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35_絶望の襲来と、消える灯

「……これが最後の……『フルスロットル』、解!」


 解放された白と黒の魔導力が、暴風となって吹き荒れた。


 世界そのものが凍りつくような極限の力。


 それは第五席の防御を容易く貫き、その身体を大きく吹き飛ばした。


「ガ、ァアアアアッ!?」


 大木を何本もへし折りながら地面を転がり、第五席は血反吐を吐いて倒れ伏す。


 致命傷。


 誰もがそう確信するほどの一撃だった。


「はぁっ……これで……、終わり、です……」


 トドメを刺そうと、桜夜が一歩を踏み出した瞬間。


「――ガッ、あ……!?」


 突如、桜夜の全身からおびただしい量の血が噴き出す。


 先ほど桜夜の胸を貫いた、第五席の『魔導糸』。


 引き千切ったはずのその欠片が、桜夜の体内で蠢き、内臓や血管を内側からズタズタに引き裂いていたのだ。


 耐え難い激痛に、限界を迎えていた桜夜の足からついに力が抜け、冷たい雪の上に崩れ落ちる。


「カハッ……あ……」


 指先一つ動かせない。


 視界が急速に狭まり、命の灯火が消えかけているのが自分でも分かった。


「ヒヒ……ヒャハハハハ!! 油断、しましたね……っ!」


 瀕死の重傷を負いながらも、第五席が狂気に歪んだ顔を上げた。


「このボクが、何の保険もかけずに死ぬとでも……? あぁ、痛い、痛いですが……最後に極上の絶望を味わって死んでください! 忘れていませんか? 我々の最高の頂点にして最強の『魔帝王』の存在を!」


 第五席がそう叫ぶと、戦場の空気が一変した。


 立ち込める神々しくも、どこか見覚えのある不気味な『聖光』。


 その中から現れたのは、桜夜がかつて最も憧れ、最も愛した第一席・遥と全く同じ姿をした最強の傀儡――『魔帝王』だった。


「そん……な……」


 桜夜の喉から、掠れた音が漏れる。


 魔帝王は一切の感情を持たない虚ろな瞳で桜夜を見下ろすと、無慈悲にその拳を振り下ろした。


――ドゴォォォォンッ!!


 防御する力すら残っていない桜夜の身体が、紙切れのように宙を舞い、地面に叩きつけられる。


 追撃。


 連撃。


 圧倒的な光の暴力。


 抵抗もできず、ただ一方的に殴られ、血を流し続ける桜夜。


『――すごいね、桜夜ちゃん。もう私の助けなんていらないくらいに立派だよ!』


 薄れゆく意識の中で、桜夜の脳裏に浮かぶのは、愛おしい記憶だった。


 いつも自分を優しく撫でてくれた、遥の温かい手。


『桜夜、今日のご飯なんだと思う?!? ハルちゃんの唯一美味しい料理、唐揚げ!!』

『唯一ってなによ! お母さんの手料理は全部美味しいでしょうが! ねぇ、桜夜ちゃん?』

『どれも普通です』

『あうッ! それ一番傷つくやつッ!!』


 時間はかなり少なかったけど、三人で過ごした平凡な日常。


 普段は無関心を装いながらも、桜夜の心の奥底には、誰よりも深く熱い彼女たちへの愛が満ちていた。


(……あんな醜い悪意に、遥さんの温かい記憶を、弄ばせはしない……)


 桜夜は、動かないはずの腕を地面に突き立てた。


(乙羽……みんな。ごめん……少しだけ、先に逝きますね)


――バキッ、と。


 桜夜の魂の奥底で、最後の錠前が外れた。


「『バースト、スロットル』」


 直後。


 桜夜の長く美しい髪が純白に染まり上がり、瞳に刻まれた桜の紋章が漆黒に塗り潰されていく。


 相反する白と黒の魔力が体内で激しく反発し、命そのものを燃料にして燃え上がった。


 赤い血の氷花を散らしながら立ち上がった彼女が放つプレッシャーは、第一席すらも完全に凌駕していた。


「な、なんだその姿は……!? バ、バケモノだ!! やれッ、ボクの最強の魔帝王!!」


 焦燥した第五席の命令を受け、魔帝王が最大火力の聖光を纏って桜夜へ突進する。


 だが。


――桜夜の姿が、ふっと掻き消えた。


 一瞬。


 ほんのコンマ一秒の出来事。


 魔帝王の背後に回り込んだ桜夜は、その圧倒的な力をもって敵を破壊する……ことはしなかった。


 彼女はただ、生前の第一席がよくしてくれたように。


 背後から、魔帝王の身体をそっと優しく抱きしめたのだ。


「……やっぱり私には……紛い物だとしても……あなたに手をあげるなんて、できません」


 耳元でそう優しく囁かれた瞬間。


 ただの操り人形であったはずの魔帝王の動きが、微かに、ぴたりと止まった。


「は……? な、なにを――」


 第五席が間抜けな声を漏らした、次の瞬間。


「――消えろ」


 魔帝王を抱きしめていたはずの桜夜は、刹那、十数メートル先にいた第五席の目の前に現れ、残された全てのエネルギーを第五席へと向けた。


 白と黒が混濁した究極の一撃が、轟音と共に戦場を消し飛ばす。


「ア、アガァァァァァァァァァァッ!?」


 反応すらできず。


 諸悪の根源たる第五席は、何が起きたのかすら理解できないまま、その圧倒的な力の奔流に呑み込まれ、塵一つ残さず消滅した。


――シン、と。


森に静寂が戻る。


「……っ……」


 拘束を解かれた魔帝王がその場に立ち尽くす中、全ての力を使い果たした桜夜の身体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


 純白の髪は元の色に戻り、呼吸はすでに止まりかけている。


 彼女の命の灯火は、今まさに燃え尽きようとしていた。


 主を失ってもなお、魔帝王が無機質な足取りで倒れ伏す桜夜へと歩み寄る。


 そして、トドメを刺すべく、冷酷な光の刃を振り上げた。


(……これで、よかったんです)


 身動き一つ取れない桜夜は、静かに目を閉じた。


 大好きな人たちの顔を思い浮かべながら、最後の時を受け入れようとした――その時だった。


「桜夜ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 夜空を切り裂いて、涙声の絶叫が木霊した。


――ドゴォォォォンッ!!!


 天から隕石のように落下してきた黄金の光が、桜夜に振り下ろされようとしていた魔帝王の刃を凄まじい衝撃と共に弾き飛ばす。


 土煙が晴れたそこに立っていたのは。


「……こんの、大バカ野郎ッ……!!」


 大粒の涙を流し、怒りに満ちた瞳で魔帝王を睨みつける乙羽。


 そして、同じく武器を構え、ボロボロの桜夜の前に立ち塞がるコモレビたち。


――コモレビが、たった一人の大切な友達を護るため、ついに戦場へと降り立った。

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