ取ったことは間違いない。


 少し空中から辺りを見回っていると――突然、背後に迫る強大な魔導力の波動を感じた。


 桜夜は振り返りもせず、即座に障壁を展開し、その不可視の攻撃を弾き飛ばす。


「くっくっく。本当に音もなく現れるのですね〜。まさに神出鬼没だ」

「……」


 背後から聞こえるその不気味な声に、桜夜は答えない。


 しかし、周囲に舞う白亜の桜を通じて、しっかりとその姿を捉えている。


「本当に不思議なお方だ。魔導力を全く感じない。ワタシのように隠すのがお上手なご様子。ここで解放してもいいのですが、アナタたち人間の感知システムは優秀ですからね。すぐにゴミどもが集まってきてしまう」


 それは桜夜としても避けたい事態だった。


 この魔物……と呼んでいいのかも分からない、人型ながら人間でない存在に、桜夜は初めて出会った。


 そして、この者がとてつもなく強いことは、肌を刺すようなプレッシャーで十分に分かっていた。


「先ほどからワタシしかしゃべっていないのは、とても寂しいですね。こうして見ると、ワタシの方が人間味があると思いませんか? せっかくこうして対面することを『あの方』が許して下さったのです。もう少しお話ししませんか?」


 ピクリ、と桜夜の体が動いた。


 『あの方』と呼ばれる者の正体に、思い当たる節があったからだ。


「くっくっく。やはり『あの方』に反応するんですね〜。知りたいでしょ? あの、七大執政が最強の一人、第一席・聖光の聖女を殺した人物を」


 桜夜は、ゆっくりとその者の方向へ体を向ける。


「やっとワタシに興味を持っていただけましたか? くっくっく。しかし、我々は最終的な目的をまだ果たせてはいないのですよ。アナタはそれを知りたいのではないですか? だから、その凍てつくような殺気を収めてはいただけませんか?」


『舞え、氷華』


ピキィィィンッ!


 その者の足元から、尋常ではない速度で氷の結晶が這い上がり、空間ごと拘束する。


 桜夜は、相手が会話をしている間も白亜の桜を舞い散らせ、隙を見て攻撃を仕掛けていたのだ。


 普通の魔物であったなら、これだけでとうに粉々に砕け散っている。


 だが、この敵はそうもいかないようだった。


「ふむ……まるで突然、ワタシの全身に何かが付着して、それが体を凍結させているかのような感覚ですね。ふむふむ面白い。これは経験したことのない体感ですよ! もしかしてアナタ……魔導力ではない別の力を使っているのですか?」


 氷の戒めの中で、その者はケロリとした顔で笑っていた。


「……あなたは何者ですか?」

「ようやくお声を聞くことが出来て何よりです。ワタシは魔帝王様の使徒柱の一人、第五柱の『ソルベ』と申します」

「……魔帝王? それに使徒柱、ですか」

「くっくっく。急に会話を始めたのは、ここにワタシしかいないことを把握されたからですね? それもその不思議な力によるものですか? アナタは実に興味深い。少し体を解剖させていただけませんか?」


 ソルベと名乗る者の言う通り、桜夜はこの辺り一帯に意識を集中させ、虫一匹すらいないことを確認した上で声を発していた。


 この敵は、桜夜の力を目視出来ているわけではないようだが、陰でやっていることを何となく察知しているようだ。


「非常に不愉快です」

「これはこれは失礼を。ワタシ、興味が湧くと周りが見えなくなるタチでして。しかし、ワタシは今日アナタと戦いに来たわけではないのですよ」

「何が目的ですか?」

「あくまで『あの方』の言いつけを守っているだけのこと。それと、アナタの力に個人的に大変興味を持っていることも否定はしません。しかし、楽しい時間もここまでのようです。今日はご挨拶だけで失礼しますよ」

「私がこのまま逃がすとでも?」

「ご冗談を。『今のアナタ』ではワタシにも追い付けませんよ。では、また会える日を楽しみにしております。次は、そのフードに隠れた素顔も、体の中身も、拝んでみたいですね」


 ソルベはそう言うと、空間に溶けるように、一瞬で姿も気配も完全に消し去ってしまった。


 白亜の桜の範囲を広げても、全く引っかからない。


 確かに、ファーストスロットル状態の今の桜夜では到底追い付ける相手ではなかった。


 ただならぬ重圧から解放された桜夜だったが、頭の中ではかつてない混乱と焦りが生じていた。


 おそらく黒幕であろう『あの方』と呼ばれた、七大執政の裏切り者。


 初めて耳にした魔帝王という未知の存在。


 そして、ソルベと名乗った使徒柱と呼ばれる、桜夜と同等かそれ以上の実力を持った者たち。


 さすがの桜夜でも、この情報を整理するのには時間が必要だった。


 だが今は、桜夜の不在に気付いて不安を抱えている乙羽たちの元へ戻ることを優先しなければならない。


(……イヴ。イヴ、応答してください)


 帰還の道中、桜夜は国王イヴへの念話通信をダメもとで試みた。


 しかし、返答はない。


 さすがに国王の身に何かが起きていれば、今頃国中が大騒ぎになっているはずだ。


 そうなっていないということは、国王は無事。


 おそらく狙いは己の孤立であり、協力者との分断であると桜夜は推測する。


 今までは常に亡き師匠と国王からのサポートがあったが、今では誰からのサポートもない。


 情報もない。


 漆黒の夜空を駆け抜けながら、桜夜はかつてないほどの『孤立と不安』を感じ、無意識のうちに己の腕を強く抱きしめた。

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