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21_焦熱の黒炎と、裏切り者の末

 泥の魔物を撃破した後、一行は第六席の案内に従い、第五セクターの奥深く――かつての大規模地下プラント跡地へと足を踏み入れていた。


「……空間の揺らぎが、この先で極端に濃くなっている」


 第六席が、忌々しそうに眼鏡を押し上げながら立ち止まる。


 彼が視線を向けた先、巨大なすり鉢状になった地下空間の中心に『それ』はあった。


「な、なんやあれ……気色悪っ」


 巴瑞季が顔をしかめる。


 空間の中央には、赤黒い脈を打つ巨大な『繭』が宙に浮いていた。


 そして、その繭の中心には、半ば溶けかかったような人間の男が取り込まれている。


「……副長……!」


 第六席が、屈辱と怒りに顔を歪めた。


 間違いない。


 第六席を裏切り、コモレビを罠にはめた張本人だ。


 しかし、彼はすでに生気を失い、繭の養分として魔導力を吸い尽くされているようだった。


「おや、ソルベが殺し損ねた玩具たちが、こんな所まで迷い込んでくるとはねぇ」


 地下空間に、鼓膜を直接焼くような、ねっとりとした男の声が響いた。


 同時に、赤黒い繭が内側から弾け飛び、凄まじい熱波が一行を襲う。


「きゃっ!? 熱っ!」

「な、なにこれ……空気が、一気に……!」


 ドローンを展開しようとした穂香が、あまりの熱気に息を詰まらせる。


 爆発の炎の中からゆっくりと姿を現したのは、豪奢な赤い燕尾服に身を包み、顔の半分が炎のように揺らめく異形の男だった。


「初めまして、人間ども。私は『使徒柱』が一人……『第四柱・ブリュレ』。あぁ、ご挨拶の前にそこのゴミは処理しておいたよ。任務を失敗した者に生きる資格はないからねぇ。もっとも、私の炎の薪としては少々役不足ではあったけど」


 ブリュレがパチンと指を鳴らすと、繭に取り込まれていた元副長の残骸が、一瞬にして灰となって消え去った。


「貴様……俺の兄弟を……!」

「おや、これは師匠殿じゃないか。その兄弟にも空間魔法の実力で負け、まんまと騙されて窮地に追いやられた本物の無能で役立たずの第六席殿」

「っ?! 貴様……」

「あぁ、すまないねぇ。私は繭に取り込んだ者の記憶も一緒に取り込んでしまうのだよ。お前たちの関係性も……フフフ、実に滑稽だ」

「黙れッ! 『空間断裂』!」


 第六席が怒りに任せ、ギアメタルを発動させてブリュレの周囲の空間そのものを切り裂こうと魔法を放った。


 しかし、ブリュレは避ける素振りすら見せなかった。


「……空間を歪める斬撃か。なるほどねぇ、仮にも七大執政の端くれか。だが――」


ゴォォォォォォッ!!


 ブリュレの体から立ち昇る漆黒の炎が、迫り来る空間の断裂を『焼き尽くした』。


「なっ……!? 空間への干渉を、熱量で相殺しただと!?」

「この世に燃えないものなどないのさ。空間だろうと、概念だろうとね。さて、次はこちらの番だ」


 ブリュレが腕を振るうと、灼熱の黒炎が津波のようにコモレビたちへと襲い掛かった。


「みんな、アタシの後ろへ! 『インパクト』最大展開ッ!!」


 梓が前に飛び出し、大盾から巨大なエネルギーシールドを展開する。


 しかし、黒炎がシールドに触れた瞬間、梓の顔が苦痛に歪んだ。


「ぐ、がぁぁぁぁっ!? 熱い、盾が、溶け……ッ!」

「梓! くっ、ポチ一号、二号! 水魔法で援護して!」

「ドローン、冷却弾頭発射!」


 美咲と穂香が懸命に援護するが、放たれた水は、炎に触れる前に一瞬で蒸発してしまう。


 第五柱であったソルベでさえ、空間を操る厄介さはあれど、ここまでの純粋で暴力的な熱量パワーは持っていなかった。


「あはははは! 無駄だよ無駄! 私の『焦熱しょうねつ』は、すべてを等しく灰燼かいじんに帰す!」


(……まずいですね)


 桜夜はギリッと奥歯を噛み締めた。


 ブリュレの放つ黒炎は、桜夜の『白亜の桜(氷)』とは完全に相反する属性。


 相性は最悪と言っていい。


 このままでは梓の盾が破られ、全員が黒炭と化してしまう。


 桜夜はギアメタルの銃口をこっそりと梓の足元へ向け、極限まで圧縮した『絶対零度の冷気』を、梓の盾の裏側にコーティングするように展開した。


 表面上は梓がギリギリで耐えているように見えるが、実際には桜夜の氷が黒炎の熱を中和している状態だ。


「……はぁ、はぁっ! なん、とか……防いだ……!」


 炎の津波が収まり、梓が膝をつく。


 おかげで全員無事だが、梓をはじめ、彼女を全力でフォローしていた美咲や穂香は立っているのがやっとというほど疲弊していた。


「おや? 今の炎を防ぎきるとはねぇ。ただの子供だと思っていたが、少しは骨があるようだ」


 ブリュレは感心したように顎を撫でると、その視線を、息を切らしている乙羽へと向けた。


「……ふむ。お前、その光の魔導力……そうか、お前が……っ……?」


爆炎拳ばくえんけん!』


 ブリュレが言葉を発していた間に、第六席が発動させた空間の隙間に入り込んでいた巴瑞季が炎の拳で攻撃を仕掛ける。


「おぉ、見事な不意打ちだねぇ……しかし、いいのかねぇ、私に近づいて」

「あ、熱っ?!」


 攻撃を仕掛けたはずの巴瑞季の炎が逆に燃やされてしまった。


 すぐさま第六席が空間の隙間を作り出すが、間に合わない。


「さぁ、一人目……ん?」


『光・一閃こういっせん!』


 その攻防の間に、居合の構えから一瞬でブリュレを斬り付けて背後へと移動した乙羽。


 カチンと剣を鞘に納めたと同時に、ブリュレの首が胴体と離れる。


「こんのクソガキども……さすがに二人同時に転移させるとは聞いていないぞ」

「はぁ、はぁ……やった……?」


 確かな手応えと、ゴロンと床に転がった首を確認し、勝利を確信する乙羽。


「乙羽! まだです! コアの活動が止まっていません!」


 穂香の叫びもむなしく、離れ離れになっていたブリュレの首と胴体から黒炎が噴き出す。


「いや~びっくりしたねぇ。さすがにキミたちを過小評価し過ぎていたみたいだ」


 ブリュレの周囲の黒炎が、先ほどとは比べ物にならないほど巨大に膨れ上がり、彼の頭上に巨大な『太陽』のような火球を作り出し始めた。


「さぁ、全員灰になれ」

「外道メガネ! 全員を退避させて!」

「さすがに間に合わん!」


 第六席が必死に空間の隙間を作り出そうとするが間に合わない。


 絶体絶命のピンチだ。


(――ここまでですね)


 桜夜の瞳から、冷たき白亜の桜が咲き誇る。


 そして、偽りの感情を捨て去り、冷酷な光を宿した瞳で、音もなく一歩を踏み出した。

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