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03_平穏を裂くノイズと、見えない悪意

 カフェの店内に、誰かが落としたフォークの金属音だけが虚しく響いた。


「嘘……」


 乙羽の口から、小さな呟きがこぼれ落ちる。


 画面越しの国王イヴの沈痛な面持ちに、国民全員へ緊張と絶望が走っていた。


 人類の希望であり、最強の象徴であった『第一席、聖光の聖女』の戦死。


 それは、この世界を支えていた巨大な柱がへし折られたことを意味していた。


「七大執政が一人、第二席だ。皆の戸惑いは十分承知だ」


 イヴの言葉を引き継ぐように、画面越しに巨漢の男が一歩前へ出る。


 七大執政の第二席、『破壊の炎帝』だ。


 武力至上主義であり、強さこそが全てだと言わんばかりの圧倒的な威圧感が画面越しにも伝わってくる。


「しかし、今大事なのは悲しむことではなく、魔物の脅威から国を守ることです」


 静かに、だが通る声で言葉を継いだのは、第三席、『艦上の水姫』。


 水を司る冷徹なオーラを纏い、鋭い目つきと青いポニーテールが特徴的な女性だ。


 常に冷静沈着に物事を考え、効率を優先する彼女らしい、感情を排した言葉だった。


「我ら七大執政の中でも、最高の強さと慈愛を持っておられた聖女様のご遺志は……我々が必ず引き継ぎます!」


 涙ながらに、まるで舞台役者のように大仰な身振りで語るのは第四席、『虚飾の聖者』。


 第一席のことを狂信的なまでに信仰しており、時折その思想が飛躍してしまう厄介な男だ。


「国王を交えた我々の中で会議を行い、当面は第一席を『空席』のままとします。そして、第三席と第六席の防衛管轄圏を広げ、第一席の管轄圏だった地域をカバーすることになりました」


 淡々と事実を述べるのは第五席、『深淵の観測者』。


 人型の魔物などの研究に異常な執着を見せ、魔物に対して誰よりも深い恨みを持っているとされる不気味な男だ。


「当然、第三席や我々だけでなく、他の執政にも全力でフォローしてもらうので、どうか安心してほしい」


 空間魔法に精通する第六席、『空間の調律師』の言葉に、カフェの周辺にいる客たちが安堵とも絶望ともつかない息を吐く。


「突然のことで皆に不安を与えてしまったこと、国王として詫びよう。我々は全力で皆の安全を保障する。どうか安心してほしい」


 国王イヴの言葉を最後に、プツン、と映像は消えた。


 映像の端に映っていた第七席、『暗黙の白姫』は、いつも通りフードを目深に被り、無言を貫いていた。


 そう、本人である桜夜は今この時、その映像を見ながら必死に溢れる怒りを抑え込んでいたのだ。


 この映像は、時期を見て全国民に第一席の死を告げる時に使用するため、国王の指示のもと事前に撮影されていたものだった。


 直後、各地で悲鳴にも似た議論が沸き起こり、カフェの中も騒然となる。


 しかし、コモレビのテーブルだけは、重く冷たい静寂に包まれていた。


「あの方まで……私を置いていくんだね……」


 しばらく無言だった中、乙羽がポツリとこぼした。


 乙羽の母親としての『月乃遥』の死は、半年前――つまり本当に死亡した数日後には、本人へ報告されていた。


 表向きは「不慮の事故」として処理され、遺体の損傷が激しいとの理由で、乙羽には遺品だけが届けられたていたのだ。


 突然、最愛の肉親を失った乙羽の悲しみは計り知れない。


 そして今、彼女がガーディアンを目指すきっかけとなった憧れの人である「第一席」までもが死んだと聞かされた。


 第一席と母・遥が『同一人物』であることを知らない乙羽にとって、それは二重の喪失に他ならない。


 全てを知っていて、それを乙羽に言えない桜夜の胸は、罪悪感で張り裂けそうだった。


「あの最強である七大執政も、やっぱり普通の人間なんだよな」


 梓が、ポツリと呟く。


「ウチと梓、あの方に命救われてガーディアン目指すようになってん」

「……それでは、私と美咲と同じだったんですね」


 巴瑞季の言葉に、穂香も静かに同意する。


「実は私と桜夜もね、小さい頃にあの人に命を救われたことがあるの」


 乙羽の言葉に、梓が目を丸くした。


「もしかすると、あの人がアタシらをつなげてくれたのかもしれねぇな」


 コモレビの全員が幼少期の頃、『聖光の聖女』に救われていた。


 それは桜夜も知らなかった事実だ。


 乙羽と桜夜が初めて『聖光の聖女』と出会ったのは、桜夜の力が開花して暴発した時だった。


 突如現れた魔物から乙羽を守りたい一心で呼び起こされた力は、魔物を容易く消滅させると共に、一帯を廃墟に変えてしまうほどの暴走状態だった。


 それを優しく抱きしめて止めてくれたのが、聖光の聖女だったのだ。


「こうやって皆に出会えたことを感謝して。そしていつまでも私たちの目標であり続ける恩人に……感謝を」


 乙羽が胸に手を沿えて黙祷を捧げると、コモレビの全員がそれに続いた。


 震える乙羽の肩を見て、桜夜はそっと、テーブルの下で彼女の手を強く握り返す。


(……遥さん。あなたの残した光は、私が必ず護り抜きます。この温かい場所を護るためなら、私はどんな業でも背負う)


 絶対に溶け合うことのない、冷たい氷の決意。


 しかし、その静かな誓いを破るように、桜夜の耳元で王室専用の緊急通信機が震えた。


『――あの中に遥を殺した裏切り者がいると思うと、我ながら随分と立派な茶番劇に見えるねぇ。そうは思わないかい? ボクの可愛い死神ちゃん』

(イヴ。このタイミングの放送は、あなたが指示を?)


 桜夜は表情を一切変えず応答する。


『まぁそうとも言えるかな。遥が抜けた分の防衛体制に、ようやく対策の目途がついたからね。約一名の裏切り者を除いては、彼らもキミと同じでこの世界を守るために必死に戦っているよ』

(……イヴ、先ほどから通信にノイズが走っていますが)


 桜夜は柳眉を微かにひそめた。


 国王イヴからの一方通行でしか繋がらないこの強力な脳内通話に、今までノイズが走ることなど一度もなかったからだ。


『ノイズ? ボクには聞こえないんだけど……まさか、キミがボクの声のことを比喩している表現じゃないよね?』

(それなら雑音と表現します)


『おぅふ。相変わらずの塩対応で安心するけど……もしノイズが本当なら、最近やたらと王都の結界に干渉してくる「バグ」のせいかも。もしボクからの通信が途絶えたら、その時は――』


 ザーッ、と。


 脳内のノイズが唐突に強くなり、イヴの声はそこで不自然に途切れた。


(……イヴ? 応答してください)


 返事はない。


 途中で通話が強制的に遮断されるなど、過去に一度たりともない異常事態だった。


 桜夜の胸の内に、得体の知れない悍ましい悪寒が這い上がってきた。

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