第三十七話 最悪の来訪者
件の大災害から一ヶ月が経ち、各地は復興に向けた動きが活発化していた。しかし、その中でも特にひどい被害を受け、完全に壊滅した東京・新宿は未だ手付かずで更地のままであった。そして日本の中枢の中枢を担う街の崩壊は経済にすら大打撃を与え、顕在的にも、潜在的にも、類を見ない痛手となった。
さらに、頻発する魔獣災害によって蓄積された人々のストレスは、今回の大災害を機に決壊し、現状に耐えかねた人々は都市部から地方へと、とにかく安全を求め、その居住地を移していった。
そのために東京の街はガランとしている。例年ならバレンタインに色めき立つ街も、今年はそういう祭事はどこも自粛モードであり、それが余計に物寂しさを助長していた。
「寂しくなっちゃったなぁ..」
アパートの一室から外を見渡した星奈は思わずそう呟いた。そして彼女が暮らすアパートは不気味なほど静まり返っていた。何しろ、今や住み続けているのは大家を除けば彼女一人になってしまった。みんな出ていってしまったのだ。
「..ライトもどこにいるんだろ??」
あれから一ヶ月、来る日も来る日もライトは帰ってこなかった。
『今のままじゃ戻れない』
それだけ言い残してライトは何処かに消えてしまった。どこにいるのか見当もつかない。だから、いつ戻ってきてもいいように、星奈はこの部屋に留まり続けているのだ。
「..大丈夫かな、一人で..」
星奈にはある懸念があった。それはライトの性格に関することだ。ライトの性格は、基本的にはその名の通り明るい、だが決して精神的には強くない上に、割と悲観的である。おまけに問題を自分一人で抱えたがる節があるので、放置しているとドンドン心に負荷をかける。
なので気を使って、時たまガス抜きをしていたのだが、一人でいるライトがそれを行うはずがないと、星奈はふんでいたのだ。
「..信じて待つしかないよね、今は」
ライトの所在が分からない現状、所詮は一般人に過ぎない星奈にできることはそれぐらいだった。歯がゆいがそれしかなかった。
そして彼女もまた、最近の生活にはストレスを募らせていた。
「はぁ〜..みんな早く帰ってこないかな」
と、そんなことを愚痴っていた時だった..
「..ん?? なにあれ??」
上空から青い玉がふらふらと落下していたのだ。それは次第にビル陰に隠れて見えなくなったが、少し経つと破裂音がかすかに聞こえ、遅れて煙が上がりだした。
「..隕石??」
否、隕石ではない。降り立った玉の実態はそんな石ころよりも、もっと破壊的で、破滅的な存在であった。
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街中に突然落ちてきた物体に、人々が恐れをなして逃げ出していた頃、その物体の中からは一人の魔人が姿を現した。
「ゲッホゲッホ.. 俺の宇宙船こんなボロっちかったっけ??」
その魔人、ストロンはむせながら、整備の行き届いていない宇宙船に不満を述べた。もっとも、整備すべきなのは使用する本人なので完全に自己責任なのだが..
「チッ、しかし随分かかったな」
若干ストロンはイライラしていた。実は予定では到着はもう二週間ほど前の予定であった。しかし、座標設定がテキトーだったために、本来の倍以上の時間がかかってしまったのだ。上に同じく、これも自己責任なのだが..
「さーて、ライトはどこかな?? あっ、そういや..」
思い出したようにストロンは懐から青いカプセルを取り出した。そのカプセルはシャドウから
『アイツをおびき寄せたいならこれを使え』
という言葉とともに受け取ったものであった。その中には魔獣が封じ込められてる。早速、せっかちなストロンはそれを使って、ライトのおびき出しを試みようとした。が..
「へっへー!! ...あれ、これどう使うんだっけ??」
普段は自身の身ひとつで戦うストロンが、魔獣を使役するのは実に数百年ぶりのことであった。脳筋を地でいくストロンにとって、そんな昔のことは覚えていられない。なんとか中から召喚しようと、引っ掻いたり、叩いたり、踏んづけたりと色々するが、全く徒労であった。
「うぎぎぎ!! なんで出てこねぇんだよ」
怪力をもってしてもカプセルの中から魔獣が召喚されることはなかった。
「あークソッ!! やってられるか!!」
ひとしきり格闘を続け、ついにしびれを切らしたストロンによって、カプセルは天高く放り投げられ星となった..
「チクショウ..どうやっておびき寄せるか..ん??」
気を抜いて、頭をポリポリと掻いていたストロンはふと視線を感じて振り返った。
「..ん〜??」
背後のビル影を覗き込んだが、別段異常はなかった。強いて言えば、ストロンの力加減がアホすぎて、壁に亀裂が走ってしまったことは異常であった。しかし、本人はいたって呑気でそんなことは意に介さなかった。
「気配がしたような..」
しばらく路地を覗いていたが、やはり誰もいない。
「まっ、気のせいか、スッキリ〜....」
-ズガガガッッ-
直後、直上から急降下してきた人物の攻撃によって、地面が砕かれ、砂埃が舞い散った。
「いきなり不意打ちはねぇだろうよ、ライトォ」
「クソ!! かわされた!?」
「にしても久しぶりだな、いつ以来だ??」
「チッ!!」
聞く耳持たず、光剣を手にライトはストロンに襲いかかる。
「しかしお前が裏切ったと聞いた時はちょっと驚いたぜ、そんな気概があるやつとは思ってなかったからな」
「くっ..」
ライトは必死に剣を振るうも、ストロンは喋りながら剣撃をまるで踊っているかのように、軽やかにかわし続ける。
「でも、実力はそんな変わってないな」
「!! そんなこと言ってられるのは今だけだッ!! 修行の成果、見せてやる!!」
怒りに燃えるライトは剣先をストロンに向け、腕を大きく引いた。
「マシンガンスラストォッ!!」
目にも留まらぬ速さで無数の突きを繰り出す。その剣先から弾かれた斬撃の嵐がストロンに降りかかる。
-ザザザザザザッッ-
「ほぉ、やるじゃん。 でも....その程度で勝てると思われてるんなら、心外だ」
-ドドォォッッ-
ストロンは地面を殴った。すると、地面がまるで波のように揺れ、激流となって押し寄せた。そして、ライトは何もできずにそれに呑み込まれた。
「ありゃゃ、呆気ない。 でも、まだ戦えんだろ?? ライト..」
その呼び方に答えたのか否かは分からないが、土砂の中からなんとかライトは這い出した。
「お前、わざと喰らっただろ」
「..と..跳んだらアンタに殴られるだろ.. それよりかは、コッチの方がマシだ」
「意外と賢いじゃん」
「....アンタよりかはな」
精一杯の笑顔で、ライトはそう言った。が、ストロンはそれが煽りだとは気づいていなかった。
「じゃあ、どうすれば勝てるかは分かるよな」
「・・・」
答えは言わずに、ライトは再び走り出した。盛り上がった土砂を駆け下りていく。
「なんだよ、素かよ.. 仕方ない、その気にさせてやるか」
これを受けてストロンも走り出した。
「「うぉぉおおお!!!!」」
-バチバチバチバチィィ-
ぶつかり合う二人から稲妻が走る。その一瞬後、ライトの体は土砂に叩きつけられた。
「つまんねぇ。 これじゃあ勝負にならない。 早くパンドラを使って、俺を楽しませろよ」
「ふざけんなッ!!」
-ビュビュビュビュビュッッッ-
ライトは怒りの赴くままにひたすらに音速を超える剣を振るうも、剣は空を斬るばかりで、ストロンの体は捉えられない。
しかも、ストロンは涼しい顔で避け続けるので、その度にライトの顔は歪んでいく。
「無駄だ」
-ゴギャッ-
何気なく振ったストロンの裏拳がライトの首にヒット、生々しい音を立て、ライトは側道のビルにめり込んだ。
「お前は俺にふざけんなって言ったけど、ふざけてるのはお前の方だろ」
「何ッ!?」
「だってお前、俺の実力ぐらい知ってんだろ?? だったら格の違いも分かってんじゃん。 勝てるわけないって.. それなのに、宇宙最強の剣を使わないなんて、ただの舐めプだろ」
「..あの剣はオレの力じゃない!! オレはオレの力で、お前を、お前たちを倒す!!」
「..前言撤回、お前やっぱバカだわ」
呆れたストロンはその場から一切動かず、ライトが迫るのをただ突っ立って待っていた。
「ブレードショット!!」
-ズガンッ-
光の刃を剣から放った。しかし、狙いはストロンではなくその足元。砂塵を巻き上げ、煙幕を張ることで視界を奪ったのだ。
『いける!! オレを追えてない』
心の中でそう叫んだライトは剣を水平に振った。
「..横か」
「..!!」
が、見えていないにもかかわらず、ストロンは剣をしゃがんでかわした。そして、足払いでライトを宙に浮かせ、腹が凹むほど強く殴りつけた。
「おっ....ぐ...な..」
血を吐きながら、ライトは声にならない声をあげた。その顔は恐怖、驚愕、激痛でひどくひきつっている。
「視覚奪ったぐらいで俺に勝てると思うよ.. なんたって、俺、心眼使いだからな」
倒れこむライトを見下ろしながら、目を光らせストロンは言った。
彼はライトの髪を掴んで、喘ぐライトを引っ張り上げた。
「つまんねぇ野郎だ.. パンドラは使わねぇ、大して強くもねぇ。 ちょっとは楽しめるかと思ったのに、ほんと、昔から何も変わってねぇなお前は」
「うぅっ..」
「そんなんだから....確か“惑星グラシア”だかは滅んだんだろ..」
「!!!!」
“惑星グラシア”、その単語を耳にした時、ライトは裂けるのではと思えるほど目を見開いた。
徐々に瞳孔が縮まり、同時に懐から黒いオーラが噴き出した。手も触れていないのに、真紅のクリスタルは念力で操られるかの如く、ライトの眼前で静止した。
-ピシ....パリ..-
「・・・・・・・・・・・コロス」
-..バリンッ..-
-ズギュゥゥゥゥンッッ-
クリスタルが割れると同時に、凄まじい突風が吹き渡った。それによって、両者は引き剥がされた。
「へへっ、やっと使ってくれたみたいだな、ライト」
「・・・・」
まだ見ぬ強敵の前に、ストロンの戦闘狂の血が騒ぎ出す。一方ライトは何も言わない、真紅に染まった瞳で刺すようにストロンを見つめる。
-バシュッ-
その場から、ライトはノーモーションで消えた。
「テレポート!! ..後ろか!?」
移動先を先読みして、ストロンは振り返った。
「ヴァ"ァ"ア"ッッ」
確かにそこにライトはいた。しかし、その時には既に剣は振り下ろされていた。
「うおっ!!」
ストロンは間一髪のところで飛び退いた。が、この選択は大間違いであった..
-バシュッ-
『また消えた!! ..まずい、空中じゃ..』
「ダァ"ァ"ア"ッッ」
-ドゴンッッ-
ライトに背後にワープされ蹴りを入れられ、ストロンは顔面から地面に叩きつけられた。
『ヤベェ....想像より倍強ぇ』
「ノ"ァ"ァ"ッ」
『でも..楽しくて震えが止まらねぇ!! こんな、命をかけた勝負、初めてだぜ』
-ヒュオヒュオヒュオヒュオ-
ストロンの血は絶体絶命のこの状況すら楽しませる。身軽にも二振りの剣をすんでのところでかわし続けた。しかし、さっきまでと異なり形勢はライトの有利。ストロンは反撃の隙を与えられず防戦一方だった。このままでは集中力がもたない。
『隙がないなら....作ればいい!!』
-ガゴッ-
反撃を試みたストロン、迫る剣の柄をうまく左手で弾いた。そして、右腕を振りかぶる。
-ドコッ-
『あっ....』
だが、剣ばかりに気を取られていたストロンの拳は、想定外の蹴りで軌道を逸らされてしまい、ボディを捉えることはなかった。しかも、一瞬だがバランスを崩され自身の方が隙を露呈してしまった。
-バツンッッ-
その隙を見逃してくれるライトではなかった。左腕に持つ剣を振り下ろし、ストロンの右腕を容赦なく斬り落とした。激しい苦痛に歪むストロンの顔、だが均衡は崩れてしまった。
「ヴォォッ..」
-ズバンッ-
「ヴァァッ..」
-ドスッ-
腹部を裂かれ、脚を貫かれ、ストロンは背中から地面に倒れた。しかし、まだ楽しい戦いを止めたくないストロンは身を起こそうとする。
「フハハハッッ..」
-パキュッッッ-
だが、ライトに左腕を踏み潰され、押さえつけられてしまい身動きが取れない。決着はもう着いた。ライトは魔双剣に膨大な紫電のエネルギーを蓄えた。
『チッ..これで終わりか。 楽しかったぜライト、こんなに心が躍る戦い、今までなかった。 俺が勝てれば、もっと楽しかったけどよ!!』
最後までストロンは悲観することはなかった。だから、最期も笑顔のままだった。
「ギィ"ヤ"ァァァア"ア"ア"ア"ア"」
そして咆哮は轟いたが、街は爆発音に包まれたために、それが聞こえた人は誰一人として、いなかった..
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「・・」
「・・・」
「・・・・・・・・」
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「・・・・・・・・ライトッ!!!?」
「・・なんだ、お前か..なんでここに..」
息を切らしながら自身のもとに現れた星奈に対して、ライトは無配慮にそう言った。その周囲は何もない焦土と化していた。
「ば..爆発の中心にいると思って..」
「ふぅん..」
「..帰ろう、ライト」
生気のないライトに対して、星奈はいつもより明るさを抑えて言った。
「どしたの??」
横たわるライトの頭の側に、星奈は腰を下ろした。
「....オレ、もう駄目だ.. オレには..宇宙どころか....この星すら守れない..」
「..ほんと、どうしちゃったの..」
思いがけない弱音に、星奈は内心動揺していた。しかし、平静を装いながら接していた。
「..大体無茶な話だったんだ..あんな化け物揃いの軍勢を敵に回して、勝とうだなんて..」
「何言ってんの..」
「....勝てる気がしない..おしまいだ..」
「やめなよ..」
星奈はゾッとするほど声色を低くさせた。さっきまで目を合わせていなかったライトも、思わず彼女の目を見つめた。
「何があったのか知らないけどしゃんとしなよ、こんなとこでウジウジしててもしょうがないよね??」
「・・・」
「それにさ、約束したんでしょ?? 簡単に破っていいものなの??」
「・・約束..」
「....私は信じてるよ、ライトならきっとできるって、だから今度も絶対立ち上がれるって..」
「・・・」
「....先に帰ってるから..待ってるよ」
「・・・」
その星奈の声は優しかった。しかし、それにライトは何も答えなかった。ただ、決して思うところがなかったわけではなかった。
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〈その夜〉
「..帰って来ないなぁ..」
アパートの一室で、星奈は待ち続けていた。時計の針は八時を指し、外では星が灯りのない街を明るく照らしていた。
「もう来ないのかなぁ..」
と、その時だった。なにやら床が軋む音が聞こえ、続けて扉が二回ノックされた。
ついにその時が来た、そう思った星奈は満を持して扉を開けた。
「ラ......えっ.. な..なんであなたが..」
扉の前に立っていた人物を見た時、星奈は体中から血が引くように感じた。本能的に危機を察したのだ。
「お久しぶりですね、お嬢ちゃん.. ちょっと..一緒に来てもらおうか..」
突如、来訪したシャドウは星奈の顔に手を伸ばした。
「い..いや..キャァァアアアア..」




