37_ 三色の融和と、真なる神化
「……まずは、キミの想いを受け取るよ」
乙羽が虚空に手を伸ばすと、そこに集束した青銀の光が、一振りの美しい『刀』へと形を変えた。
刀身から立ち昇る、静謐にして絶対的な月光。
魔帝王が、眼前の脅威を排除すべく最大出力の聖光を放ちながら突進してくる。
だが、乙羽は表情一つ変えず、静かに刀を上段に構え――ただ一振り、静かに振り下ろした。
「――『月夜』」
音すらなかった。
乙羽の刀から放たれた青銀の斬撃が、魔帝王の聖光を紙のように両断し、その強靭な身体を大地の奥深くへと叩き斬る。
凄まじい地鳴りと共に地面が陥没し、生前最強と謳われた第一席の傀儡が、瓦礫の底で完全に沈黙した。
「……」
魔帝王が沈黙したことを確認した乙羽は、刀を鞘に戻して、すぐさま桜夜の元へと駆け戻る。
その背中を追うように、起き上がった他のメンバーたちも、神妙な面持ちで引き寄せられてきた。
「乙羽……桜夜を早く安らかな場所に連れてってあげようや」
「こんな場所じゃ、かわいそうだよ」
巴瑞季や美咲の悲痛な声に、乙羽は静かに頷いた。
そして、桜夜を抱き抱えようとしたその時、桜夜の胸の奥を真っ直ぐに見つめた乙羽の青銀色の瞳に、あるものが映る。
それは、乙羽が【神化】に至ったことで、世界の理を見通せるようになった影響だった。
心臓は焼かれ、内臓のほとんどは原型を留めていない。
だが、桜夜の魂の奥底では、かろうじて消え残った『白の力』と『黒の力』が、今なお激しく反発し合いながら燻っていた。
(これは……世界の理を超越した、神の力……?)
乙羽は悟った。
桜夜はこれまで、この絶対に混じり合うことのない二つの強大すぎる力によって、常に身体を内側から破壊され続けていたのだと。
「……まだ、終わってない」
乙羽の口から、震える声が漏れた。
「……え?」
「ほんの僅かだけど……希望はある。桜夜の魂は、まだ消えてないよっ!」
その言葉に、コモレビの面々の顔にサッと希望の光が差した――その瞬間だった。
――ゴゴゴゴゴゴォォォォォォォッ!!!
「な……ッ!?」
陥没した大地の底から、先ほどまでとは比較にならない、おぞましいほどの極光が天に向かって噴き上がった。
光の中から浮かび上がってきたのは、全身の傷を完全に再生させた魔帝王。
いや、それだけではない。
その背には、かつての第一席が『全力』を出した時に現れたという、六枚の黄金の翼が顕現していた。
「まぁ、第一席があれで終わりなわけねぇよな……」
絶望的なプレッシャーを放ちながら、迫り来る魔帝王。
集まったコモレビ全員を塵にするべく、六枚の翼から天文学的なエネルギーを収束させ始めていた。
危険を察知した乙羽は、再び腰の刀に手を回す。
「――乙羽ァッ!!」
しかし、巴瑞季の怒号が戦場に響いた。
「お前は桜夜の側にいてやれ! アレはウチらが絶対に食い止めてやる!!」
「希望があんならお前に託す! アタシらはそれを守ってやる!」
「ボクらはコモレビ! 桜夜を含めて、全員でコモレビだよ!」
「その通りです。絶対に全員で一緒に帰るんです!」
「みんな……わかった!」
すぐに全員が立ち上がる。
巴瑞季が再び大気を青白い炎で焼き、梓が機装巨兵の盾を天に掲げ、美咲が魔導獣と共に牙を剥き、穂香がすべてのドローンを魔帝王の頭上へと展開していた。
全員が限界を超え、血を流しながらも、今まで桜夜がしてくれていたように、今度はその桜夜を護る強固な壁として立ち塞がった。
「ウチらの大事な親友を……これ以上、好きにさせるかよぉぉぉっ!!」
黄金の極光を放つ魔帝王へ向けて、彼女たちが決死の特攻を仕掛ける。
轟音と衝撃波が戦場を揺らす中、乙羽は仲間を信じ、再び冷たくなっている桜夜の胸に両手を重ねた。
「もう……一人で反発しなくていいんだよ、桜夜。私が、キミの二つの力を繋ぐから――!」
乙羽の全身から溢れ出る『月の力(銀の光)』が、桜夜の体内へと注ぎ込まれていく。
その優しき力が、激しく殺し合っていた白と黒の力を包み込み、ゆっくりと中和させていく。
(桜夜……キミが私にくれた温かさを、今度は私が返すよ……!)
乙羽の溢れる想いと銀の光に導かれ、白と黒の力が次第にトゲを失い、信じられないほど穏やかに混ざり合っていく。
外側で仲間たちが血を流し、魔帝王の猛攻を必死に防ぐ。
その全ての想いが、三つの力が完全に一つに溶け合った、その時。
――カァァァァァァァンッ……!!
戦場全体を優しく、圧倒的な生命力で満たす『満開の桜色の光』が爆発した。
それと同時に、どこからともなく『満開の桜』の花びらが舞い散り、硝煙にまみれたはずの戦場を美しく覆い尽くしていく。
そして、輝く桜色の光の粒子が、血に染まりボロボロになっていた桜夜の衣服を優しく包み込んだ。
光が弾け飛んだ後――そこに顕現したのは、乙羽の『月光の銀』の糸を美しく織り込んだような、神々しくも洗練された『桜銀の神衣』。
神秘的な魔導の力と、研ぎ澄まされた機装の技術がかつてない次元で完全融合したその装束は、まさに真なる神へと至った証だった。
「……え?」
魔帝王の圧に耐え忍んでいた彼女たちも、思わずその奇跡の光を振り返った。
乙羽の腕の中で、新たな神衣を纏った桜夜の長く美しい髪が、彼女の名前の通りの『桜色』へと輝いていた。
ゆっくりと開かれた瞳の中の紋章は、真の神の象徴として完全な形を描き出している。
白でもなく、黒でもなく。
『月(銀)』が寄り添ったことで初めて完成した、桜夜本来の真の力。
「……ん……」
桜が舞い散る中。
桜夜がゆっくりと、その美しい桜色の瞳を、ボロボロと涙をこぼす乙羽に向けた。
「……桜夜……ッ」
乙羽もその顔を覗き込む。
目覚めた桜夜は、パチクリと瞬きをした後、自分の手を強く握っている乙羽の手を、自らの頬へと触れさせた。
そして、不思議そうに呟いた。
「……あつくる……いや、とても温かいですね」
もう、内側から彼女を壊す痛みはどこにもない。
桜夜は乙羽の顔を見ると、いつもの無表情の中にもふわりと、柔らかい笑みを含んだ顔を向けた。
「……乙羽、キミの想いも受け取りましたよ」
真なる神化を遂げた桜銀の白姫(桜夜)と、月光の乙姫(乙羽)。
奇跡の蘇生を果たした白姫が乙姫の横に並び立ち、それぞれ桜銀の刃と青銀の刀を構える。
見据える先には、第一席の本来の力を解放した魔帝王。




