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未来はナプキンに書いてある 〜一攫千金を目指す姉妹の昭和・平成奮闘記〜  作者: Tokinapo


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第四十八話 やっぱり推しは尊くて

「姉ちゃん、なんか疲れてない?」


 9月、和子と由恵は由恵の自宅のダイニングでお茶を飲んでいた。由恵とクマさんの動物病院の二階と三階は、二人の自宅になっている。クマさんが学会に泊まりがけで出かけていて不在なので、今日は和子が泊まりにきたのである。二人が会うのは久しぶりだった。


「疲れてない訳ないじゃんよ……」


 和子はダイニングテーブルに突っ伏した。実際問題、最近の和子は凄まじく忙しかった。4月に突如として結婚することが決まってから、ゴールデンウィークにお互いの家族への挨拶と両家の顔合わせを済ませ、式場探しがスタートした。明彦はやたらやる気で、見学の予約を入れまくり、土日両方とも式場見学というハードな週末を三回繰り返した。そして、明彦は文京区の広大な庭園を持つホテルCをすっかり気に入ったのだった。


 珍しくジャケットを着た明彦の袖をそっと引っ張って、和子は耳元で囁いた。


「高いって!」


 実際問題、ホテルCが明彦の希望に応じて出してくれた仮見積もりは他の式場よりかなり高かった。


「大丈夫だって」


 明彦はにっこりと笑って、親指を立てて見せるが、和子は全然大丈夫だとは思ええなかった。そもそも自分の親族を避難させるのが主な目的の結婚式なのだから、和子は元より明彦に負担を求めるつもりはなかった。しかも、社会人六年目の時点で、百万円程度しか貯金がなかった明彦である。明彦の財布に期待はできないものと、端から諦めている部分もあった。


 自宅に帰って、和子は見積書を再度確認した。明彦が気に入ったホテル内の料亭での披露宴に、ブライダルフェア並みの豪華な装花、白無垢、色打掛、ウェディングドレス、カクテルドレス、それに伴う新郎の衣装に、明彦の希望する式や披露宴中のビデオや写真撮影等を加えると、見積もりは六百万円程に達していた。呼ぶのは親族中心で二十五人程だが、ほぼ全員が熊本から来るのである。招待客にホテルCに三泊してもらう場合の見積もりで別途百万円以上が追加になり、ここに航空券代が乗っかってくるのである。


「八百万円くらいか……」


 和子は溜息をついた。出せないことはない。和子は2009年秋の龍太郎の寛解後、毎月積み立てたお金で『ナプキン株』をまた定期的に購入してきたのだ。昇給すれば積立額も増やし、今では和子の持つ株の評価額は八百万円程になっていた。しかも2014年分からは一般NISAで買っているので、その分は売却益に税金もかからない。

 もし2009年から積み立て続けていればもっと大きな金額になっていただろう。しかし、和子は2011年に一度株を全売却していた。と言っても、当時は百万円ほどでしかなかったが、そのお金で、東北の動物保護団体に寄付をしたり、団体が求めている救援物資を送ったりした。東日本大震災を知っていたのに何もできなかったという、良心の呵責に耐え切れなかったのだ。寄付や支援だと言えば聞こえはいいが、結局は自分の心を守るための、ある意味身勝手な出費だったと、和子は思っている。由恵はお金がない分、被災地での動物保護活動に何度か出掛けて行ったりと、直接的な労働力で支援したのだった。


 見積書を見つめ続ける和子の隣に、明彦が腰かけてきた。

 

「和子、お金のことは気にしないでよ! 俺が出すから」


 力強く言う明彦の能天気な顔を、和子は見つめた。明彦は分かっていない。もちろん招待客は皆ご祝儀を持ってきてくれるだろうが、そのお金はみんなに見舞金として返すつもりなのだ。明彦の貯金で賄える額ではないだろう。


「これ!」


 明彦が和子の目の前に差し出してきたのはスマートフォンだった。


「明彦、これ!?」


 表示されているのは証券口座の残高である。そこには一千万円以上の金額が表示されていたのだ。


「和子が株を買ってるのを見て、俺も興味が出て、和子と付き合い始めてしばらくしてから少しずつ株を買い始めたんだ。どんどん増えるから、少しずつ突っ込むお金も増やしていって、気づいたらこれ。俺、株買うなんて和子がいなかったら思い付かなかったと思う。つまり、これは和子のおかげで増えたお金だからさ、俺たちの結婚式のためなら、全額突っ込んだっていいと思ってる!」


 ***


「それで、全額払うという明彦を説き伏せて、費用は折半にしようということで話が落ち着いた。お互い親族中心にするつもりなんだけど、うちの方が招待客が倍以上になりそうな見込みなんだよね。だから、せめて、花婿ハイな明彦の希望の結婚式を叶えてあげようと思ったんだけど、打合せ、衣装選び、招待客リストの作成、招待客への打診とか、ものすごく忙しい日々が始まって、ぐったりしてる……」


 ダイニングテーブルに突っ伏したままの和子の横に、由恵は麦茶を置いた。


「それはお疲れ様……なんか聞いてるだけで、こっちもぐったりしそうよ」

「でもさ、実は最近ものすごぉくいいことがあったんだよ。見て」


 和子が差し出したスマホの待ち受け画面には、金緑色の大きな瞳でこちらを見つめる子猫が、表示されていた。グレーに黒の縞模様で、額から下とお腹は白い。パヤパヤした綿毛のような毛がいかにも小さな子猫らしかった。


「もしかして!」

「そう、ミーコ! 二週間前にお迎えしたばかりだよ。驚かせたくて、ラインでは言わなかったんだ」

「前回もこんなに小さかったっけ?」 

「いや、今回は随分早めにお迎えしたんだ」


 ミーコは、一回目の人生で、和子と明彦がたまにいくショッピングモールのペットショップで売られていた猫だった。一回目の時は、ミーコは売れ残って生後六か月近くと、周りの子猫たちよりひと回り大きくなり、随分と値下げされてしまった。それで二人はお迎えすることをようやく決意したのだが、今回は二か月半程のミーコを早々にお迎えしてきたのだ。


「ちょっと痺れるくらいに高かったけど、我が推しを長い間ペットショップで過ごさせることにならなくて安心した。それにこちらは子猫時代を堪能させてもらえて、最高に幸せ!」


 愛おしくてたまらないという様子で待ち受けを見つめながら、和子は言った。


「ふふ、お互い毛だらけの推しは尊いね。キナコ、おいで!」


 由恵が呼ぶと、ソファで寝ていたベージュの犬がのっそりと起き上がり、由恵のもとにくるとお腹を見せてゴロリと寝ころんだ。ちょうどアンコのようなふわふわの巻き毛に、脚が妙に長いところまで同じだった。アンコのベージュ・バージョンというおもむきである。由恵が2011年に東北でボランティアをしたときに出会った保護犬で、ひとめぼれして引き取ったのだった。その時に和子と由恵が住んでいたアパートはペット不可だったので、クマさんが引き取ってくれた。

 クマさんのプロポーズの言葉は「キナコ、由恵が帰ると、寂しそうなんだよね。だから、そろそろ一緒に暮らさない? キナコの両親として……そして、何より……俺の奥さんとして」だったのだ。いわば、二人の縁結びの神と言っても過言ではないのだった。


「推しと言えばさ」


 キナコのお腹をわしゃわしゃと撫でてやる由恵を横目で伺いながら、和子は言いにくそうに口を開いた。


「言わないでおこうとも思ったんだけど、この前、ついに私の最推しメンバーの入所日だったんだじゃん? 実は、当日事務所周辺に行っちゃったんだ。しばらく近くを徘徊したけど会えなくて諦めて帰った……多分色々疲れてて、頭がおかしくなってたんかもしれん……」

「え、怖い!」

「だよね、ヤバいよね……」

「いや、違くて、実は私も2011年の自分の推しの入所日に事務所周りを徘徊したんだ。当日事務所に来るかなんて分からないのにね。怖いよ、やっぱり同じ血が流れているんだな……」

「何をしようと思ったわけでもないし、仮にご本人に会えたとしても、何をする勇気も持ち合わせてないんだけど、推しがいるであろう場所の近くに行きたかったんだ……」

「そう、まさに、それ! 」


 お腹を撫でられて、仰向けのまま千切れんばかりに尻尾を振るキナコを見ながら、二人は遠い目になったのだった。


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