第十五話 contaminated
深夜、地下鉄のホームは人気もなくすっかり静まり返っていた、地上はまだまだ眠らないが終電を終えたホームはまるで死んだようだった。
「う〜、怖ぇなぁ」
そんな所を駅員が愚痴をこぼしながら見回りを行う。何度こなせど深夜のホームの不気味さを拭い去る事など出来はしない。
ーペチョッー
「うぉっ!? ....なんだゴキブリか..おどかすなよ....」
駅員は胸をなでおろしホームの見回りを続ける。幸いなことに今日は特に何も問題は無かった。なので早く家に帰れる....はずだった。
ーガチガチガチー
「なんだ??」
何やら物音が響く。何か鋭いものを擦り合わせるような音が....
「誰かいるのかーー??」
しかし何の返事もなく、そして音の発生源はホームではなくトンネルの中らしいことに駅員は気づいた。
「おーーい!! 誰かいますかーー!?」
ーガチガチガチガチガチガチガチガチー
音は一層激しさを増す。そして..
「!!!! うわぁぁぁああ!!!!!!」
ーガリィ ブシャァァアア バリバリバリッッー
断末魔と咀嚼音がこだまするとあたりは静けさを取り戻した。
・
・
・
「そんじゃ、いってきまーす」
「おう....いってらっしゃい!!」
いつも通りの時間に星奈は部屋を後にし、その背中をライトは片手で逆立ちしながら見送った。
「....行ったか?? ....よし」
星奈が行ったことを確認するとライトはクリスタルから光剣フォトロンを取り出し、早速素振りを始めようとしたが..
「ただいま〜」
「まだ、何もしてないぞ!!」
想定外の星奈の帰宅に慌てふためくライト。この部屋に住むルールとして“剣は部屋の中で振ってはならない”ことが定められているため慌てて剣をクリスタルに収容した。
「??」
星奈の表情を見るにギリギリバレなかったようで、ライトはホッと一安心した。
「いや....にしても帰るの早いな」
「電車止まってるんだって」
部屋から出てすぐにスマホを確認したところ、星奈が使っている路線が始発からずっと運転を見合わせていたのですぐに戻ってきたのだった。
「それにしてもまたか」
「また??」
「うん、ほら私の帰りやけに遅い日あったじゃん」
「あぁ、あったなそう言えば..」
あのハイテンション宇宙人によって設備が色々と破壊された日はさすがに一日で復旧など出来ず、星奈は徒歩で帰宅するはめになったのだった。
「その止まってる電車ってのはこの前と同じか??」
「うん、そだよ」
「原因は??」
「え〜と....不明だって」
「ふ〜ん....まさか......いやでもないな」
ライトはある事を思いついたがすぐにそれを自らで否定した。しかし星奈にはその態度に何か引っかかるものがあった。
「何?? なんか思い当たる節でもあるの??」
「いや..この前そこら辺で魔獣と戦ったから、その破片か何かをこの星の原生生物が取り入れて突然変異でもおこして暴れてるのかなぁって思ったけど..まぁ、ありえないな」
「なんでありえないの??」
「普通の生物じゃ魔獣の力には耐えられないからな..魔獣の肉を摂取したところでどうせすぐ死ぬ....だからありえないよ」
ライトは笑いながらそう言った。が、その笑顔は星奈の言葉に徐々に曇らされていく。
「じゃあ裏を返せば魔獣の力に耐えられる生命力があれば突然変異もあり得るんだよね??」
「まぁ..そうだけど、そんな奴この星にいないだろ」
「....例えばさ、頭がもげても数日生き続けられて最終的な死因が餓死になるぐらいの生命力ならどう??」
「どうって......そんな奴がいるのか??」
ライトにはにわかに信じがたいことのようだが、その生物は我々人間の身近に確かに存在した。
「うん....いっぱいいる」
「いっぱい!?!?」
ライトは開いた口が塞がらない。そんな生物が地球に、それもたくさんいるとは想像もしていなかった。そうなると事態の深刻さは増してくる。二人はすぐに出かける準備を整えた。
「とりあえず駅まで行こうか」
「まさかそんな生物がいたなんて....」
そして二人は最寄駅に到着したのだが駅の入り口には規制線が貼られ立ち入ることができない。仕方なく別の駅を訪ねるがどの駅も同じように規制線が貼られていた。おまけに警察官やら消防士も駆けつけていて慌ただしく無線でやり取りをしている。
「相当ヤバイらしいな」
「どうする??」
「このままじゃ嫌な予感がする..なんとか入り込まないと....」
しかし例によってライトの突入は警察官たちに制止される。前回使った翼による突入も今回は入り口の大きさと構造上難しい。が、ここで星奈が閃く。
「そうだ!! この地下鉄は地上を走る路線に直通してるんだ!!」
「チョクツウ??」
「うん!! だから線路から回り込めば入れるよ」
つまり説明すると、この地下鉄に直通する地上を走る電車の線路のところまで行き、そこから折り返して線路をたどっていけば時間こそかかるがこの地下鉄の線路内に入り込めるという事だ。
「よし!! じゃあ行ってくる」
「気をつけてね」
星奈から線路の場所を教えてもらうとライトは翼を装着して高速で飛び去った。十分程度で線路を見つけると指示通り今度はその線路を地下鉄側に折り返していった。いつもなら利用客で溢れるホームには誰もおらず、ただホームの灯りだけが虚しくついている。
「クソ..気配が....」
ライトは魔獣ならある程度位置も察知できるのだが今回は敵の気配が全く分からない。そのため長い長いトンネルをの中しらみつぶしに探さなければならなかった。当然時間がかかる。
「....ふぅ..」
いつ現れるかわからない敵、緩むことの許されない緊張、まだ敵の姿すら見えていないにもかかわらずライトは疲弊していた。
ーガヤガヤガヤー
「なんだ?? 騒がしい....げっ、アイツらかよ....」
二人組の警察官が懐中電灯片手にライトの下にやって来た。慌てて隠れようとしたが辺りに物陰はなく、あえなくライトは見つかってしまった。
「おいっ!!!! そこで何をしている!? どこから入ったんだ!?!?」
「....言ったって信じねぇだろうよぉ」
うなだれながらライトは言った。なんとなくではあるが次の展開が非常に面倒くさいことになるぐらいは理解できていた。
「..とにかく、捜査の邪魔だ!!!! 松井君、彼を駅まで連れていってやれ」
そう言われて若い警察官がライトの腕をつかもうとしたが、ライトもちょっとだけ食い下がった。
「ちょ、ちょっとそれは置いといて....何かおかしなもの見てないか??」
「申しわけありません、お答えできません」
「見たか、見てないかだけでいいんだ..ホラホラお前は何も....見てない??」
「えぇっ....いやいやいややめてくださいよ〜」
「....その反応は見てないな」
一瞬若い警察官の顔が歪んだのをライトは見逃さなかった。見てないというのは図星だったらしく警察官は冷や汗が止まらなくなった。
「おい、何をしてる!! とっとと連れて行けッ!!!!」
「お願いです..どうか同行願います」
グズグズしている若い警察官に上司が怒りを露わにし、若い警察官は恐縮しまくりだった。ライトもこの警察官を不憫に思ったのか形だけでも連れていかれようとしたが、すぐに足を止めた。これには流石に若い警察官も黙ってはいられない。
「ちょっと!! いい加減にしてください、怒りますよ!!」
「..オレも見てないんだよ..」
「は??」
「でお前らも見てないんだ......じゃあ居場所って....」
ー...............ガチー
「ここじゃね??」
ーガチガチガチガチガチガチガチガチー
突如として鋭いものを擦り合わせたような音が響き始めた。そしてその音の出る天井を見た時、その場にいた誰もが目を疑った。体長四メートルはある巨大な黒い虫がその牙をガチガチ鳴らしながら下を見下ろしていた。鋭い牙に発達した触覚、体のいたるところから触手と棘が生えていてとても地球の生物とは思えない姿をしている。
「シャァァアアッッ!!」
ーズドォォオオンー
その巨虫は突如上司の方の警察官に飛びかかった。そして...
「や、やめ.....」
「シィィィ!!」
ードスッ バリバリッ グチュッグチュッー
「あっ...あがああぁぁぁ.........」
牙を使いその肉を貪り出した。若い警察官はその恐ろしい光景に目を見開き、両手で口を抑えることしかできない。しかし、ライトはすでに剣を手に飛び出していた。
「テメエエェェェェ!!!!」
ーバキィィィン ドゴォォォー
強烈な一撃を頭部に受け、巨虫は壁まで吹っ飛ばされた。だが鋼のように硬い外殻がダメージを軽減したためすぐに立ち上がった。
「ギュァァアアア!!」
「ご立腹のようだな....でもな..それはオレもだ....よくもオレの目の前で..むざむざと!!」
「ギィシャァァアアア!!!!」
「許さねぇぇええ!!!!」
両者は真正面からぶつかり合った。パワーは互角に見えたが徐々にライトは壁際に押し込まれていった。
ーガチガチガチッー
「コイツ、オレも食う気か」
さっきから鳴るこのガチガチという音は牙が擦れ合う音だった。骨すら断つこの牙で突き立てられれば重傷は必至、ライトは剣で押し戻そうとするもパワーで劣り、徐々に牙が肉に食い込み始めた。
ーゴッッー
ライトは膝蹴りを頭部に叩き込み、それによって巨虫が怯んだ隙に壁際から脱した。怒り狂う巨虫の突進を身を翻してかわし、正面からではなく背後から攻撃を仕掛けた。
「ブレードショットッ!!」
ーヒュオッッ ズガンッッー
光の刃が直撃し、巨虫の外殻にヒビが入った。だがそんなの知らぬとばかりに突進を繰り返す。しかし冷静さを取り戻したライトは決して突進を受け止めず、すれ違う度に剣で外殻にヒビを入れていく。
「ギィィ..」
流石に巨虫も学習してむやみに突進を繰り出さなくなったが、その代償として全身の外殻はボロボロになっていた。
「次で....決めてやる」
ライトは真正面から突っ込んでいった、それを受けて巨虫も突進を仕掛けた。
「かかったな」
突っ込んでくる巨虫を闘牛士のようにヒラリとかわす中、その足元で剣を一閃させると巨虫は宙を滑り、壁に激突した。
「ギィシャァア..ギィィィ!!!!」
勢いを殺せないまま壁にぶつかったため頭がめり込み、抜けなくなった巨虫は狂ったように暴れるがそれでも頭は抜けず、身動きは封じられた。
「トドメだッ!!」
剣にエネルギーを収束させ巨虫の体を斬り刻む!! ボロボロになった外殻ではライトの剣を防ぐことなど出来ず、巨虫はライトの思うがままに縦に、横に、ナナメに、上へ、下へ、右へ左へ何度も何度も斬り刻まれ小さな無数の破片に成り果てた。そしてライトはきっちりと処分するために無数の破片を一つ残らずクリスタルの中に収容し、ようやく全ての始末はついた。だが....
「か..亀田さん....亀田さん!!!!」
若い警察官の呼びかけに上司が答える事はなかった.. 呼びかけだけが虚しく響き、ライトは拳を握りしめ、唇を噛み締めた。
「....クソッ..クソォォッ!!!!」
ライトは自分の弱さを呪った。目の前の救えるはずの命を救えなかったその弱さを.... そしてそんな自分を憎みながら、暗いトンネルをただ一人で歩いていった....




