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01 私と弟

ヤンデレ連載スタートしました。

毎日更新を目処に頑張ります!よろしくお願いします。

「っ、もし俺が、ここに残ってって言ったら……姉さんは、考えてくれる?」


歪められた目から、大粒の涙が零れ落ちる。

止め処無く流れ続ける涙を拭うことすら出来ない弟は、まるでそれだけが救いだとでも言うように、しゃくり上げながら何度も何度も私の名を呼び続けた。

私も吊られて泣きたくなるほど、その言葉が胸に刺さる。


「…ごめん」


口に出した瞬間、胸が苦しくて、目頭が熱くなって、 息がしにくくなった。







私が歳をとったからなのか、真新しい制服を着た一年生が少し眩しく感じてしまう。私はというと高校生活の大半が終わり、もう慣れてしまった高校の体育館で3度目の入学式が始まっていた。私は欠伸を噛み殺してぼーっとステージを眺める。


「退屈だね、入学式」


隣に並んでいた男の子が声をひそめてそう言う。

一瞬、私に向けられたものか戸惑って辺りを見渡すとクスクスと可笑しそうに彼は笑っていた。

えーっと、誰だったっけ。と思考を巡らせる。


「佐和君」

「あ、名前。知っててくれたんだ」


そりゃあ知ってるよ。と心の中で突っ込む。

目の前でイケメン力を最大限に発揮した爽やかスマイルをサービスしてくれているのは佐和瑞希君。

特に秀でた部分もなく地味な私とは正反対のタイプで社交的で、運動も勉強も出来てクラスの憧れのような存在だ。

確か、去年の劇でロミオとジュリエットのロミオ役を演じて女の子達がキャーキャーと黄色い歓声を上げていたような…。

隣に座っているということは同じクラスだろうか。早速隣と打ち解けようとするなんてやっぱりコミュ力が凄まじい、と勝手に尊敬してしまう。目の前の佐和くんと会話を続けようとしたその時。




「新入生代表、桐山新」



体育館に教師の声が響き渡り、体育館がざわざわとしだし、みんながステージに改めて注目する。


ステージには濃いグレーのブレザーに グレンチェックのズボン、学年カラーの青のネクタイといった制服一式を規定通りに きっちり着込んでいる男の子。


まじまじと顔を見ると、女の子の黄色い声も納得できる。すらっと背の高い少年だった。パッと見た限りだと175cmほどで、程良く筋肉の付いた身体はモデル体型といってもいいくらいだ。

髪を少し淡い栗色に染め、耳には数個のピアスをつけているがチャラい感じはなく逆にどこか気品を感じさせるイケメンがそこにはいた。


「へー。今年の新入生代表すごいイケメンだね」


「………」


佐和君は感心したような少し驚いたような顔で、目の前の男の子をまじまじと見詰めている。

それと反対に私は、自然と胸元に手をあて、ぎゅっと 力が入り俯く形になってしまった。


「ん? どうしたの? 具合悪い?」


「いや、大丈夫…」


さーっと血が引いていくというのはまさにこの事だと思った。今まで熱を持っていたのに、体が冷めていくのを感じる。

混乱する頭を押さえそうになりながらも、私は首を横に振った。


「ねえ、ちょっとこっち」


「えっ? いや、本当に元気…」


すると佐和くんにいいからいいからと手首を捕まれ引っ張られる。なにがどういいのかわからない私は、少し抗議してみたけれど、無視された。

それ程酷い顔をしていたのだろうか私は…。私は最終的にずるずると佐和君の後についていく。


「…何で?」


今度こそ私は空いている片手で頭を抱えた。

友人は離れていく私と佐和君に視線をビシビシと突き刺しているが、それも小さい事だと思えるくらい私は今混乱している。


だって、桐谷は私の前の苗字で、桐谷新は私の弟なのだから。










私は七年前に岡崎 伊織になった。理由はよくある両親の離婚。


小さい頃は普通に仲のいい家族だった。


頼りになる父と優しい母。私より2つ下の弟がいて、いつも一緒に行動を共にしていた。


私とは違って新の顔の作りは美青年そのもの。でも子供らしく無邪気に笑って、後をついてきて、懐いてくれる新が可愛かった。

でも今思えば、私が勝手に新に過保護に付きまとっていただけだ。

新は人見知りが激しくて私以外の遊ぶ友達を作らなかった。

本当は友達を作るタイミングを見かねて、我慢していたのかもしれない。

近所の人からは「仲が良いのね」と微笑ましい目で見られていた記憶がある。

年に一度は家族で旅行に行ったし、授業参観も運動会も季節の行事は必ず来てくれていたし、ぽかぽかのお日様が当たったような温かなひだまりと笑顔で満たされた家庭だった。

そんな光景が当たり前で当時の私もそう思っていた。


それがいつの頃からか、静けさに包まれた家の中。

ときどき聞こえるのは母の泣いている声と父は母を見ながら苦しそうに顔を歪めている姿。


小学六年生の二学期が始まってすぐくらい、私と新が一緒に家に帰ってみると父がリビングのソファーに座っているから珍しさに驚いたのだけど、すぐに言い知れぬ不安が胸に押し寄せてきた。


新の手をぎゅっと握れば、新も私の手を握り返した。


昼間はパートでいない母がキッチンにいるし、いつも仕事が忙しいと週末くらいしか顔を会せないスーツ姿の父と廊下ですれ違う。


話の内容は、離婚が正式に決まったということだった。本当はもうだいぶ前から離婚するんじゃないかって気づきながら、気付づかないふりをしていた。

その現実を目の前に突きつけられて、胸が苦しいほど音を立てる。


話し合いが終わって、私と新は自転車で河川敷に向かった。 小さい頃からよく河川敷に行く。河川敷は嫌なことを忘れられる場所だから。


新は中学生までエスカレーター式の私立に通っていたからこの街にとどまる、つまりお父さんに着いていくことは分かっていたし、新本人も認識しているようだった。


新は自分の事よりも私がどちらに着いていくかを気にしているようだった。不安げな表情が向けられ、今にも泣きそうな瞳が私を映す。


新は私の手をこの時も離さなかった。

夕焼けの光の中、ほかの子どもたちが遊んでいる声と自動車が走る騒音も耳に入らない。


私は新にその時は言えなかったけど、心の中ではもうどちらに着いていくか決めていた。


お母さんの方だった。


お父さんは、理由は分からないけれど時々私を見てすごく悲しそうな顔をする。

この離婚は少なからず自分も理由の1つに含まれていることを幼いながらも察していた。

それにお母さんを一人にして弟とお父さんと三人で暮らすことはどうしても出来なかったのだ。


つまり、家族でお母さんの実家のある街に住むことになる。ここから県をいくつも跨いだ街なので当然転校にすることになる。弟と縁が切れる。


結局何も言わないまま私たちは家に帰り、どこか私は新にそのことを言うことが後ろめたくて、引越しするまでなにも言わないでと周りに口止めをした。


私はずるずると、新と向き合うことに逃げたのだ。


「私はお母さんについていく」


引越し間際にそう言ったときの、新の顔を見たとき初めて自分のしたことを後悔した。驚いたような、絶望したような表情。


最後にお父さんには力強く抱きしめられた。少し苦しくて身うごきしようとするが、それすらも許さぬ強さで抱きしめられた。

お父さんの顔は見えない。

けれども触れる身体から、お父さんの嗚咽が伝わってきた。


たぶん泣いているのだ。

悲しくて辛くて悔しいから泣いている。

そう私は理解した。   

そんな物、欲しくなかった。


ただいつものように笑って、私を安心させるように、伊織なら大丈夫と、そう言って欲しかった。


でも今日でお父さんを苦しめずに済むなら、とそれだけが救いだった。

新には「ごめん」の一言を告げて私は車に乗り込む。慣れ親しんだ我が家が徐々に遠ざかっていく。

私を呼ぶ新の声が聞こえた気がした。


それが弟、新との最後の思い出だった。







はずなのに。

どうしてこうなったのか。


名前も一緒だし、顔だって面影がある。

他人の空似だとは思えないレベルで似てる。それにしても新の頭なら向こうでもずっといい高校があったのに、どうしてここに来たんだろう。


どうしよう。


離婚後の父と母は連絡を取っていない様子だったから、一度もお父さんの所へ遊びに行くことなんて言い出すことが出来なかった。まさか再会できるとは思っていなかった。


離れ離れになってから、もう七年。七年ぶりの再会。話したいことは沢山あるけれど、謝りたい気持ちが先に勝った。

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