12_乙羽の逆鱗と、冷徹な告発
桜夜があの場を離れてすぐ、他のメンバーも追ってきた。
が、全員が今までにないほど不機嫌な顔をしている。
「なんだあのヤロウ偉そうに!」
「いくら七大執政とはいえ、ボクは初めて失望した」
「あの気色悪い長めの鼻、へし折ってやろうか思うたわ!」
「あのセンスのないメガネも一緒にへし折るべきですね」
確かに気に障るような行為だったが、この世界の頂点の実力と権力を持っている七大執政に対しては、決して口にしてはいけない言葉だ。
「たかが、最底辺の私に本当の事実を言っただけですよ」
みんなの怒りを抑えようかと思っての言葉だったが、どうやら火に油を注いだようだ。
しかも一番怒らせてはいけない人物の怒りが爆発してしまった。
まるでこのあたり一面が凍ってしまったかと勘違いするほどの殺気と威圧に、周りのみんなが冷静になる。
それは第七席であるはずの桜夜が、思わず後ずさりしてしまうほどの威圧だ。
「お、乙羽、落ち着くんや!」
「はぁ?」
「はいすいません……」
「ダメ……ボク怖くてチビりそう」
「今の乙羽に何を言っても無駄だ」
「さ、桜夜! なんとかしてください!」
あまりの迫力にみんなが桜夜を盾にして後ろに下がる。
「乙羽……あの……」
「桜夜、そこに座りなさい」
「……はい」
「私の前で自分を『最底辺』だなんて、二度と言わないで」
「……はい」
これはさすがの桜夜でも手がつけられそうにない。
それから鬼の形相をした乙羽に、延々と説教をされた。
タジタジになりながらも、桜夜は昔を思い出しながらこの光景を懐かしく思っていた。
(あなたにもこうやって説教されたこともありましたね、遥さん)
普段は怒ることが滅多になかった甘々な師匠だったが、唯一桜夜が自分自身に存在価値がないと発言した時、今のこの乙羽のように本気で怒ったことがある。
その時は第一席の逆鱗に魔物ですら怯えて逃げ出したという。
◇
――その日の深夜。
この学園の一番高い時計塔の天辺、そこに桜夜は静かに立っていた。
その姿はフードを深くかぶり、背中には第七席の紋章が浮かんでいる。
その場所は到底人が降り立つことなどできるはずもないのだが、そこには桜夜ともう一人の人物が立っていた。
「第七席様、国王様からの報告です。例の隔離結界の解析結果が出ました」
(この秘書、やはり只者ではありませんね)
七大執政全員に渡されている専用端末に匿名のダイレクトメッセージが入り、この場所に来るよう指示されていた。
「あの場所を覆っていた空間遮断の魔法ですが、あれは空間魔法の基盤を創り出した……【第六席】の魔法痕跡の構成と、完全に一致しておりました」
(やはりそうでしたか……そしてその第六席がこのタイミングで学園に……)
秘書の言葉に、桜夜の表情がより一層スッと抜け落ち、冷徹な『第七席』の顔へと切り替わる。
七大執政、第六席。
空間を自在に操り、アルカディアにおける空間転移技術の礎を築き上げた存在。
空間魔法のオリジナルを創り出した第六席の魔法が使われていたということは、意味する答えは一つしかない。
「第七席であるあなた様を出し抜き、特A級の魔物を学園の地下へ送り込める『権限』と『技術』を持った者……。やはり、国の中枢、それも七大執政の中にも裏切り者がいるという可能性が高い結果となってしまいました」
(それを私に言うのはどうかと思うのですが……)
「あなたは第一席様と同じだから心配ないと言われる国王様のお言葉を私も信じて発言しております。ご了承を」
桜夜は背を向けたまま、静かに手を挙げて了承の意を伝えた。
「あの巨大なベヒーモスは、明らかにコモレビを狙って用意された罠であると思われます。私にはコモレビを狙う理由が皆目見当もつきませんが、おそらく国王様とあなた様には分かっておられることなのでしょう」
桜夜の周囲の空気が、ピキッと音を立てて凍りついた。
秘書の眼鏡が、桜夜の放つ冷気で一瞬にして白く凍りついた。
彼はそれを拭うことすらできず、死の淵を覗くような重圧に冷や汗を流す。
「私でなければ意識を保てませんので、今後その威圧はお控え頂けると幸いです。現在、私ども『秘書』たちを総動員し、第六席派閥の動きを徹底的に洗っております。あなた様には引き続き、学園でコモレビを護衛するようにお伝えするよう仰せつかっております」
桜夜はコクンと頷くと、その場から一瞬で姿を消した。
「……なんてお方でしょうか……まったく気配を感じさせないのに、あれ程までに圧倒的なお力を」
秘書はそう呟くと、音もなくその場から離れた。
(あの人物にも気が抜けませんね。しかし今の問題は第六席ですね)
桜夜は氷のような冷たい瞳を深夜に広がる漆黒の夜空へと向けた。
◇
翌朝、聖アルカディア魔導学園の全校生徒と学園の教員やガーディアンの職員全員が一堂に会した講堂での全校集会。
空間が歪み、壇上に悠然と現れる七大執政の一人、第六席。
「転送ゲートもない場所から急に現れたぞ」
「ほ、本物の七大執政……空間の調律者様だ」
「映像では何度もご尊顔を拝見していたけれど、実物はもっと凛々しく威厳に満ちたお方だわ」
「第六席様は歴代から空間魔法に精通されておられると聞くけど……まさか直接教えを乞うことが?!」
集まっている学生たちは、熱狂に包まれている様子で熱いまなざしを向けている。
それらの集団とは距離を取り、後ろの方にいたコモレビは皆とは違い、鋭い視線を向けている。
どうやら昨日の一件により、すっかりと第六席に対する印象が変わってしまったようだ。
その目には尊敬や憧れといったものは一切なかった。




