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 その夜、屋敷に警報音が鳴り響いた。

「侵入者だと」

 飛び起き、枕元に置いていた小剣を手に取る。

 この屋敷には、魔法による防犯システムが張り巡らされている。貧民街にある屋敷には不釣り合いな代物だが、その存在はこの界隈でも知られていた。だから、度胸試しをする馬鹿でもなければ、わざわざ忍び込もうとする者はいない。


「殿下」

 ドアの向こうから、ガウルの落ち着いた声がした。

「どこの馬鹿が来た?」

「分かりませんが、正面から突破してきました。三人です」

「正面からだと? 舐められたものだな」

「しかし、かなりの手練れです。下の連中が苦戦しています」

「うちの連中が苦戦だと?」

 ガウルに鍛えられた連中は、その辺の兵士よりも腕が立つ。盗人相手に苦戦するような連中ではない。

 となると、夜中の来訪者は盗みが目的ではないのか。どこぞの組織が喧嘩を売りに来た、ということか。

「外に回り込ませて挟み撃ちにしろ。……待て、外に伏兵はいないだろうな?」

「伏兵など、蹴散らしてやります」

 ガウルは楽しげに笑うと、窓を開けて飛び降りていった。

「おいおい。ここは三階だぞ」

 年甲斐もなく無茶をする。もっとも、あの男なら心配はいらないだろう。

 階下から剣戟の音が聞こえてきた。


「俺も加勢に行くか」

 部屋を出ようとして、足を止める。

 音から察するに、戦闘は正面玄関からほとんど動いていない。実力が拮抗しているなら不思議ではないが、うちの連中が押されているのだとしたら、戦場はもっと屋敷の奥へ移っているはずだ。


 そのとき、廊下の奥から大きな音が響いた。

 屋敷の者は、ほとんどが迎撃のために階下へ降りている。三階に残っている可能性があるのは……。

 この先の部屋にいるのは……。


「ピスターチュか!」

 ようやく思い至り、廊下を駆け出す。

 正面からの襲撃は陽動で、本命はピスターチュだったのか。

 山賊に襲われたと言い、国外追放された伯爵令嬢。そんな女が、いったい何を持っているというのだ?


「ピスターチュ!」

 彼女の名を叫んだ、そのときだった。

 部屋から、黒ずくめの男が出てきた。

 男は俺を見るなり、ナイフを投げつけてきた。眉間を正確に狙った一撃を、剣の鞘で弾き飛ばす。

 男は俺に向かってくることなく、廊下を挟んだ向かいの部屋へ飛び込んだ。

「待て!」

 追って部屋を覗き込む。再びナイフが飛んできた。

 鞘で払い落とした瞬間、小さな爆発が起こった。

「小細工を……!」

 怪我をするほどの威力ではない。だが、一瞬、視界を奪われた。

 俺はとっさにドアの陰へ身を寄せた。爆発の余韻が消え、視界が戻ってから部屋の中を覗き込む。

 男の姿はなかった。

 窓の鎧戸が開いている。

 外から甲高い笛の音が聞こえた。窓辺に駆け寄って見下ろすと、黒ずくめの男たちが逃げていくところだった。

 ようやく回り込んできたガウルが剣を振るう。だが、男はそれを軽々とかわし、そのまま闇へ消えていった。

 確かに相当な手練れだ。

 そんな連中が、何をしにうちへ来た?

 しかも、あっさりと引き上げていった。わざわざ陽動まで仕掛けておきながら。

 そこで、ようやく気づいた。

 さっき男が出てきた部屋にいたのは……。


「ピスターチュ!」

 慌てて振り返り、彼女の名を呼んだ。

 開け放たれたドアから、灯りの消えた部屋へ飛び込む。

「なんです?」

 ピスターチュはベッドの上で半身を起こし、ぼんやりと座っていた。開いた鎧戸から差し込む星明かりが、その姿を淡く浮かび上がらせている。

「賊が侵入したんだ。何もされなかったか?」

「賊、ですか……」

 ピスターチュは小首を傾げ、ふいと部屋の隅を指差した。

 床には、割れた壺の破片が散らばっていた。


「寝ていたら、何か気配を感じて目が覚めたんです。そうしたら、人が立っていましたので、『どなたですか?』とお聞きしたんです。すると、とても驚かれて、棚の上にあった壺を割ってしまわれて……。あの方は賊だったんですか?」

「ああ。逃げられたけどな。それで、君は無事なんだな?」

「はい。殿下が私を呼ぶ声が聞こえましたので、すぐに出ていかれました。お怪我はありませんか?」

「俺は大丈夫だ。若い連中が何人か怪我をしたようだが……」

 それにしても、賊に侵入されたというのに落ち着き払っている。寝起きで、まだ夢うつつなのかもしれない。そう考えても、どこか違和感が残った。

「随分と落ち着いているな。大した度胸だ」

「怖かったと泣き叫べばよろしかったですか?」

 雲が月を覆ったのか、鎧戸から差し込む光が途絶えた。ピスターチュの表情は闇に沈み、声だけが妙にはっきりと聞こえた。

「私も貴族の令嬢の端くれですから。誘拐や襲撃の危険とは、常に隣り合わせでした。そういうときのための訓練も受けています」

「山賊からも逃げおおせたしな」

「そうです」

 さらりと答える。


「殿下、ご無事ですか?」

 ガウルが部屋に入ってきた。

「問題ない。そっちはどうだった?」

「怪我人は出ましたが、命に別状はありません。しかし、まあ、やられっぱなしとは情けない。明日から鍛え直さねばなりませんな」

 ガウルはなぜか嬉しそうに笑った。

 襲撃されたばかりだというのに、何を喜んでいるんだ、この脳筋は。

「屋敷の警備体制も見直さないとな」

 そう言いながら窓辺へ歩き、鎧戸を閉める。

「騒がせたな。壺の破片は明日片付けさせるから、触るんじゃないぞ」

「よろしくお願いいたします」

 ピスターチュは、ふわぁとあくびをして布団に潜り込んだ。

 本当に、大した度胸だ。

 俺とガウルは部屋を出て、一階へ向かった。

「殿下」

 ガウルが低い声で切り出そうとした。

「分かっている」

 俺はその先を遮った。

 この屋敷の窓には、魔法による警備システムが組み込まれている。外から開けるのは容易ではない。相応の魔法知識か、特殊な魔道具が必要になる。

 だが、内側からなら簡単に開けられる。

 そして、あの部屋にいたのはピスターチュだ。

 寝ぼけたふりをしている元伯爵令嬢が、何を企んでいるのかは分からない。

 ただ、今はそれを問い詰めるより、屋敷の立て直しを優先するべきだった。

「まったく……」

 階段を下りながら、俺は呟いた。

 いったい俺は、何を拾ってしまったんだろうな。



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