36_ 届いた想いと、遺された悲しみ
「……こんの、大バカ野郎ッ……!!」
乙羽の叫びと共に、コモレビの面々は崩れ落ちた桜夜の元へと滑り込み、血まみれのその身体にすがりついた。
「勝手なことしてんじゃねぇよ! なんでもかんでも一人で背負いやがって!」
「せやせや! ウチらが頼りなかったのは認めるけど……友達としてもっと他に方法あったろ、大バカアホ桜夜!!」
「そうだよ! 桜夜のバカバカ! 大バカ! アホ!」
「今日だけは私も説教しますからね! みっちり今までのこと謝ってもらいますから覚悟して下さい!」
それぞれが泣き叫びながらも文句をぶつけつつ、桜夜の冷え切った手を全員が両手で包み込む。
いろんな感情が渦巻く中、思いつく限りの文句を並べる。
ずっと騙されていたこと。
自分を犠牲にしてまで護ろうとしたこと。
その不器用すぎるやり方への、怒りと悲しみの言葉たち。
だが、その不器用な文句は、やがて嗚咽交じりの「本音」へと変わっていく。
「ずっと見えないところで、アタシらを守りやがって……いったいどれだけ痛い思いしてたんだよ……辛い思いばかりさせてごめんな」
「桜夜のクッション……何千万回もジャンプ台にしてたウチは……お前自身を踏み台に……友達にこんなことさせて、ごめん」
「桜夜ちゃぁ〜ん! い゛っばい゛バカバカいっでごめ゛〜ん゛! 本当にだいずぎだよぉ……っ」
「グス……早く起きてくださいよ……グス……一緒に帰りましょう。私たちコモレビの家へ」
乙羽が桜夜の身体を強く抱きしめる。
冷たかった桜夜の肌に、みんなの涙と、温かい体温が伝わっていく。
(あぁ……温かい……)
霞む視界の中。
桜夜の凍てついていた心が、春の雪解けのように溶けていくのを感じた。
身体の痛みはもうない。
ただ、大好きな人たちの匂いと温もりに包まれる至福だけがあった。
桜夜は、生まれて初めて。
心の底から湧き上がる、美しく純粋な笑顔を浮かべて、静かに唇を動かした。
「……あつ……苦しい……です……」
それは、彼女なりの、最高の愛の言葉だった。
乙羽たちがその無垢な笑顔に息を呑み、さらに涙を溢れさせようとした--その瞬間。
一切の予兆なく、空気が裂けた。
――バシュンッ!
「え……?」
乙羽の頬に、温かい血の飛沫が飛んだ。
空中へと浮かび上がっていた魔帝王による、無機質で冷酷な『聖光の一閃』。
それが、乙羽の腕の中にいた桜夜の胸を容赦なく貫き、最後に弱々しく鼓動していた心臓を焼き消した。
「……さ、くや……?」
微笑みを浮かべたまま。
桜夜の瞳から完全に光が失われ、その腕が、だらりと冷たい氷の上へと落ちた。
――一拍の静寂。
そして、戦場に少女たちの絶叫が木霊した。
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
最も早く立ち上がったのは、巴瑞季だった。
彼女のガントレットから吹き上がっていた白い炎が、極限の怒りによって異常な温度へと達し、大気すらも燃やす『青白い炎』へと変貌を遂げる。
「よくも……よくも桜夜をぉぉぉおおおっ!!」
巴瑞季が大地を殴りつけた瞬間、青き灼熱の炎が火山爆発のように広がり、いつの間にか周囲に迫っていた大量の魔物たちを一瞬で灰へと変えた。
「てめぇら……絶対に許さねぇッ!!」
梓の怒号と共に、彼女の持つ大盾から無数の光の装甲が展開し、パズルのように組み合わさる。
具現化したのは、梓の動きに連動する巨大な光の騎士――『機装巨兵』。
「あいつの痛みに比べたら、てめぇらの攻撃なんて蚊の羽音以下だ!! 潰れろッ!!」
無敵の巨兵が腕を振り抜くたび、魔物の群れが紙屑のように吹き飛んでいく。
「桜夜ちゃんを……返せぇぇぇっ!!」
美咲の悲痛な叫びに呼応し、彼女の背後から赤黒いオーラを纏った無数の『魔導百獣』の群れが津波のように押し寄せる。
美咲自身も、尾を九つに増やした狐のような凶悪な幻影を纏い、獣の超速で魔物たちを八つ裂きにしていく。
「……チリ一つ、残さない」
瞳のハイライトを完全に消した穂香の周囲に、5機のドローンが展開。
『絶対領域』が戦場を覆う。
「潰れなさい」
穂香の冷徹な一言で、超重力に押し潰された数十体の魔物が一瞬で血の海へと変わった。
激怒によって次世代の『七大執政』レベルへと到達したコモレビの蹂躙劇。
押し寄せていた数千の魔物の軍勢は、彼女たちの怒りの前に、文字通り一匹残らず殲滅された。
「はぁぁぁぁぁぁッ!!」
その勢いのまま、四人は元凶である魔帝王へと一斉に襲い掛かる。
青炎の拳、巨兵の盾撃、百獣の牙、そして超重力の圧殺。
しかし。
――ガァァァァァァンッ!!
「キャアァァァッ!?」
生前最強と謳われた第一席の力は、次元が違った。
魔帝王がただ一振りした聖光の波動が、覚醒した四人の全力攻撃をまとめて弾き飛ばし、彼女たちを数百メートル後方へと容易く叩き伏せた。
そして、魔帝王の無機質な足音は、ただ一人残された少女の方へと向かう。
「…………」
激しい乱戦の中にあって、乙羽だけは一度も顔を上げていなかった。
血だまりの中で、息絶えた桜夜の冷たい身体を、ただただ強く抱きしめている。
(お願いだよ桜夜……目を開けてよ……キミがいない世界なんて……生きていけないよ……)
乙羽が、桜夜の冷たい手を両手で握りしめた、その時だった。
――トクン、と。
「……え?」
乙羽の胸の奥で、何かが強烈に脈打った。
それは、桜夜がいつも不器用に乙羽の頭を撫で、痛みを肩代わりしていたことで、魂の深くまで繋がっていた『魔導回路のパス』。
そのパスを通じて、桜夜が今まで己の力で押さえ込みながら蓄えていた力と、魔導力が融合した『優しい力』――そして『乙羽を護りたい』という強烈な想いが、乙羽の体内へと一気に逆流してきたのだ。
『……乙羽の隣で笑って、一緒にご飯を食べて……同じ時間を、過ごせる……』
脳裏に響く、桜夜の不器用で、愛おしい声。
「……ああ」
乙羽の瞳から、最後の大粒の涙がこぼれ落ちた。
そして、凛とした表情へと変わった乙羽の身体から、戦場の夜を完全に真昼へと変えるほどの、圧倒的な『月光の光柱』が天を貫いて立ち昇った。
そんな乙羽へと魔帝王が放った光の刃は、その月光の防壁に触れた瞬間に跡形もなく蒸発する。
「桜夜……まずはキミの想いを受け取るよ」
優しくも絶対的な月光の中で立ち上がる乙羽。
『月の巫女』の姿へと変わった乙羽の背中には、神々しい六枚の光の翼が顕現していた。
彼女の体内に眠る『聖光の聖女』の血脈と、桜夜の遺した想いが完全融合した奇跡の姿。
--【神化】。
青銀色の瞳に絶対的な決意を宿し、神の領域へと至った少女が、最強の魔帝王を静かに見据えた。




