20_剥がれ落ちた権威と、空間を食らう泥
「……間違いない。これはヤツのものだ」
第六席は忌々しそうに、地面にこびりついた『痕跡』を睨みつけた。
かつて自分が最も信頼し、右腕としていた男。
その魔力には、第六席自らが教え込んだ「空間干渉」の術式が、歪んだ形で組み込まれていた。
「あんなことしといて、感傷に浸れる心は持っているんだね、外道メガネ。その『ヤツ』とやらは一体どこに逃げたの?」
乙羽は蔑んだ視線を向ける。
第六席は鼻を鳴らし、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「教えられずとも追ってやる。空間干渉の痕跡が北西に向かっている……だが、妙だな。まるで私を誘っているかのように、あえて痕跡を残している」
「罠ってことか?」
「面白いですね。このままその誘いにのりましょう」
「どちらにしてもこれ以上の手がかりないしねぇ~。いざという時は外道メガネを盾にしよぉ~!」
「クソガキどもが。これさえなければお前たちなどに構ってやる理由もないのだが……」
囚人に付けられる爆発装置を備えた首輪を、第三席に付けられた第六席は恨めしそうにそれを握る。
一行が痕跡を辿り、崩落した地下鉄の入り口へと差し掛かったその時だった。
「――っ!? 全員止まって!」
乙羽の鋭い声と同時に、周囲の空間がガラスのようにひび割れた。
「ようやく来たか、無能な師匠」
瓦礫の山の上に、一人の男が立っていた。
第六席の副長であった男――ではなく、その姿を模した『泥』のような魔物。
「……擬態か。あいつはどこへ行った」
「お前がそれを知る必要はない。これは『魔帝王』様からの贈り物だ。空間魔法を知り尽くしたお前に、空間を食らう絶望を与えてやる」
男の形をした魔物が指を鳴らすと、第六席のみを囲うよう一帯が漆黒の球体に包み込まれた。
『空間閉鎖領域』
ガーディアンの最高戦力である第六席が得意とする空間魔法だが、この場に展開されたのは、外側からの干渉を完全に遮断し、内側の酸素と魔導力を食いつぶす「反転」の技だった。
「っ……! 空間が逆流している……!? 俺の魔導力を吸って強化されているのか!」
第六席が空間を切り裂こうと自らのギアメタルを起動して空間の隙間に入り込もうとするが、まるでその空間への干渉を遮断されているかのように移動することが叶わない。
「何よそれ、七大執政ともあろう者が、まるで無防備なただの人間に見えるんだけど」
「おい、このクソ犬とクソガキども! この空間が私の魔導力の波長に合わせられている……今の俺では内側から破れん! 助けろ!」
このまま放置すれば、魔導力を吸われて酸素のない空間で勝手に力尽きる。
そんな状況でジタバタと必死な顔の大人が、少女たちに死んだ魚のような目を向けられている。
「あれホンマに七大執政やったん?」
「あんなのにアタシらはペコペコしてたのか?」
「ボク今日帰ったら第六席の残り少ないグッズ、全部捨てる。家にそれがあると思うだけで吐き気がしてきた」
「大方、あれが本当の実力なのでしょう……間近で見て、本当の無能なのだとよくわかりました」
「ほっっっとうに、不本意だけど……ターゲットをまだ見つけられていない以上、助けるしかないね」
コモレビはため息混じりにそれぞれのギアメタルを発動させた。
「まずはあの黒い空間に攻撃してみようか! 巴瑞季、お願い!」
「ホイきた! うりゃああ!」
巴瑞季はガントレットを回転させ、炎を纏った拳で空間の外側を攻撃した。
しかし、それは空間を歪ませ、彼女たちの攻撃を「別の方向」へと転送してしまう。
「うぉ?! あぶねぇ! 巴瑞季! なにすんだ!」
辛うじて梓の盾が巴瑞季の攻撃を弾くが、現場は混乱に陥る。
「……なるほど。あの『泥』のような魔物を起点に、魔導力で構築された魔法そのものの特性を別空間へ飛ばし、カウンターとして利用しているわけですね。理屈は分析できましたが、どうやって対処すれば……せめて『泥』のようなあの魔物だけでも空間の外側へ引っ張り出せれば……」
(その通り。さすがの分析力です、穂香)
桜夜は冷静に戦況を分析していた。
敵の目的は、第六席の抹殺。
それにより自分の追跡を不可能にすること。
(……少し、手助けが必要ですね)
桜夜はいつものように、擬装用のギアメタルで支援を行いながら、こっそりと指先を動かした。
誰にも見えない極小の「氷の棘」を、空間のひび割れた一点――『泥』のような魔物自身を囲っていた空間の接合部へと撃ち込む。
「……!? 結界の強度が落ちた?」
その一瞬の隙を見逃さなかったのは、乙羽だった。
「今だよ! 穂香、美咲、巴瑞季! 右斜め四十五度、空間が歪んでいる場所を一点集中で叩いて!」
「了解! ドローン全機、出力全開!」
「ポチ一号、二号、最大火力の咆哮ぉおお!」
「しゃああ! ぶっ飛べぇぇ!」
一点に集中した攻撃が、桜夜の開けた「穴」を押し広げ、空間を内側から粉砕した。
「……バカな、この私の術式に穴を開けるだと!?」
擬態の魔物が動揺した瞬間、乙羽の翼と剣に眩い光が集まる。
『三日月!』
乙羽が光の剣を振り抜くと、三日月型の斬撃が『泥』のような魔物を切り裂き、その肉体を塵へと変えた。
その瞬間に第六席を囲っていた漆黒の球体も一緒に消えてなくなった。
「……はぁ……はぁ。このクソガキども……危うく死ぬところだったぞ」
「この役立たずの外道メガネ! ほかに言うことはないの?!」
「乙羽、コイツに何を言っても無駄だぜ」
「ボクもとっくに心底呆れ果ててるよ」
「せや。怒って無駄な体力使うことあらへん。それよりも唯一使える役目を果たしてもらおか」
再び魔導力の痕跡を追い出した第六席を横目に、先ほどまでこの戦いを『観ていた』不穏な気配に気付いていた桜夜は、以前死闘を繰り広げた者とよく似ていた気配を感じ、警戒を強めた。




