33_明かされる真実と、少女の孤独な喜び
国王イヴや第三席の必死の訴えにより、コモレビに対する民衆の悪意は完全に雪がれた。
しかし、乙羽たちの心には、一切の安堵はない。
「乙羽様、傷の手当を……」
「それよりも教えてください……真実を」
「もちろんです。それが白姫様に託された我々の使命です」
「私が聞きたいのは、あの子の言う『遥さん』のことではありません。それは本人の口から直接聞きます。それよりも、あの子の……桜夜のことについて教えてください」
「……あなた様がそうおっしゃるのなら」
静寂に包まれた部屋で、元第一席の部下だったと名乗る隊長は、痛ましげに目を伏せ、やがて静かに語り始めた。
「我々の元主、第一席様は、白姫様――神白桜夜様の本当の優しさを、誰よりも深く理解しておられました。だからこそ、彼女があなた方コモレビの一員であることを許可したのです」
「本当の、優しさ……?」
「乙羽様。あなたは……白姫様が使っていた、あの不格好な煙やクッションの魔術を覚えていますか?」
乙羽の脳裏に、何度も自分たちを救ってくれた、あの煙の盾と分厚いクッションの記憶が蘇る。
「はい……あれは、自分の低い魔導力でも使える、防御や目眩ましのための便利な技だと、桜夜から聞いていました……」
「違います」
隊長は首を横に振った。
その表情には、到底隠しきれない悲哀が滲んでいた。
「あれは、第七席としての強大すぎる力を極限まで圧縮し、隠蔽するための……白姫様自身の『分身』のようなものです」
「ぶん、しん……?」
「つまり、あのクッションが受けた衝撃、破壊、そのすべてのダメージは――術式を通して、そのまま白姫様の肉体へと直接返る仕組みになっていたのです」
「――っ!?」
息を呑むコモレビの面々。
乙羽は心臓を鷲掴みにされたような衝撃に、言葉を失った。
「そ、そんな……だって、あの盾は何度も敵の猛攻を防いで……! グラッセの時だって、あんなに激しい攻撃を……!」
「ええ。そのすべてを、白姫様は見えない所で、その身一つで受けておられました。天才である彼女が、毎日血を吐き、内臓を軋ませ、身体をボロボロにしてまで独自に編み出した狂気の技です」
「どうして……どうしてそんな、自分の命を削るようなマネを……!」
叫ぶ乙羽に、隊長は遠い目をしながら、かつて遥から聞いたという『ある日の出来事』を語り継いだ。
◇
「……桜夜ちゃん?! あなた、その身体……っ!」
血まみれで、立っているのもやっとの状態の少女を見て、第一席は取り乱した。
だが、息も絶え絶えの桜夜の顔には――第一席がいまだかつて見たこともないような、不器用で、けれど心の底から嬉しそうな微笑みが浮かんでいたのだ。
「やっと……できました……」
「こんな無茶苦茶な術式を組むなんて……一歩間違えれば、あなたが死んでしまうのよ!? あなたほどの力があれば、無傷で敵を殲滅できるはずなのに、どうして……!」
「……これで、あの子たちと一緒にいられます」
桜夜は、そっと自分の胸に手を当てて、誇らしげに告げる。
「力を隠したまま、普通の学生として。乙羽の隣で笑って、一緒にご飯を食べて……同じ時間を、過ごせる……。あの子たちを護りながら、私は『コモレビ』で……いられるんです!!」
「桜夜ちゃん……」
「痛くなんて、ありません。……これくらい、あの子たちがくれる温かさに比べたら……」
◇
「すべては……『ただの普通の友達』として、君たちと一緒にいるためだけに、彼女が創り出した術式だったのです」
静かな部屋に、ポロポロと涙の落ちる音だけが響いた。
乙羽は両手で顔を覆い、激しく嗚咽している。
自分が無邪気に笑っていた隣で。
奇跡的に助かったと喜んでいた背後で。
彼女は一体、どれほどの血を流し、激痛に耐え、それでも涼しい顔をして自分たちを見守ってくれていたのか。
「……じゃ、じゃあ……」
巴瑞季が、震える唇を噛み締めながら口を開いた。
「ウチらが大技を撃った後とか……なんかあった時に、あいつがいつも……不器用に頭を撫でてくれてた、アレも……っ」
「……ええ。お気づきの通りです」
隊長は辛そうに目を閉じ、残酷な真実を口にした。
「それは、君たちの身体に蓄積された魔導力の反動やダメージを、自身に吸い上げるための接触。……白姫様の手がいつもひどく冷たかったのは、君たちの痛みを全て肩代わりし、ご自身の命を凍らせていたからです」
「ああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
乙羽の悲痛な叫びが、部屋中に響き渡った。
あの不器用な手の温もり。
冷たい指先。
少しだけ不自然だった間合い。
そのすべてが、桜夜の狂おしいほどの愛と、命を削る自己犠牲の上に成り立っていたのだと理解した瞬間、乙羽の心は限界まで張り裂けた。
――バキンッ!!
突如、乙羽の全身から暴走した魔導力が吹き荒れ、部屋の窓ガラスが粉々に砕け散った。
黄金に輝く瞳からはとめどなく涙が溢れているが、その表情は、もう絶望に染まってはいなかった。
「乙羽……!」
「ごめん、みんな。……私、もう待てない」
涙を乱暴に袖で拭い去り、乙羽は顔を上げる。
そこにあったのは、かつて護られるだけだった少女の顔ではない。
迷いを振り切ったその黄金の瞳には、圧倒的な光が宿っていた。
かつて彼らが心から慕い、一生を捧げると誓った『第一席・聖光の聖女』の気高さと完全に重なるその姿を前に、元部下たちは思わず片膝を付いて頭を下げた。
「皆さん、教えてくれてありがとうございました。あの子が……桜夜がどれだけ不器用で、大バカで……でも一番温かい人なのか、よーく分かりました」
「乙羽様……」
「あの子は『私にはやるべきことがある』って一人で飛んでいきました。……でも、そんなことは知らない。あの子の大切な居場所は、あの子がいないと意味がないから!」
乙羽の言葉に、巴瑞季たち他のメンバーも全員が力強く頷き、武器を構える。
もはや彼女たちには一切の迷いもなかった。
「……行こう、みんな! 私たちの、たった一人の大事な友達を……今度こそ、私たちが護り抜くために!!」
夜を切り裂くような駆動音と共に、少女たちの決意を乗せ、コモレビは王城の窓から夜空へと飛び出した。
ただ一人、大好きで不器用な友達を、絶対に死なせないという、怒りにも似た強烈な想いを胸に。




