04_世界の静寂と黒き力
王都から学園へと戻る途中、いつもは活気に満ちていた街並みが嘘のように静まり返っていた。
突如告げられた『第一席』の死は、全世界に深い悲しみと拭いきれない不安の影を落としている。
それはコモレビが学園に到着しても変わらず、むしろこちらの方が異様な空気に支配されていた。
全国民に優しく、世界の絶対的な守護神であった『第一席』に憧れ、この学園にやってきた若きガーディアン候補生たちにとっては、更にショックが大きかったようだ。
◇
――その日の夜。
「なぁ、今日は部屋食にしねぇか?」
学園の居住区にあるコモレビの宿舎で、ソファにだらんと寝転がった梓が提案した。
「せやな〜。さすがにヘトヘトでしんどいわ」
「もうむ〜り〜。一歩も動きたくな〜い。穂香ぁ、トイレ連れてって〜」
「私も部屋食には異論ありません。それと美咲、トイレには自分で行きなさい」
休日のショッピングで歩き回り、すっかり体力を使い果たしたメンバーたちが口々に同意する。
ガーディアンの正式部隊である以上、このまま『第一席』の件で落ち込んでいるわけにもいかず、お互い気丈に振る舞っている。
「桜夜もそれでいい?」
「はい」
「OK〜! みんながそれでいいなら私が注文しておくよ〜! 先にお風呂入っちゃいなよ」
ここは聖アルカディア魔導学園の敷地内にある、住宅区域だ。
各セクターの中では一番安全圏となる第一セクターの中に建設された聖アルカディア魔導学園には、広大な敷地と強力な防塞設備が備わっている。
住宅区域には、学生たちが寝泊まりできるマンション形式の宿泊施設が立ち並び、すぐ周辺には食堂や入浴施設、売店などもあり、生活するだけならその辺りの街よりも余程便利に作られている。
そこから少し離れた場所に、学園職員や『ガーディアン』専用の一戸建て形式の宿泊施設が並んでいる。
この辺りには売店しかなく、ガーディアンは基本交代制で魔物からの防衛任務にあたっており、そのシフトに合わせて食事が運ばれる仕組みになっていた。
コモレビのメンバーはまだ学生の身でありながらも、正式なガーディアンの防衛部隊として扱われているため、こちらの専用居住区に住んでいる。
しかし彼女らは正規のシフトには加わらず、学業の合間で学園周辺の魔物討伐などを担当しているため、通常なら食堂がある学生棟近くまで足を運び、食事をとらなければならないのだ。
「ここの家、広いし部屋も人数分あるし、綺麗やし風呂もバカデカいからメッチャええんやけど、食堂が遠いことだけが不満や」
「贅沢言うなよ。学生寮の部屋なんて、アタシらの部屋の半分もないらしいぞ」
「人数分って、ボクの部屋ないよ〜! 一人部屋を所望する!」
「無理やり私の部屋に押しかけておいて何を言っているのですか? あの無駄なガラクタの山を全て捨ててくれれば、私もあなたも一人部屋のはずですが?」
「桜夜の部屋も何故か乙羽と二人部屋になってっけど、たまには一人になりたい時とかないのか?」
「昔から一緒なので、もう慣れました」
この家のお風呂はかなり大きく、全員が一緒に入っても全く問題ない。
お互い裸になれば、自然と会話も飛び交う。
「注文しといたよ〜。たまたま学食の残りがあるから、それを持ってきてくれるって!」
「やった〜! 突発注文だったからレトルト覚悟してたよ〜!」
「注文ありがとうな、乙羽」
「全然いいよ! 早く洗って、裸の桜夜をギュッとしなきゃ!」
「……私、先に失礼します」
「あ〜! ちょっと桜夜、待ってよ〜!」
賑やかな笑い声を背に、桜夜は一人、そそくさとその場を後にする。
ゆったりと寛げるこのお風呂では、彼女たちの入浴時間もかなり長い。
桜夜にとっては、今から作るこの「少しの一人の時間」が何よりも重要だった。
◇
『舞え、白亜の桜』
自室に戻り、静寂に包まれた空間で小さく呟く。
瞬間、桜夜の両目の奥に、淡く発光する『桜の紋章』が浮かび上がった。
これは桜夜が己の力である『白亜の桜』を発動した時に現れる現象であり、この世界の人間では一切見られない異質なものだ。
そのため、暗黙の白姫として世間に姿を現す時は、常に深くフードを被り、この目を隠しているのである。
「……この気配は。少し気になりますね」
常人には見ることも感知することもできない白亜の桜の花びらが、桜夜を中心に、周辺各地の様々な場所へ風に乗るように舞い散っていく。
桜夜は、花びらが触れた空間から様々な情報を読み解き、膨大なデータとして処理することができる。
昼間、イヴからの通信が不自然に途切れてから、桜夜はずっと胸騒ぎを覚えていた。
その嫌な予感が的中したかのように、桜夜の網膜に不審な気配が引っかかったのだ。
「ここから三十キロほど先ですか……『ファーストスロットル、解!』」
桜夜はもう一つの隠された力、『黒の力』を解放する。
直後、彼女の全身に黒い稲妻のようなものが激しくバチバチと現れ、周囲の空気を震わせた。
この力を、桜夜は『拒絶の黒雷』と呼んでいる。
まるで全身に電気を帯びているかのようなこの状態では、身体能力が飛躍的に向上する。
だが、あまりに強すぎる力が故に扱いが非常に難しく、体への負担もかなり大きいことから、普段は使用を制限していた。
「ファーストなら、往復五分ほどですかね」
現状、『拒絶の黒雷』の解放段階は『ファースト、セカンド、フル』の三段階に分けられている。
スロットルを上げていくと、その分強さも速度も爆発的に向上するが、制限時間は短くなり、力を解除した時の体への反動も絶大なものになる。
一瞬で『暗黙の白姫』の装束を身に纏った桜夜は、窓から夜の闇へ飛び出し、無音のまま空中を高速で駆け抜けた。




