27_忍び寄る魔の手と、桜夜の葛藤
「――さぁ、絶望の味を教えてやろう」
第三使徒柱グラッセが身の丈ほどの大剣を振り上げた、まさにその瞬間だった。
真の絶望は、前方からではなく、背後から音もなく忍び寄っていた。
「――この瞬間が、一番たまりません」
無機質で、ネチネチとした声。
第五席の指先から放たれた『魔導糸』が、一切の殺気を持たないまま、水姫の心臓を背後から正確に狙い澄ましていた。
(――なッ?!)
最後尾にいた桜夜の目が驚愕に見開かれる。
あまりにも見事な不意打ちにより、距離が遠すぎる。
桜夜は咄嗟に、自身の傍らでサポートをさせていた元第六席の空間の隙間に白亜の桜を入れ込む。
水姫の背後の空間をコンマ数ミリだけ歪ませ、同時に自身の『絶対零度』で魔導糸の速度を極限まで遅延させた。
それにより即死に繋がる心臓への直撃だけはなんとか逸らした。
しかし、強靭な魔導糸は水姫の右胸を深く貫き、紫色の結晶体に鮮血が舞い散る。
「あ、がっ……?!」
「えっ……水姫様ッ?!」
コモレビの面々が悲鳴を上げる。
その異常事態に、すぐ近くにいた乙羽が光の剣を振り下ろしながら水姫の元へ駆け寄る。
第五席は乙羽の斬撃を軽々と避けると、彼女たちとは距離を取った。
膝から崩れ落ちる水姫を支えながら、剣を構える。
「おや……? 今のは完璧な奇襲だったはずですが。即死しないとは。運が良かったのか、あるいは何かの偶然か……さすがは第三席。あの能天気な人とは違うようだ」
第五席は不気味な笑みを浮かべ、指先で魔導力の糸を弄る。
「……ガハッ! ……貴様っ!」
「おっと、動くと死にますよ? 一応心臓の一部は貫いているんですから。あのマヌケな第一席と同じように、魔導力回路を粉々にして無力にし、絶望を与えてからなぶり殺すつもりだったのですが、まぁ生命器官を壊すことには成功したのでどのみち死にますがね」
「ちっ、いいところで。一番強いヤツがいなくなってしまったではないか」
(……ッ! コイツが、遥さんを!!)
桜夜の瞳に、かつてないほどに漆黒の冷たい殺意が渦巻く。
遥の命を奪った真犯人。
今すぐにでもこの男の全身を氷結させ、細胞の一個に至るまで粉砕してやりたい。
『グルルオオオオッ!!』
無防備になった水姫に襲い掛かる魔物をなんとか一掃したコモレビだが、無限に湧き出る魔物の波に、今にも飲み込まれようとしている。
「僕は忙しいのでね。脳筋の第二席と、鬱陶しい第四席の首も刈り取らなければならない。こいつらの相手は任せましたよ、グラッセ」
「どのみちコイツらの餌だ」
グラッセはそう言うと、やる気がなさそうに後退していく。
代わりに押し寄せる魔物の軍勢。
(くっ……!!)
今フルスロットルを使えば、刺し違えても確実に標的だった裏切り者の息の根を止めることが出来るかもしれない。
しかし、 この魔物の数とグラッセを相手にコモレピや乃愛が助かる見込みは皆無。
復讐か、愛する者たちの命か。
桜夜の決断は早かった。
沸騰する殺意を無理やり氷の奥底へと封じ込め、倒れた水姫の元へと駆け寄る。
その間に第五席は、背後に広がる暗闇の中へと消えていった。
「待ちなさい……ごほっ」
「ダメです水姫様! 今動いたら血が……!」
「乙羽、私が応急処置をします。キミはみんなと敵を!」
「わかった! 二人は私たちが守るよ!」
乙羽たちはそう言うと、敵の軍勢を斬り伏せながら押し戻していく。
桜夜は無表情のまま水姫の傷口を布で押さえる……フリをしながら、出血している体内の臓器を『凍結』させていく。
それにより、破断した血管を細胞レベルで繋ぎ止め、ギリギリのところで命を繋ぎ止めていた。
もし桜夜が復讐を優先し、一瞬でも処置が遅れていれば、水姫は確実に命を落としていた。
「さく……やっ……どうして、 アイツが……遥をッ!」
意識を朦朧とさせながらも、桜夜の首元を掴んで睨みつける水姫だったが、すぐにその力を抜く。
いつもの無表情とは違い、今にも溢れ出してしまいそうな殺意を、唇から血を流しながら必死に抑えていたからだ。
「……乃愛さん……あの者は必ず私が始末します。しかし、今はアナタやアナタを守ろうと必死になっているこの子らを救うことが先です」
「……っ……」
桜夜の言葉を聞き終えると、乃愛は限界だった意識を手放した。
(私が出来る応急処置はここまでのようです……しかし、このままでは……)
乃愛の顔色はどんどん正気を失っていく。
「……第六席、手を貸しなさい!」
近くでコモレビをフォローしていた元第六席を鋭い目つきで呼び寄せる。
「……一体どうするつもりだ。お前が散々こき使ってくれたおかげで、もう全員を転送させるほどの魔導力は残ってない。それに、今この者を下手に動かせば、本当に命はないぞ」
「私が指定するポイントヘ転送ゲートをつなぎなさい。今すぐに!」
元第六席は、桜夜に言われた通りのポイントヘ急いで空間魔法を繋げた。
そこに、マスクと白衣を付けた男と、国王秘書の紋章を付けた老人が現れる。
「よく命を繋いでくれた。後はボクに任せてくれ」
空間の隙間から現れたのは、医師に扮した国王イヴとその秘書。
彼らは、緊急事態に備えて予め緊急用転送ゲートの前で待ち構えていたのだ。
これは国王イヴが第七席である桜夜だけに知らせていたことだった。
「秘書のじいさんと……あ、あなたはっ?!」
「しっ。余計なことは言わないこと。じいや、コモレビと協力してこの場を制圧しろ」
「はっ。あなたも手伝って下さいね」
「お、おい!」
秘書は礼儀正しくお辞儀をすると、元第六席の首根っこを掴み、老人とは思えぬ身のこなしでコモレビの元へと向かった。
桜夜は二人が離れたことを確認すると、白亜の桜で周囲を囲うように氷の壁を作り上げた。
すると、イヴは何も言わないまま、手慣れた手つきで緊急のオペを始めた。
桜夜も何も言わないまま、音もなくその場を離れて秘書たちの後を追った。




