32_激震の暴露と、少女の決意
突然、氷の槍に貫かれた第五席の部下たちを目にして、群衆から悲鳴が上がる。
直後、パキィン……と乾いた音がして、凍りついた傀儡たちが一斉に砕け散った。
そこからこぼれ落ちたのは、人間の血肉ではない。
不気味に火花を散らす機械の歯車、ひび割れた魔導回路――肉組織を精巧に模した、無機質な人形の残骸だった。
「え……?」
「人間じゃ……ない……?」
民衆の間に、戦慄が走る。
自分たちが英雄の仇だと信じて疑わなかったコモレビの言葉こそが真実であり、自分たちを扇動していた者たちこそが、姿を変えた化け物だったのだという事実に、この場にいる者たちを含め、世界中がようやく気付き始めたのだ。
後悔と恐怖、そして圧倒的な畏怖によって、完全に静まり返った戦場。
その静寂の中心で、第七席・暗黙の白姫は、人形の残骸を冷たく見下ろした。
そして、傷ついた乙羽たちをその背に隠すように、毅然と民衆の前に佇む。
「……この者たちは無実です。どうか、卑劣な罠に惑わされないでください」
静かに、けれどハッキリとした拒絶の意志を孕んだ言葉が、民衆へと届けられる。
「白姫様……一体、何が起こっているのでしょう……我々は不安で仕方ないのです。どうやって、第三席様とコモレビ部隊を信じたらいいのでしょうか!」
民衆の一人が、意を決して声を張り上げた。
それに呼応するように、周囲の者たちも一斉に頷き、同意を示す。
「この後すぐ、国王イヴより真実が発言されます。まずは彼を信じ、耳を傾けてください。そして、コモレビについてですが……この私が、命に代えて無実であると断言します。なぜなら――」
白姫は一度言葉を区切り、世界のすべてを見据えるように告げた。
「――私は、その一員なのですから」
刹那、第七席・暗黙の白姫の純白の装束が、眩い光を放って剥がれ落ちていく。
大人の女性の体格だったその輪郭がみるみるうちに縮み、光の粒子が収まった後に現れたのは――聖アルカディア学園の制服を身に纏った、一人の少女の姿だった。
それを見た民衆は驚愕し、あまりの衝撃に腰を抜かした。
今まで完全な謎に包まれていた世界の頂点が、まだ学生の少女だったこと。
そして何より、その少女が――コモレビの中でも魔導力が低く、悪い意味で劣等生として何かと話題に上がっていた『神白桜夜』その人であったという事実に、世界中が文字通り、震撼した。
「……さく……や……、ひぐっ……」
背後で膝をつき、溢れ出す涙を止められずに泣き崩れる乙羽。
他のメンバーも、どういう顔をしていいのか分からず、ただ呆然と戸惑いの表情を浮かべている。
桜夜は彼女たちの方を振り向かず、ただ静かに目を閉じた。
「第七席様……恐れながら、我々数人は第一席様より、事前に『あなたの正体』と『乙羽様』についてお聞きしておりました。我々の到着が遅れたこと、そして……このような形であなたの正体を露見させてしまったこと、誠に面目ございません」
先ほどの隊長の男性が、桜夜の前で深く頭を下げた。
「……頭を上げてください。よくぞ駆けつけて、コモレビを助けてくれました」
「もちろんです。あなた様を含め、あの方(遥様)の大事なお人ですから……」
「願わくは――あなたから乙羽に、すべての事実を教えてあげてくれませんか? 遥さんの信じたあなたになら、託してもいいでしょう」
『遥』というその名前を聞いた途端、乙羽は弾かれたように目を見開いた。
「恐れながら……それは、あなた様のお口から伝えられた方が良いのでは?」
「私には、まだやるべきことがあります」
桜夜はそれだけを言い残すと、地面を蹴り、音もなく一瞬で遥か上空へと跳躍した。
突然、目の前からその姿を消した桜夜の残響に、元部下たちは一瞬だけ天を見上げた。
だが、すぐに引き締まった表情に戻ると、残されたコモレビの面々にそっと寄り添い、彼女たちを護るように王城の中へと誘導していった。
それと入れ替わる形で、国王イヴと、未だ満身創痍の姿をした第三席・水姫が民衆の元へと歩みを進めていく。
上空からそれを見届けた桜夜は、激戦の名残でズキンと痛む腹部を押さえた。
だが、今の彼女にとっては、その肉体の痛打よりも――大切な日常に別れを告げた胸の痛みの方が、遥かに、遥かに辛かった。
少女は溢れそうになる感情を冷徹な氷の檻に閉じ込め、たった一人、孤独な決戦の地へと向かってその場を後にした。
そして王城前の大広間では、国王イヴと、車椅子に乗った第三席・水姫が民衆の前に姿を現した。
全身包帯だらけで、今にも倒れそうな水姫の痛々しい姿に、騒然としていた民衆が静まり返る。
「……愚かな民よ、よく聞きなさい」
魔導拡声器を通し、国王イヴの威厳ある、だがどこか悲痛な声が王都に響き渡った。
彼らが語ったのは、残酷な真実だった。
第二席と第四席がすでに第五席の罠に落ち、命を落としていたこと。
先ほどの映像が巧妙なフェイクであったこと。
そして――悪魔と罵られたコモレビの少女たちこそが、今まさに命懸けで世界を護ろうとしていた盾であったこと。
「……あの子たちは、あなた方から石を投げられ、呪詛を吐かれながらも……それでも、あなた方を護るために、自ら城門を開けたのよ……っ!」
血を吐きながら叫ぶ水姫の涙に、民衆は自分たちが犯した取り返しのつかない罪の重さを悟り、次々とその場に崩れ落ちて咽び泣いた。
これでようやく、コモレビに向けられていた世界の悪意は完全に雪がれた。




