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31_たび重なる罠と、絶対零度の支配

「――開門してください!」

「し、しかし……」

「私たちなら大丈夫です!」


 乙羽の凛とした声が、王城の重厚な正面扉の前に響いた。


 国王イヴや乃愛の静止を振り切り、彼女たちはここまで走ってきた。


 轟音を立てて開かれていく城門。


 その向こう側には、松明の紅い炎に照らされた、憎悪に狂う無数の民衆と兵士たちがひしめき合っていた。


 門が開いた瞬間、鼓膜を破らんばかりの声がコモレビの面々に突き刺さる。


「出てきたぞ、人殺しどもめ!」

「英雄を、第二席と第四席を返せ!!」


 殺意の波を前にしても、 乙羽は一歩も引かなかった。


 深く息を吸い込み、決意を胸に叫ぶ。


「皆さんの不安と怒りはもっともです! ですが、聞いてください! あの映像は、すべて偽物なんです! 第二席も第四席も、私たちは殺していません! お二人は……お二人は、ある人物の卑劣な罠によって――」

「騙されるな!! あの映像が偽物だなんて証拠でもあるのか!!」

「証拠はない! でも、アンタらの信じたあの誇り高き、七大執政が、ウチらみたいな学生の手に落ちるとでも、本気で思っとんのか!!」

「お、お前らが背後から襲ったからじゃないのか! だってあの映像が――」

「てめえらの信じた誇り高き英雄が、たったそれだけのことで本当にやられるとでも思ってやがんのか! 目を覚ましやがれ!」

「な、なんか卑怯な手を使ったんだろ! そうだ! 第三席だ! あいつが――」

「いい加減にしてよ! これ以上ボクらの英雄たちを侮辱するな!」

「一旦落ち着いて考えてみれば分かることでしょ?! それが戦場の最前線で命を懸けて戦った者たちへ向ける言葉ですか!」


「 「……」 」


 彼女たちの必死の告発に、民衆の間にほんの一瞬だけ「まさか……」という動揺が走る。


 だが、それを打ち消すように、群衆の奥から鋭い声が響く。


「こいつらは口の巧い悪魔だ! 現に、あの映像が何よりの証拠だろうが!」


 民衆に紛れていた数人の男たちーー第五席が放った精巧な『傀儡』たちが、不気味に目を光らせた。


 男たちは突然、周囲にいた一般の民衆へと襲いかかり、あちこちで爆発を巻き起こす。


「ぎやああああっ?!」

「今、コモレビの連中が攻撃したぞ!!」

「あいつら、口封じに俺たちを殺す気だ! やれ! 殺せ!!」


 仕組まれた自傷行為。


 それにより、現場は一瞬にして「コモレビが民衆を攻撃した」という凄惨な誤認へと塗り替えられた。


 狂乱の暴動が一気に勃発し、津波のような群衆が武器を手にコモレビヘと押し寄せる。


「くっ……みんな、絶対に手をあげちゃダメだからね!」


 相手は騙されているだけの一般市民だ。


 まともな反撃などできるはずもなく、コモレビは瞬く間に防戦一方へと追い込まれていく。


 その時だった。


「――お前たちは、我々の太陽だ!」


 突如として、コモレビの前に十数人の強固な装甲を纏った兵士たちが割って入った。


 彼らは激昂する群衆との間に肉の壁を作り、巨大な盾を構える。


「な、あなたたちは……誰?!」


 驚く乙羽の前方にいた隊長らしき男が振り返った。


 その瞳には、深い哀愁と、確固たる決意が宿っている。


「俺たちは第一席・聖光の聖女の元部下だ! キミを……いや、キミたちを守る理由が我々にはある! ずっと影ながら見守ることしかできなかったが、未来あるキミたち子供に、大人の汚れ仕事をさせるわけにはいかん!」

「でも、これじゃあなたたちが――」

「行け! 構うな! キミたちはここで死んではならん! ここは俺たちが命に代えても食い止める!!」


 泥にまみれ、狂った群衆の刃を受けながらも、かつての英雄の意志を継ぐ大人たちが盾となる。


 だが、第五席の傀儡たちが放つ苛烈な攻撃の前に、元第一席の部下たちも一人、また一人と血を流して倒れていく。


 コモレビも傷つき、怒号と悲鳴が夜空を焦がす。


 完全な収拾不能。


 世界の悪意が、気高き者たちをすべて圧し潰そうとした、その瞬間だった。


『舞え、氷華』


 つま先をチョンと地面に付ける。


 たったそれだけのことだった。


――パキンッ。


 世界が凍った。


 一帯を覆っていた悪意の熱気が、突然響き渡る『凍結音』と共に、怖ろしいほどの寒気へと変わる。


「な……んだ、この寒さは………?!」


 激昂していた民衆も、凶刃を振るっていた兵士たちも、その尋常ではない寒気に動きを止めた。


 それは、生物としての本能が「絶対に逆らってはならない死」を察知したかのような、圧倒的な恐怖の支配だった。


 混沌とする戦場の中央。


 そこから空中へと飛び上がり、そのまま民衆たちの頭上を歩くその人物は、神々しいまでに純白で、世界の頂点に君臨する者にのみ許された装束をまとい、その背中には第七席の紋章が描かれていた。


「第……七席……様?」

「……暗黙の白姫様だ」


 パキパキと音を立てて、周囲の地面が、大気が、空間そのものが白銀に染まっていく。


「……静まりなさい」

「――ッ?!」


 今まで一度も公の場で『声』を発することがなかった暗黙の白姫。


 初めて聞く、その冷たき声の前に、世界は驚愕し息を呑んだ。


 しかしそれよりも『その声』に驚きを隠せない5名の少女たち。


「……ちょ……うそ……その声……」


 乙羽の目からは大粒の涙があふれ出す。


「――まずこの場から、汚れた膿を取り除きましょう」


 呆然と立ち尽くす民衆の視線の中心で、再び民衆へ向けて牙を向けようとしていた者たちへと冷たく鋭い視線を向ける。


『射貫け、氷槍』


 彼女が、氷のように透き通った指先を軽く鳴らす。


 刹那。


 音も無く放たれた絶対零度の閃光が地面を這い、民衆に紛れていた第五席の部下たちだけを氷の槍が貫いた。

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