38_月夜の桜と、鎮魂歌
戦場の中央で、絶望的なプレッシャーを放っている魔帝王に向け、四人がそれぞれ攻撃を仕掛けた。
だが、魔帝王は微動だにせず、空中に大量の光の剣を具現化すると、それを迫り来る彼女たちへ向けて放つ。
光の速度で放たれたそれは、もはや不可避の一撃必殺。
『桜吹雪』
『三日月』
しかし、キンッ――という、納刀の音と共に、その無数の剣全てが空中で凍結して停止し、見えない刃に斬り裂かれたように霧散していく。
抜刀の構えのまま、ギンッと魔帝王を睨み付ける乙羽と、白亜の花吹雪を舞い散らせる桜夜。
そんな二人の少女から放たれる神気によって、魔帝王がピタリと動きを止める。
いや、動けないのだ。
生前最強と謳われた本能が、眼前に立つ二人の存在を『不用意に動けばこちらがやられる相手』だと警鐘を鳴らしていた。
桜色の神衣を纏い、氷とイカヅチを操る白姫と、光輝く癒しの翼を背負い、腰に一本の刀を携えた月の巫女。
魔帝王が警戒により硬直している、その僅かな時間。
「……え、これって……」
「ウチらの傷が……」
乙羽の背から放たれる『月光』と、桜夜の手のひらから舞い散る『桜』が戦場に降り注ぎ、決死の特攻でボロボロになっていたコモレビのメンバーたちの深い傷を、一瞬にして癒やしていく。
「桜夜、そろそろ『お母さん』のこと、聞かせてくれる?」
「……第一席の部下だった方に聞かなかったのですか?」
「お母さん……ハルちゃんのことは、キミの口からハッキリと聞きたかったからね」
それから桜夜は、第一席、聖光の聖女『月乃遥』について、かいつまんで話した。
「……たった一人でそんな辛いことを……私は何も知らず……」
「……黙っていてごめんなさい」
「ううん。キミ一人に全てを背負わせていたことに、自分が許せないだけ」
「でもキミは、私を助けてくれました。遥さんと同じように」
桜夜は静かにそう言うと、そっと腕を伸ばし、乙羽を抱きしめた。
いつもの涼しげな表情の奥に秘められた、不器用で、けれど誰よりも温かい愛情の証明だった。
「まだ話の途中で悪いけど、あちらさん、なんか仕掛けてんで?」
「積もる話は、家に帰ってからだな」
「ボク、完全ふっかぁぁああつ!」
「さすがに無視できない程の攻撃を放つつもりのようです。早急に対処しましょう」
背後で傷を癒やしていた巴瑞季、梓、美咲、穂香が立ち上がり、二人の横に並んだ。
そして、穂香の言葉に全員が頷き、武器を構えた。
硬直していたかのように思えた魔帝王の六枚の翼には、溢れんばかりの光のエネルギーが蓄積されていたのだ。
これが直撃すれば、一国をも滅ぼすことができるほどの威力を持っている。
それを、たった六人の少女たちに向けて放とうとしている。
それだけ危険な存在なのだと、紛い物の第一席が認知したからだ。
「ほな、いっちょやったるか!」
「合わせろ、巴瑞季!」
梓が天に掲げた機装巨兵の巨大な盾が展開し、巴瑞季が放った青炎を反射、収束、そして何倍にも増幅させる砲身へと変化する。
「「ぶっ飛べぇぇぇぇッ!!」」
極大の青炎砲が、絶望的なエネルギーをチャージ中の魔帝王に向かって一直線に放たれる。
だが、魔帝王は展開していた六枚の黄金の翼のうち、二枚を盾のように前へ突き出し、その高火力を傷一つ負わずに防ぎ切ろうとする。
「ボクたちを忘れないでよねっ!」
「ドーム、展開! 空間転移! 時空操作!」
そこに、空間をハッキングした穂香が、九尾の魔導獣を纏った美咲を空間転移させて死角から強襲し、鋭い牙と爪で黄金の翼に食らいつく。
そして、防御の要である盾を失った魔帝王へと、巴瑞季と梓が放った青炎砲が直撃した。
――ガキィィィィンッ!!
四人の息の合った猛攻が、鉄壁を誇る魔帝王の防御を僅かに崩し、翼のエネルギーチャージを停止させた。
しかし、それでも紛い物の化け物は止まらない。
チャージ途中だったエネルギーを強引に一つに束ねると、無理やり六人の少女たちへ向けて撃ち放ったのだ。
大気を焼き焦がす破滅の砲撃を前に『桜銀の白姫』と『月光の乙姫』が静かに動いた。
「桜夜、終わらせてあげよう」
「はい。私たちの母を解放してあげましょう」
乙羽が腰の刀に手をかけ、深く身を沈める。
桜夜が氷と雷、そして桜色の神気を纏わせた白亜の刃を上段に構える。
二人の神気が完全にシンクロし、戦場を青銀の月光と白亜の桜吹雪が美しく舞い踊った。
紛い物より放たれた極光が二人に直撃する、その刹那。
『――神技』
乙羽が、目にも止まらぬ神速の抜刀で、下から上へ青銀の月光を斬り上げる。
桜夜が、重力を断ち切るほどの圧倒的な力で、上から下へ白桜の刃を振り下ろす。
「「『月下桜華』!!」」
下からの青銀と、上からの桜色。
交差する二つの極限の斬撃が、空間に巨大な十字の軌跡を描き、魔帝王の放った破滅の極光を真正面から真っ二つに引き裂いた。
「……っ……」
二つに割れた光の奔流が両サイドへと逸れ、遥か後方の大地を吹き飛ばしていく。
だが、二人の斬撃は勢いを殺すことなくそのまま直進し――魔帝王の強靭な身体と六枚の翼を、綺麗な十字に両断した。
ピシリ、ピシリと、紛い物の身体に亀裂が走る。
やがて、生前最強と謳われた第一席の姿をした化け物は、光の粒子となってポロポロと崩れ落ちていった。
その崩壊の間際。
ふわりと、温かい風が戦場を駆け抜けた。
それはまるで、偽りの肉体から解放された本物の『母親(遥)』の魂が、愛する二人の娘と、その大切な仲間たちを優しく抱きしめたかのような、そんな温もりだった。
「……おやすみなさい、遥さん」
普段は決して表情を崩さない桜夜の瞳から、一筋の美しい涙がこぼれ落ちる。
乙羽はそっと桜夜の肩に寄り添い、共に消えゆく光の粒子を最後まで見届けた。
全てを一人で背負っていた少女と、その仲間たちによる長きに渡る戦いが、今、終結した。




