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28_絶望の爪痕と、目覚める火花

「あの氷は?!」

「もしかして……白姫様?!」

「白姫様が、いるのか?!」


 突如としてそびえ立った白亜の氷壁。


 それを見たコモレビの少女たちの瞳に、微かに光が戻る。


――しかし、戦場はそれを待ってはくれない。


「美咲ッ! 後ろ!」


 乙羽が悲鳴交じりに叫ぶが、遅かった。


 一体の巨大な魔物が、美咲を踏みつぶさんと容赦なくその巨足を振り下ろす。


「おっと、失礼」


 美咲と魔物の間に突如として割り込み、素手でその巨足を弾き飛ばしたのは、国王秘書の老人だった。


「くっ……くそじじい! 短距離の転移でも魔導力は使うんだぞ!」


 その背後では、元第六席――ゲスハゲが空間魔法をせわしなく展開している。


「秘書のおじちゃん!」

「はいどうも、お嬢さん方。おじちゃんも助けに参りましたよ」


 秘書は老人とは思えぬ神速の身のこなしで、周囲の魔物を次々と塵に変えていく。


「秘書さん! あれは白姫様ですか?! 水姫様の容態は?! 桜夜はあの中で無事なんですか?!」

「白姫様が鉄壁の要塞を築き、中ではこの国一番の医師による水姫様のオペが行われています。桜夜さんもじきにこちらへ合流されるでしょう」


 乙羽はその言葉に深く安堵し、目の前の敵へと全神経を集中させる。


「ちなみに、白姫様が魔物を無限に発生させていた装置まで凍らせていらっしゃいましたので、後はこの周囲にいる群れだけです。それらはこの私めと、この『ゲスハゲ』にお任せあれ。お嬢さん方は――あちらの処理をお願いします」

「……おい、いくらなんでもアイツらだけであの化け物は……あぁ、なるほどな」


 秘書の言葉に一瞬疑問を抱いたゲスハゲだったが、グラッセへと向かっていく少女たちの背中を見て、言葉を飲み込んだ。


 その足取りには、先ほどまでの怯えがない。


「せっかく魔帝王様にいただいた魔物発生装置を壊しよって……。しかし、おかげで退屈せずに済みそうだ」


 第三柱グラッセはしばらく戦況を静観していたが、周囲の雑魚が減ったことで、ようやく自慢の巨大な大剣を振り回し始めた。


 溢れ出る瘴気が、空気を重く押し潰す。


「みんな、私らでアイツを倒すよ!」

「へへ、まだまだ暴れ足りてねぇんだ。やってやんよ!」

「そろそろウチのとっておき、披露する時やな」

「ボクもまだとっておきを残してたの、バレちゃったかぁ~!」

「奇遇ですね。私もそのとっておき、ありますよ」


 それは、彼女たちの精一杯の強がりだった。


 コモレビは肩で激しく息をしながらも、グラッセを鋭く見据える。


「ふむ。格下相手でも俺は容赦せんぞ。来い」


 グラッセが太刀を構え、地を這うような声で言い放った瞬間、コモレビの全員が弾かれたように散った。


 まず、一直線に突っ込んでいったのは梓だ。


「ふむ、無駄だ。貴様ら羽虫の足掻きなど、この深淵の闇には届かぬ」


 グラッセが放つ大剣の一振りを、梓は大盾で正面から受け止める。


 しかし、あまりの質量と衝撃に、体ごと地面へと叩きつけられた。


 その余波の衝撃波は、梓の後方でカウンターを狙っていた巴瑞季までも吹き飛ばし、硬質な結晶の壁へと激突させる。


「まだッ!」


 だが、すかさず左右から美咲の魔導獣――ポチ一号と二号、そして魔導獣の力をその身に纏った美咲が、後方から同時に襲いかかった。


「あまい」


 グラッセは太刀を地面に突き刺したまま、剛腕だけでポチ一号と二号を地面へとめり込ませる。


 さらに、背後に迫っていた美咲には、重く鋭い後ろ蹴りを叩き込んで吹き飛ばした。


「はぁああああっ!」


 体勢の崩れたグラッセを目がけ、上空から光の矢のごとく一直線に落下した乙羽が、渾身の力で光の剣を突き立てる。


 穂香による多方面からの正確無比な援護射撃が、それを後押しした。


「良い攻撃だ。だが……」


 しかし、その一撃をもってしても、グラッセの強靭な漆黒の鎧を穿つことはできない。


 万雷の火花を散らすだけで、決定的なダメージには至らなかった。


 グラッセは、自らに突き立てられた光の剣をあろうことか素手で掴み取る。


 そして、剣を持つ乙羽ごと、いまだ地面から動けないでいた梓に向かって叩きつけ、そのまま二人を容赦なく蹴り飛ばした。


 あまりにも、あまりにも絶望的な力の差。


 それでも、乙羽が、梓が、巴瑞季が、穂香が、美咲が、それぞれの武器を支えに、よろよろと、だが確実に立ち上がる。


「ふむ。これだけ叩いても壊れないのは大したものだ。――お前の能力か?」


 いつの間にか、彼女たちの後方に立っていた少女へ、グラッセがようやく視線を向けた。


 その少女――神白桜夜は、冷たい目付きのまま、愛用の拳銃型ギアメタルを構えていた。


 彼女が裏で展開していた「白い煙のクッション」が、コモレビの致命傷を辛うじて防いでいたのだ。


「桜夜、やっぱりキミがいるとみんなの動きが見違えるね! 私はギュッとしてくれたらもっと良くなるからしてくれないかな!」

「お断りです」

「へへ、ウチらの最強サポーターも合流したところで、こっからが本番だ!」

「さてさて、こないな化け物、どうやってぶちのめしたろうか!」

「やっぱり直接ボッコボコにしてあげなくちゃねぇ~!」

「ええ、骨の髄まで焼き払って差し上げましょうか」


 コモレビの全員が息を整え、再び苛烈な攻撃態勢に入ろうとした、その時だった。


「なるほど……先にコイツを殺せば、お前たちの心は折れるのだな。簡単だ」


 本当に、一瞬の出来事だった。


 グラッセは、手にする重たい太刀をその場に放り投げると、徒手空拳のまま、後方支援に下がっていた桜夜の方へと一直線に肉薄した。


 凄まじい質量移動。


 今の桜夜の肉体では、その超速の突進を物質的に回避しきることは不可能。


 次の瞬間、グラッセの甲冑の籠手部分に仕込まれていた鋭利な隠し刃が、桜夜の胴体を容赦なく貫いていた。


「……っ?! がはッ……! 」

「……えッ?! 桜夜ぁああああああ!!」


 乙羽の裂けるような悲鳴が響き渡る中、腹部を深く貫かれた桜夜の体が、グラッセの手によって頭上へと無残に掲げられる。


 能力を使っていない状態の桜夜は、ただの脆弱な人間の身に等しい。


(くっ……不意を突かれたとはいえ、この程度の攻撃に……不覚です)


 ボタボタと結晶の大地へ滴り落ちる、自身の鮮血。


 桜夜は薄れゆく意識の中で、力を制限せざるを得ない己の現状に、奥歯を噛み締めた。


「あ゛ぁああああああ!!」


 だが、その血を見た瞬間――。


 巴瑞季、梓、美咲、穂香、そして乙羽の奥底で、世界を揺るがすほどの未知なる力が、一斉に呼び起こされる。

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