番外編・第一話 龍ちゃんの女
「龍ちゃんが女を連れてくる!?」
和子はスマートフォンに向かって、素っ頓狂な声を上げた。隣で丸まっていたミーコは耳をピンと立て、顔を持ち上げた。
あの日から二か月弱が経過した九月の頭。和子がお盆休みに一人で実家に帰省してから、まだ十日程しか経っていないある日、和子は母から思わぬ知らせを受けたのだった。
「かずちゃん、『女』って、なんて言い方ね……。龍ちゃんが結婚するけん、近いうちに、彼女ば連れて来るって言わすとよ。その時はかずちゃんと由恵ちゃんにも、しかも、特にかずちゃんには、絶対に来てほしいて」
「そんなの、龍ちゃんから聞いてない……」
「とにかく、そういうことだけん。いつ帰ってこれるか、由恵ちゃんと相談して、また連絡してね」
数分後、由恵からラインが来た。
「姉ちゃん、今電話していい?」
和子がOKのスタンプで返信すると、すぐに由恵からの着信がきた。
「姉ちゃん、聞いた?! 龍ちゃんが結婚だなんて……」
「聞いた……。それだけでもショックなのに、龍ちゃんの口からじゃなく、お母さんから聞くなんて、余計にショックだわ」
「だよね……」
「私、グループラインに連絡入れる!」
和子はそう言うと電話を切った。
Kaju: 龍ちゃん、お母さんから電話来たんだけど
龍: あー、お母さん連絡してくれたんだ。そういうことだからよろしく。
由恵先生@アンクマ: 龍ちゃんの口から聞けなくて、私たち、ものすごく寂しいんですけど!?
Kaju: そうだよ、ねえどんな人なの? どこで出会ったの? 何歳? どこ出身?
龍: あーほら、そうやって色々聞いてきそうだと思ったから、二人に言うのは面倒くさかったんだよな。会ったら分かるから。来月都合付けといてよね。じゃあ、よろしくー。
その後は、和子と由恵がいくらメッセージを送っても、既読は付けども、返信はなかった。今度は和子から由恵に電話した。
「ガード硬いね、龍ちゃん……」
「龍ちゃんも、結婚かあ……。もう三十一歳だから、そういうこともあるんだろうけど……」
「私たちの今回の人生の初代にして最大の推しだもんね……。そして、つまり、龍ちゃんよりほんの少し若い、私らの推しグループのメンバー達も、いつ何があってもおかしくないってこと……?」
「やめて! 今は龍ちゃんの結婚を消化するだけでも精一杯なのに……」
由恵が悲鳴を上げ、和子は我に返った。
「そうだね……、まずはいつ帰れるか確認するか。今月帰省したばっかで、来月にまたってのはちょっと辛いけど、うちの会社は問題ないと思う。由恵のとこは?」
「私はお盆に帰省しなかったし、九月に行くのはいいんだけど……。まずは確認するからちょっと待って。日付が決まったら、安い航空券を探すわ」
「動物病院の都合もあるだろうから、そっちに合わせるよ。いつも、ありがと。じゃあね」
「うん、じゃあね」
「ねえ、明彦、聞いてよ~!」
電話を切った和子は、書斎でパソコンに向かっている明彦のもとに走ったのだった。
***
未来に何が起こるのか、わからない。
普通の人間にとっては、至極当然なそんな日々が、和子と由恵に四十年以上ぶりに戻ってきた7月初旬。不安な気持ちで過ごした数週間が過ぎ、『ああ、これからも平凡な毎日が続いていくんだな』と二人がほっと一息ついた丁度その頃——、二人の故郷である熊本は再度大きな地震に襲われた。
和子は職場にいた。机の上のスマートフォンが鳴って、画面の通知を何気なく見ると、『熊本県熊本地方 最大震度7』の表示があった。
その瞬間、和子の指先は冷たくなり、全身が震え出した。
「熊本で、震度7の地震が……。家族に、電話してきます……」
和子はそれだけ絞り出すと、廊下に出て木本家に電話した。幸いにも電話はすぐに繋がり、両親の無事はすぐに確認できた。
結果的に、震源から遠かった木本家には被害はなかった。2016年の地震より震源が南にずれていたこともあり、渡辺の伯母夫婦が前回の地震で半壊になった家を取り壊して新築した家も、従姉の緑ちゃんと由佳理ちゃんの家も今回は無事だった。
とは言え、今回の地震は『未来が分からないというのはこういうことなんだ』と、和子と由恵にそう思い知らせるには、今回の地震は十分な出来事だった。
ただ、両親の近くに龍太郎がいるのは、二人にとって大きな安心材料だった。一回目の人生でも由恵は地震の数年後に上京したので、今回の地震の際は両親の近くにいなかったはずだ。でも今回は龍太郎がいてくれる。
それから約半月後、和子はお盆の時期に帰省したが、由恵は予定があるとのことで、同行しなかった。和子の滞在中、龍太郎は特に変わった素振りを見せることはなかった。だからこそ、和子は母からの報せに仰天したのだった。
***
「由恵、本当に、気を付けて行っておいでね」
「うん」
「荷物重くない?」
「うん、小さいリュック一つだけだし」
「美味しい物、たくさん食べておいでね」
「うん」
「お義父さん、お義母さん、龍太郎君によろしく。あと仏壇のお義祖母さんとアンコ先輩にも。どうぞ今後ともしっかりお守りくださいって伝えてよ」
「うん、わかった」
九月後半の木曜日、和子と由恵は熊本に向かうため、羽田空港に来ていた。クマさんが車を出して、空港まで送ってくれて、自動チェックイン機まで二人の荷物を運んでくれた。
搭乗検査前のクマさんによる由恵の見送りの儀式を、和子は面映ゆい気持ちで見つめていた。すっかり邪魔者気分である。最後の最後に、クマさんは和子の存在を思い出したようで、和子に向かって言った。
「かずちゃん、由恵を、くれぐれもよろしくね!」
「はいはーい、了解でーす」
和子はまだ何か言っているクマさんの話を半分聞きながら、スマートフォンのQRコードをゲートにかざした。保安検査の順番待ちをしている間もガラスの向こうにクマさんの大きな身体が見えていた。
「あんた達、結婚して十三年にもなるのに、相変わらず仲良いよね……」
機上で和子が言うと、機内サービスのドリンクを飲みながら、由恵は澄ました顔をしている。
「姉ちゃんとこもじゃん?」
「まあ、仲悪くは、ない、けども……」
熊本空港に到着し、ターンテーブルでスーツケースをピックアップした二人が、到着ロビーに出ると、そこには出迎えの人達が疎らに立っていた。二人は、両親と龍太郎が大きく手を振っているのを見つけた。
「かずちゃん! 由恵ちゃん! おかえりー!」
和子は思った。ここで両親と龍太郎を見るのは何度目だろう。お父さんとお母さんはまだまだ元気だけど、なんだか少し小さくなった……。龍ちゃんはすっかり大人になった……。最近は、出迎えてくれる三人を見る度、和子はなんだか切ない気持ちになるのだ。今回は龍太郎の件もあり、感慨もひとしおである。今年で、父は七十八歳、母は七十一歳になる。龍太郎は七月に三十一歳になったばかりだ。それに四十五歳の和子に、四十二歳になったばかりの由恵。龍太郎のおかげで平均年齢が下がってはいるものの、木本家の高齢化もなかなか深刻である。
五人は龍太郎の車で木本家へと向かった。後部座席の真ん中で由恵と母に挟まれて座った和子は、運転席と助手席の間から身を乗り出した。
「ねえ、龍ちゃん、私たち突然で驚いてるんですけど? お相手はどんな……」
和子の発言を龍太郎は途中で遮った。
「あー、突然来てもらったのは、ごめん! でも明日の夜には分かるから、今は運転に集中させてもらっていいかな?」
和子は、浮かせた腰をシートに戻し、渋々と背もたれにもたれかかった。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
先日の熊本での地震や、その他自然災害により被害に遭われた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
現地では、まだ落ち着かない日々を過ごされている方も多いかと思います。
番外編については、少し間が空いてしまいましたが、本日より開始することにしました。
その際、今回の地震のことを作中に入れるべきかかなり迷いました。
これまで実際の出来事の流れに沿って物語を書いてきたこともあり、これほど大きな出来事にまったく触れないのも不自然かもしれないと思い、すでに作成済みだった部分にも地震に関する描写を加筆するため、少し修正しました。
まずは本日番外編・第一話を投稿します。
ここから全5話の予定で投稿していきます。
お時間がありましたら、また読んでいただけると嬉しいです。
完結後も、評価、感想、ブックマーク、リアクションをくださった皆さま、本当にありがとうございます。
完結後も読んでいただけて、とても幸せな気持ちです。
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