17_ 水姫の采配と、白き嘘の行方
――視界に入ったのは、見慣れたはずの白い天井だった。
「乙羽っ!? くっ……」
急に体を起こしたことで全身に鋭い痛みが走り、思わず顔を歪めた。
「桜夜……!」
声がする方へ目を向けると、すぐ横に彼女がいた。その目元は、どれほど泣いたのか真っ赤に腫れている。
「乙羽……」
しばらく見つめ合うが、かけるべき言葉が見つからない。そんな二人の静寂を、茶化すような声が破った。
「このまま放っておいたらどうなるんだろうな」
「チューでもするんちゃうか?」
「勢いあまって合体しちゃうかも!」
「美咲、もう少し表現を考えなさい。あなたが言うと冗談に聞こえません」
「あの……私……」
乙羽は仲間の視線を避けるように、小さく俯いていた。
「乙羽。もし今から謝るつもりなら、やめとけよ?」
「で、でも……私、あの時、自分勝手に……」
「お前が桜夜のことを一番大事にしてるの、うちらが一番分かってる。それの何が悪いんや?」
「少なくともあの時、私たちはとてつもない速度で移動してみせました。あなたの想いがあったからこそ、全員が全力で動けたんです」
「ボクがあの時怒ったのは、乙羽が自分のことを大事にしなかったからだよ。そんな乙羽を見たら、今度は桜夜が悲しむでしょ? それが嫌だっただけ」
「美咲……みんな……」
「今は桜夜が無事だった。それで十分じゃねぇか」
乙羽は、本当なら自分を責めてほしいとすら思っていただろう。
その葛藤を遠くから『観ていた』桜夜にとっても、胸が締め付けられる思いだった。
しかし、仲間の口から返ってきたのは、救い以外の何物でもない言葉ばかりだった。
――しばらく、穏やかな時間が流れた。
「しっかし桜夜、本当によく無事だったな」
「あ、それは……」
「『暗黙の白姫』様が助けてくれたんだよね?」
乙羽が興奮気味に詰め寄ってくる。
「え、えぇ……まぁ……」
「やっぱり白姫様はうちらの守護神やで!」
「桜夜を救って、そのままアタシらまで救ってくれたんだもんな。本当に頭が上がんねぇよ」
「ボク、本気でガチファンになっちゃったもんね! もうあの人のグッズ買いまくる!」
「しかし、大丈夫でしょうか……あの魔物との戦いで怪我をされたと聞きましたが」
桜夜も目覚めたばかりで、詳細な状況までは把握できていない。
「あの、それは誰から聞いたのですか?」
「第三席、『艦上の水姫』様から聞いたの! 桜夜を私の元まで運んでくれたのは水姫様なんだよ。白姫様にお願いされたって。でも、白姫様も怪我をされているから、桜夜を引き渡してすぐにどこかへ行かれたみたいで……」
(……そういうことですか)
状況からして、素顔を見られた瞬間に、第七席が『神白桜夜』であることは察せられたはずだ。
遥が乃愛(第三席)に自分たちの写真を自慢していたことを思い出せば、想像は容易い。
そして遥や乙羽との関係性もバレてしまった。
遥が乃愛を心底信頼していたことは知っていたが、それでも自分にとっては「裏切り者」の可能性を捨てきれない対象だった。
しかし、彼女はすべてを理解した上で『乙羽に接触』し、『神白桜夜』を引き渡した。
もし彼女が敵であれば、その場で二人を始末することなど容易だったはずだ。
この行動は、彼女なりの「私は味方だ」という証明なのだろう。
(まだ完全に信じるわけにはいきませんが……少なくとも、あなたの友人を恨む必要はなさそうですね、遥さん)
「それにしても白姫様に水姫様が一度に集結なんて、どえらいこっちゃで」
「それだけあの敵は強かった。そもそも、喋る魔物なんて初めて見たよ」
「本部からは何て?」
「それが、驚くくらい何もないの。まるで何も把握できていないみたいに」
「また国家機密、というやつですか。まぁ白姫様と水姫様が直接動かれているのが、その証拠でしょうね」
「一体なにが起きてんだよ、マジで……」
『それを説明するのは、私が適任でしょうね』
突然扉の向こうから声が聞こえ、二人の人物が入ってきた。
一人は以前にも顔を合わせた国王秘書、そしてもう一人はこの病棟の制服を着た医師だ。
しかしその医師の姿を見た桜夜は、驚愕の表情を隠せずにいた。
「秘書さん、お話もいいですけど、ボクは神白さんの診察をしますからね」
「はい、お願いします。その間に私はみなさんとお話しておりますので」
秘書はそう言うと、病室の少し離れた場所へ皆を連れて行く。
そして『医師のフリ』をした者は、桜夜が寝ていたベッドを囲うようにカーテンを閉め、彼女の上着を脱がせていく。
「……一体どういうつもりですか……イヴ?」
医師に扮した国王イヴは、ニコッと笑顔を向けた。
「もちろんキミの容態を確認しに、だよ。知っているだろ? この病棟と城の地下は、秘密の転送ゲートで繋げてあるんだ」
「それにしても、護衛があの秘書だけとは不用心ですよ」
「誰かさんが急患として運ばれたからね……。また無茶ばかりして」
「……そうしないと、救えませんでした」
「確かにボクが向かわせた第三席の到着までに、あの子がどうなっていたかは分からなかった。よく救ってくれたよ」
イヴはそう言うと、桜夜の頭を撫でる。
しかし次の瞬間、桜夜の胸元に手を置き、険しい表情を見せた。
「でも……キミは明らかに寿命を削っている」
「……この国一番の隠れた名医には、何も言い訳できませんね」
「もうキミの負担を癒やしていた遥はいないんだ……。キミが黒の力を使う分だけ、この小さな心臓は鼓動を弱めているんだよ?」
国王イヴは医療に精通していた。
自ら戦うことが出来ないこの国のトップは、たくさんの命を救うという、別の意味で陰ながら戦っているのだ。
「……なら、あなたがこの鼓動を少しでも伸ばしてください。私が目的を果たせる、その時まで」
桜夜は胸元にあったイヴの手を握り、冷たくも静かな決意を込めた眼差しを向けた。
その表情を見たイヴは、戸惑いと悲しみに満ちた表情を隠せなかった。




