30_反逆の烙印と、優しき涙
王城の一室には、重たい空気が漂っていた。
先の激戦を終え、学園の病棟にて緊急治療を受けた第三席・水姫は命を繋ぎ、コモレビの面々もそれぞれ治療を受けた。
だがその間にも、七大執政の第二席と第四席の訃報が世界中に衝撃と絶望を与えていた。
彼らの部隊は完全に壊滅し、そのほとんどの者たちが犠牲となったことも報告されていたのだ。
その後、病棟には流れ込むように新たな死傷者たちが運び込まれた。
そのため、コモレビのメンバーや、今もなお目覚めぬ第三席は国王の計らいにより、一時的に王城へと移動して休息を取っていた。
包帯姿の乙羽が椅子に深く腰掛け、桜夜はそのすぐ近くの壁に背を預けて静かに目を閉じている。
他のメンバーもそれぞれ、心身ともに深い疲労を滲ませていた。
そんな静寂の中、「第三席様がお目覚めになりました!」と、王室の者が喜びの声を上げて報告に飛び込んできた。
それを聞いたコモレビたちの表情に、ようやく微かな安堵の笑みが浮かぶ。
すぐに第三席の元を訪れようと、皆が腰を上げたその瞬間――。
「――ピイイイイイイン……ッ!」
突如として、部屋に設置された大型魔導モニターと、コモレビ全員の携帯デバイスが、耳障りなノイズと共に強制起動した。
「……何?」
乙羽が怪訝そうに顔を上げる。
画面は激しく乱れ、やがてガーディアンの公式紋章が映し出された。
しかし、その紋章はすぐに赤黒いノイズに侵食され、おぞましい映像へと切り替わった。
そこに映っていたのは、凄惨な戦場の跡。
そして、血だまりの中に倒れる二人の人物――それは、世界が敬愛してやまない英雄、第二席と第四席の姿だった。
『あぁ……まさか、味方に背中を撃たれるとは……』
画面越しの第二席が、血を吐きながら苦しげに言葉を紡ぐ。
その瞳には、絶望と無念が深く刻み込まれていた。
『皆、聞いてくれ……我々を罠に嵌め、急襲したのは……第三席が裏で操る暗殺部隊……“コモレビ”の学生たちだ……!』
「な……ッ!?」
巴瑞季が弾かれたように身を起こし、乙羽は息を呑んだ。
『彼女たちは……狂っている。第三席の指示で、我々を……ガハッ! 頼む……誰か、あの悪魔たちを……止めて……くれ……』
第四席が力なくカメラへ手を伸ばし、そして二人の英雄は、こと切れたように動かなくなった。
直後、映像が切り替わる。
それは、先の戦闘でコモレビたちがグラッセ(第三柱)に向けて放った必殺技の数々だった。
だが、映像は巧妙に改ざんされ、まるで彼女たちの月光の刃や炎の拳が、無防備な第二席と第四席を背後から惨殺しているかのような、悪質なフェイク映像へと変貌していた。
映像はそこで途切れ、黒い画面に白文字で『英雄を殺した反逆者たちに、正義の鉄槌を』とだけ非情に表示された。
「……嘘、でしょ」
乙羽の声が、ガタガタと震える。
その直後だった。
地鳴りのような地響きが、王城の外から響き始めた。
「……っ! 皆、ここを離れてはいけない! この周囲はもう完全に包囲されてしまっている!」
勢いよく部屋に入ってきた国王イヴの緊迫した言葉を聞き、桜夜は静かに窓の下を見下ろした。
城の正門前には、どこから湧いて出たのか、武器を掲げ、松明を燃やし、怒りに顔を歪めた無数の群衆とガーディアンの兵士たちが押し寄せていた。
「反逆者コモレビを引きずり出せ!!」
「人殺し! 英雄の仇を討て!!」
「第三席と悪魔の学生たちを処刑せよ!!」
狂気に満ちた怒号が、分厚いガラス越しにすらビリビリと部屋を震わせる。
数分前までの安らぎは完全に消え去り、世界全体がコモレビを「絶対悪」と見なし、殺意の刃を向けていた。
完全な孤立。
言い逃れの余地もない、第五席による完璧な盤面。
「どうして……こんな……」
思わずその場にしゃがみ込んだ乙羽の手は、激しく震えていた。
他のメンバーも、あまりの理不尽な状況に顔を青ざめさせている。
しかし、それは自分たちの命が狙われているからではない。
世界中から憎悪を向けられているからでもない。
ポロポロと、乙羽の瞳から大粒の涙が零れ落ちる理由――それは。
「どうして……殺されてもなお、あんな風に弄ばれなきゃいけないの……!」
絞り出すようなその声には、底知れぬ悲痛が混じっていた。
彼女たちは、自分たちが陥れられた恐怖ではなく、命を懸けて世界を護り、そして散っていった英雄たちの遺体が「傀儡」として弄ばれ、その尊厳を踏みにじられたことに対して、激しい憤りと悲しみの涙を流していたのだ。
どこまでも優しく、他者の痛みを自分のことのように悲しむことができる、気高き少女たち。
その涙を、桜夜は静かに見つめていた。
表情は極寒の氷のように冷たく、微塵も動かない。
だが――その内側で、桜夜の魂はかつてないほどの熱を帯びていた。
(……本当に、この子たちは)
どこまでも愚かで、愛おしいほどに優しい。
桜夜はゆっくりと無言のまま歩み寄り、泣き崩れる乙羽をそっと抱きしめた。
その腕は驚くほど温かく、まるで彼女自身も改めて自分の決意を確かめるかのようだった。
「……今の偽装された映像のせいで、世界中で暴動が起きている。おそらく予め第五席が仕組んでいたものだ。キミたちがここにいることもバレている」
国王イヴの重苦しい言葉を聞いた乙羽は、その袖で強く涙を拭い、立ち上がった。
その瞳には、もう迷いはなかった。
それに呼応するように、巴瑞季たち全員が意を決した面持ちで扉へと向かう。
「待て! どこに行くつもりだい?! 今、外は危険だと言ったはずだよ!?」
「……それでも、私たちが逃げちゃダメです! 命を懸けて戦った英雄たちを、これ以上汚させるわけにはいきません!」
「乙羽……ッ、ゴホゴホ……! 待ち、なさい……!」
よろよろと、血を吐きながらも必死に部屋へ駆けつけてきたのは、車椅子に支えられた第三席――水姫の姿だった。
一同は息を呑み、その場で足を止める。
彼女の後ろからは、医師と思われる者たちが慌てて駆け寄ってきている。
「水姫様……! 本当に……本当に、ご無事で何よりです! でも、動いては――」
「だめ……行かせ、ないわ……。あなたたちまで……あいつの、玩具に……」
意識を取り戻したばかりの身体で、それでもコモレビを守ろうと必死に手を伸ばす水姫。
だが、乙羽たちはその痛々しい守護者の姿に深く一礼すると、イヴや水姫の制止を振り切り、固い決意を胸に暴動の中心へと走り出した。




