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15_狂い咲く白亜、代償の果て

 目に生気が戻った乙羽は、一目散に仲間の元へと向かい、第一セクター側へと退散していく。


 その背中を見送り、桜夜は静かに前を向いた。


「ワタシの立場上、第一席の娘をこのまま見逃すわけにはいかないのですが……どうやらそれは難しいようですねぇ」


 対峙するソルベが肩をすくめる。


 桜夜から放たれる殺気は、もはや生物が放つそれではない。


 ここまでの道中、かつて『師・遥』を失ったあの日の光栄が脳裏をよぎりながらも全力で走った。


 もはや、自分の体がどうなろうと構わない。


『セカンドスロットル、解!』


 ソルベは最初に対峙した時と同じく、空間に溶けるように次元の隙間へ入り込む。


 だが――。


「がっ……!?」


 空間の狭間で、ソルベの喉元を桜夜の手が掴んでいた。


 次元を超えた移動速度を、彼女は純粋な機動力で上書きしたのだ。


「この私を前にして――誰の命を狙っているのですか?」


 空中に佇んだまま、凍てつく声が響く。


 ソルベは理解した。


 自分は決して呼び起こしてはいけない「死神」を、その眠りから覚まさせてしまったのだと。


「いやはや……この間とはまるで別人ですね。ワタシ、正直驚いていますよ。確かに今目を向けるべきは、ターゲットではなく、あなたのようだ。いやむしろ……最初からこれは……」

「御託は結構、いきますよ」


 桜夜が空中に巨大な氷の円柱を生成し、至近距離から撃ち出す。


「おや……っ?! ふっ!」


 ソルベは直感的に右腕を差し出しガードしたが、その右腕ごと半身が結晶となって粉砕された。


 しかし、すぐに消滅した部分は再生し、再び空間の狭間へ入り込むと次元を超えた速度と手数の猛攻が降りかかる。


 桜夜はその猛攻を更に上回る速度で受けきり、逆にそれ以上の手数で反撃を行う。


 到底常人には目で追えぬ攻防がしばらく続いた。


「くっ?! あなたの厄介な機動力は防がせてもらいましょう。ここからは力比べです」


 彼はそう言うと、指を複雑に絡ませた。


 すると、周囲の空間がジグソーパズルのように組み替えられ、桜夜の足場が消失すると同時に、地面へ向けてとんどもない重力が桜夜に圧し掛かる。


 先ほど復活した右腕を何倍にも大きくしたソルベは、それを桜夜へ向けて叩きつける。


 重力により地面へと縫い付けられたように動けない桜夜は、その攻撃を真正面から受けるしかない。


 両腕で衝撃を緩めようとガードの構えを取るが、桜夜の上半身全てを覆うほどの拳には全く意味がなかった。


「ぐっ?!」


 逃げ場のない重力と巨大な拳に挟み込まれ、桜夜の口から鮮血が飛び散る。


 しかし、彼女は止まらない。


 打撃を受けた衝撃をそのまま利用し、絶対零度を乗せた蹴りでソルベの脇腹を抉り抜く。


「これではまるで、触ると怪我をする氷のバラのようですね……。もう少し楽しみたい気持ちはありますが、ワタシも使命を受けている身。さすがに時間がかかりそうなので仕方ありませんが、本気で終わらせていただきます」


「『空間崩壊ディメンション・イレイズ』!」


 この周辺一帯の上下左右の概念が消滅した。


 重力からは解放された桜夜であったが、今度は立っていることすらままならない状態。


「今自分が立っているのかも、地面がどこにあるのかも分からない状態のはずですが……さすがというべきですね。普通の人間ならもう死んでいますよ」


 桜夜の意識は遠のきかけ、酷い眩暈が襲う。


 だが、彼女は視線を逸らさなかった。


(あの子たちはもう安全な場所まで離れましたね……なら、私も本気でいきます)


――『フルスロットル、解』。


 世界から音が消えた。


 桜夜の瞳にある桜の紋章が、漆黒のイカズチを纏いながら狂い咲く。


 周囲一帯の空気が絶対零度を超え、物理法則そのものが「凍結」して停止した。


「ば……馬鹿な……!? 空間が……次元が、凍りついて……いる……!? そんな理外の力、あってたまるかぁ!」


 絶叫するソルベ。


 だが、桜夜はもう、そこにいない。


 次の瞬間、ソルベの全身に数千、数万の黒きイカヅチの斬撃が叩き込まれた。


「あ、が……あぁぁぁぁっ!?」


 逃げる場所などない。


 空間そのものが桜夜の支配下に置かれ、ソルベの肉体は次第に原型を留めぬ氷塊へと成り果てていく。


 圧倒的。


 それは「戦闘」ではなく、ただの「蹂躙」だった。


 桜夜は、凍てつく黒雷を纏った最後の一撃を、ソルベの眉間に向けて振り上げた。


(これで……終わりです)


――だが。


 トドメを刺そうとしたその瞬間、視界が真っ赤に染まった。


「――っ……ぐ、はっ……!?」


 ドクン、と心臓が爆発したような衝撃。


 実は第六セクターからここに来るまでの途中、すでにフルスロットルを一度使用していたのだ。


 限界に限界を重ねての『フルスロットル』の負荷が、ついに彼女の細い肉体を破壊し始めた。


 全身の毛細血管から血が噴き出し、意識が急速に闇へと沈んでいく。


 振り上げた氷の刃は力なく霧散し、桜夜はその場に崩れ落ちた。


(そ……んな……もう少し……なの……に)


「くっ……くっくっく……。いやはや本当に死を覚悟しましたよ……」


 瀕死の重傷を負いながらも、ソルベが狂気に満ちた顔で立ち上がる。


 その手が、無防備な桜夜へと伸びた。


「あなたはあまりにも危険だ……いまこの時、必ず息の根を止めておきましょう」


(私はまた……守れなか……た)


――その時、その場に『水のせせらぎ』が響き渡った。


「全く汚らわしい見た目の魔物がいたものね。汚物は今すぐ、私の前から消え失せなさい」


 空から降り注ぐは、全てを浄化する蒼き雨。


 微かな意識の中、ぼやける視界の先には『第三席』の紋章が見えた。


「……あなたの介入は予定にないのですよ、『七大執政の第三席』。さすがのワタシもこのダメージでこの不快な雨に打たれ続けるのは得策ではありません……ワタシは退散させていただきます」

「好きにすればいいわ。逃げられたの話だけど」


 ソルベは空間に溶け込むように姿を消そうとしたが、うまく魔導力を扱えない。


「なっ?! どういう……」

「汚物はおとなしく塵に還りなさい」


 天から降り注いだ巨大な水柱がソルベを飲み込む。


「がっ?! ぁあああ?! がぁあああああ!」


 そして、第三席のギアメタルである水の薙刀が一閃されると、次元ごとソルベを両断し、その存在そのものを洗い流すように消滅させた。

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