第三十九話 なんだか、変
火葬場は斎場から十分程、山を切り開いたカーブの多い道沿いで、背後を雑木林で囲まれた静かな場所にあった。
菩提寺の住職による読経の後、父が職員に促されて火葬炉の点火ボタンを押した。遺族は一時間程、用意された和室で過ごす。和子は母を手伝って、久々に会った祖母の親戚や住職にお茶やお菓子を出したり、祖母の思い出話に付き合いながら、過ごしていた。
「龍ちゃんに付いててあげてくれる?」
和子は由恵に頼んだ。龍太郎は知らない大人も多い中で、どこか所在なさげな様子だった。
「龍ちゃん、私、疲れちゃったから気分転換にちょっとだけ探検に付き合ってくれない?」
由恵は龍太郎に声を掛けて、二人で和室を出て行った。
木本家の呼び出しがあり、お骨上げが始まった。焼き上がった骨を長い箸を使って骨壺に納めていく。台と骨にまだ熱気が残っており、汗をかきそうなくらいだった。龍太郎も気丈にお骨を拾っていた。主要な骨を参列者で順番に骨壺に納めていき、最後に喪主である父が喉仏の骨を一番上に置いて、お骨上げは終了となった。ばあばは小さな人だったけど、この骨壺一つに納まってしまうのか……和子は寂しいとか悲しいよりも、なんだか不思議な気持ちになった。
火葬場の外に出ると、冬の空は高く、妙に澄んでいた。父が骨壺を持ち、龍太郎が遺影を持っていた。龍太郎は縁石に躓いてしまったが、すんでのところで由恵が支えて、龍太郎も遺影も事なきを得た。
「龍ちゃん、ドジね」
母が笑うと、みんな笑った。和子も笑ったが、由恵は笑っていなかった。
近場の割烹で精進上げの会食をした後、木本家一同はようやく家に帰り着いた。葬儀会社の人が作ってくれた祭壇に、葬儀場でもらってきた花と共に骨壺と遺影を安置して、ようやく喪服を脱ぐことができたのだった。この後、両親は手分けして親戚を空港や駅に車で送っていくことになった。龍太郎は疲れたので、自分の部屋で昼寝をするという。
「姉ちゃん……なんだか龍ちゃん変だと思わない?」
和子と二人きりになった由恵は何かが腑に落ちないという顔をしながら言った。
「龍ちゃん、立ち上がる時『よっこらしょ』って感じで手を太ももや膝に付いて腕の力で立ってる気がするのよ」
「それがなんなの? それって普通じゃないの?」
由恵はため息をついた。
「あのね、老人じゃないんだから、小学生はもっと快活に立ち上がるんだって。最初は足が痺れてるのかなって思ったけど、いつもそうだから違うみたい。しかも火葬場で階段を上る時に手すりを使ってたんだよね」
「成長痛かな? 私も身長が急激に伸びた時にはそうだったかも」
「成長痛か……そうだね、私が心配し過ぎなのかも。忌引きのうちに、明日にでも整形外科に連れていってみようって、お母さんに言ってみるわ」
夕方になると龍太郎は起きてきたが、顔を顰めていた。
「どうしたの? 調子悪い?」
と由恵が聞くと、
「大丈夫、頭が痛いだけ。最近起きたら頭が痛いんだよね」
龍太郎はため息をついた。
翌日、由恵がしつこく言うので、母は龍太郎を連れて整形外科に行った。由恵も同行したが、レントゲンを撮っても特に異常はなく、成長痛だろうということだった。
でも由恵はまだ頭を捻っていた。和子が元・由恵の部屋に荷物を取りに行くと、由恵が電話をしている声が聞こえた。
「そう、レントゲンでは異常無しってことで、成長痛だろうって。でも龍ちゃんは『別に痛くはない』って言うの。関係ないかもしれないけど、頭痛もあるみたいだから、なんだか気になって……」
「近位筋の筋力低下? 腰とか太ももみたいな、体幹に近い筋肉ってこと? そうだね、そう言われたら見えなくもない。CK値? クレアチンキナーゼだよね? 筋肉が傷んでると上がるやつ…… まずは近くの総合病院の小児科でいいのかな?」
「うん、うん、ありがと。行ってみる。また連絡する。じゃあね」
ドアを勢いよく開けた由恵は、目の前に立っている和子に驚いた。
「ちょ、姉ちゃんいたの?」
「うん、つい今、来たとこ」
「そっか、ちょっとお母さんに、念のため、龍ちゃんを小児科にも連れて行こうよって言おうと思って」
「なんで小児科?」
「一応筋肉関係の疾患も疑うなら血液検査をした方がいいって……」
「誰かに相談したの?」
「ちょっと院生の先輩に」
「ふーん……」
……今のが、ただの先輩への口調なんだろうか……甚だ疑わしい気もするが、和子はここは突っ込まないでおくことにした。
「龍ちゃんもお葬式からの病院で疲れとるとに……」
母は不服そうではあったが、由恵が押し切って、翌日、近くの市立病院の小児科を訪れることになった。龍太郎には母と由恵に加えて、暇な和子まで付いて来ていて、過保護感満載である。龍太郎は少し嫌な顔をしたが、拒否はしなかったので、四人でぞろぞろと歩いて病院に向かった。
龍太郎への問診の後、由恵が症状を説明して、血液検査でCK値も調べて欲しいというと、医師はカルテから顔を上げた。
「お姉さん、医療関係?」
「獣医学部です。立ち上がる時の様子やなんかから、骨や関節の症状ではないように思えて、先輩に相談したんです。そしたら、筋肉関係の疾患の可能性もあるかもと言われて。念のために調べていただければと」
「なるほど、お姉さんは力が入りにくそうな様子が気になっている、と。分かりました。一般的な項目に加えて、CKも入れておきましょう」
血液を採ってから一時間程で結果が出るということで、母と龍太郎は売店に昼食を買いに行ったが、和子と由恵は外のベンチで待っていた。
「それにしても由恵、龍ちゃんのことよく見てたね」
「獣医はね、人間の患者と違って、物言わぬ動物が相手だから、観察が重要なんだ」
「おおー!」
「……って先輩の受け売り」
それは、あの院生の先輩かい? と思ったが、やはり和子は口には出さなかった。
「CK値が高いです」
医師は検査結果を差し出すと、本人である龍太郎や母ではなく、由恵を見ながら言った。そして、龍太郎と母に向き直った。
「CK値というのは、筋肉が傷んだ時に上がる値で、激しい運動をした後にも上がります。龍太郎君、ここ数日、そういう運動はしていないんだよね?」
「してないです。お通夜とお葬式だったし」
「……K大の小児科に紹介状を書きましょう。できるだけ早く診てもらえるよう、こちらから依頼します」
医師は不安そうな龍太郎と母の顔を交互に見て、口角を上げて龍太郎に話し掛けた。
「早く検査を受けて、原因が分かれば安心だからね」
龍太郎と母は青ざめた顔で、こくこくと小刻みに頷いた。
一週間後に龍太郎はK大の小児科を受診することになった。




