第五十話 泣けないかもしれない
4月14日木曜日、横山家・木本家の結婚式の当日がやってきた。
挙式が三時、披露宴が四時半開始というスケジュールだったが、和子と明彦は朝八時半にはホテルに到着していた。明彦の希望である白無垢、色打掛、ウェディングドレス、カクテルドレス全てを披露宴で着用するとなると、お色直しの中座だらけで、ほぼ花嫁不在となってしまう。「三時間でも足りませんし、花嫁さんはお食事をする暇もありませんよ」と、プランナーさんが明彦を説得してくれて、挙式前に日本庭園の新緑と遅咲きの桜に映えるウェディングドレスで撮影をした後に、白無垢に着替えて更に撮影をしてから、挙式に臨むことになった。おかげで、披露宴中のお色直しは一回で済むのだ。
平日の上に仏滅とあり、午前中の庭園は人もまばらで、撮影待ちの花嫁だらけになるという事態は避けられた。和子は、首から胸元をレースで覆った上品なAラインのウェディングドレスを着用し、髪はブーケと同じ色合いの花をあしらったシンプルなシニヨンである。明彦はネイビーのタキシードを着用して、和子のブーケとお揃いの花で作ったブートニアを胸に付けている。そして、撮影が開始したのだが、撮影は度々中断された。
「和子、綺麗……」
と、明彦が何度も涙ぐむのである。付き添ってくれているヘアメイクさんが何度拭ってくれても、明彦の涙は止まらないのだった。
なんとか一通り写真を撮り終え、昼食と休憩を挟んで、和子は白無垢、明彦は黒紋付羽織袴に着替えた。午後の撮影の開始である。にわか雨が降ったが、赤い番傘を差すと、白無垢に映えて美しかった。
この時点で和子はだいぶ疲れていた。そして危惧していた。今日、自分は泣けないのではないかと。親族一同に大移動をさせることが第一目的の結婚式とは言え、明彦と結婚式を挙げることは幸せなことだと思っている。だから、決して感動していないわけではない。だが、いざ自分が主役として着飾ってこの場に立ってみると、よく出来たVRを見ているような、不思議な気持ちになってくるのだった。
和子は由恵の結婚式の際、ちょっと周りが引くくらいに、泣いた。涙を流すだけでなく、嗚咽が止まらなかった。もはや化粧は完全に落ちていた。「かずちゃん、顔やばいって。黒い涙が流れてる……」と、龍太郎に苦笑いされるくらいだった。一回目の人生から通算すると、七十年ほど姉妹をやってきた由恵の結婚式である。感動しないはずがない。
それがあったから、自分の結婚式でもきっと泣いてしまうのだろうと和子は覚悟していた。まさか泣けないのではないかと心配することになるとは、露ほども思っていなかったのだった。
ようやく白無垢の写真撮影が終わり、両家の招待客が集まって、親族紹介の時間となった。洒落た細身のスーツに身を包んだ柿が、なぜが場を仕切ってくれて、横山家、木本家の父が親戚の紹介をしていったが、どちらも負けず劣らず、噛み噛みだった。それぞれの父が親族の名前を呼ぶ度に、和子の緊張は高まり、ますます感動をしている余裕はないのだった。最後に柿が自己紹介した。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。明彦くん、和子さん、両方の友人の柿崎拓弥と申します。ご親族の方だけのお式とのことでしたが、どうしても大好きな二人を祝福したくて、二人に無理を言って出席させてもらいました。どうぞよろしくお願いいたします。」
柿の挨拶を聞いた時、和子の目頭はほんのり熱くなった。隣を見ると明彦はハンカチで目元を覆っていて、柿と和子はお互いに目配せして、肩をすくめた。
そして、二人の結婚式は、神前式で厳かに行われた。親族に見守られて誓いのキスをするのだけは避けたくて、チャペルでの式だけは嫌だという、和子の希望が通ったのだ。家族を見ると、柿の挨拶で緩んでしまった涙腺がもっと緩みそうで、和子はなるべく家族の姿を見ないようにしていた。誓詞奏上では、読み上げる明彦の声が震えていて、和子をハラハラさせたが、概ねスムーズに結婚式は終了した。その後、全員での集合写真を撮って、一旦解散となった。
色打掛はレトロな大柄を選んだので、それに合わせて和子は大正ロマン風の耳隠しの結い髪に、赤い口紅を付けてもらった。白無垢を色打掛に掛け替えるお色直しである。衣装替えもヘアチェンジも必要ない明彦は、親族と歓談してくるようにと着替え部屋から放逐されていたが、早々に戻ってくると、和子の準備をうっとりと眺めていた。
午後四時半、新郎新婦が会場である料亭に入場して、披露宴が開始した。新郎新婦を含めて靴や草履を脱いで、畳の上の椅子に座る。大きな窓から見える、緑の豊かな日本庭園と池が美しかった。
和子と明彦が一礼をして、赤い装花の飾られた高砂に着座した。和子は、こちらを見て拍手する、木本家と渡辺家の面々の顔を一人一人見つめた。母はそっと涙を拭っていて、父も込み上げてくるものがあるのだろう、口元を手で押さえている。チャコールグレーのスーツを着た龍太郎は、写真立てを両手で持ち上げて、和子に笑い掛けた。写真立ての中で祖母がそれは嬉しそうに微笑んでいる。そして、クマさんと顔を見合わせて笑っている、淡いピンクの訪問着を着た由恵の前には、アンコが口を開けて笑っているように見える写真が飾られていた。それを見た途端、和子の涙腺はすっかり緩んでしまった。
相変わらず噛み噛みの明彦の父が音頭を取り、乾杯をした。そして唯一の友人として参加している柿のスピーチが行われた。柿は高砂の隣のスタンドマイクの前に立つと、紙を取り出して少しばかり緊張した様子で話し始めた。
***
明彦さん、和子さん、ご結婚おめでとうございます。僕は二人の共通の友達で、明彦くんを『ラキ』、和子さんのことを『カズ』と呼んでいます。名前の由来は割愛しますが、今日も同じように呼ばせてください。
僕たちの出会いは、高校生の時まで遡ります。二人は熊本出身で、僕は埼玉出身なので、どのように出会ったのかと不思議に思う方もいらっしゃるかもしれません。僕たちはインターネットが今ほど一般的でなかったころ、文字で話をする『チャット』で出会いました。二人が進学で上京してきて、初めて実際に会った日から、僕たちは定期的に三人で会うようになって、それは今に至るまで変わりません。もう人生の半分以上、僕にとって、二人はとても大事な友達なのです。
僕は、ラキが最初からカズのことが気になっていたことを、知っていました。なかなかラキの恋は実らなかったけど、彼はカズのことがすごく好きだったんです。だから、ついに二人が付き合いだした時は嬉しかった。そして、今回、二人がとうとう結婚すると聞いた時、僕は自分のことのように、嬉しかったんです。だから、こうしてここでお祝いさせてもらえて、最高に幸せです。
僕たちはネットで知り合ったという性質上、共通の友達はお互いだけで、それが僕にとっては心地よい関係でした。僕は八方美人で、人にどう思われているか気になってしまう性格なのですが、この二人の前ではそんなことは考えず、自分らしくいられるんです。でも、今日はどうしても祝わせてほしくて、親族の方だけのお式であるにもかかわらず、無理を言って出席させてもらいました。
昨日から両家の親族の皆様とも一緒に過ごさせていただき、この温かな皆様に育まれて、僕の好きな二人が育ったんだなと、しみじみと感じました。
ラキ、カズ、どうぞ末永くお幸せに。これからも三人で会おうな!
***
スピーチする柿の目は潤んでいて、紙を持つ手が少しだけ震えていた。和子が知っている柿はいつもどこか余裕があって、そんな姿を見るのは、和子と明彦にとって初めてのことだった。
スピーチが終了したとき、和子の涙腺はすでに決壊寸前だった。ぽろりと涙をこぼした和子に、介添人さんがハンカチを渡してくれた。泣けないかもしれないなんて、完全に杞憂だった。隣の明彦はと言うと、右手をグーに握って、上腕で目を擦っており、自分以上の大惨事に、和子は少しだけ冷静になったのだった。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
本日、第五十話を投稿しました。
三連休中になんとか最後まで書き上げることができ、本編は第五十二話+エピローグでフィニッシュとなります。
あと三回の投稿予定です。
本編では書ききれなかったこともあるので、完結後になりますが、後日談を一、二話ほど書けたらいいなと思っています。
あと少しになりましたが、もうしばらく和子と由恵たちにお付き合いいただけると、とても嬉しいです。
また、並行して誤字脱字の修正も進めたいと思っています。
毎日投稿にこだわりすぎて、毎回誤字脱字満載でお届けしてしまいました……(笑)
最近、★、ブックマーク、感想、リアクションをくださった皆さま、本当にありがとうございます!
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