表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来はナプキンに書いてある 〜一攫千金を目指す姉妹の昭和・平成奮闘記〜  作者: Tokinapo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/54

第二話 ログイン待ち

 人々は言う。赤ん坊の成長は早いと。だが赤ん坊本人にとってはそうでもない。日々やるせないことが多いのだ。


 和子は人生二回目にして、その事実を骨身に染みて思い知った。いや、まだ骨身というほど骨もしっかりしていない。頭蓋骨の間の隙間だって埋まってない、頭もふにゃふにゃの赤ん坊である。現状では自分の意思で首を動かすことさえ困難なのだから、自分の身体とは言え全く思い通りにはならない。


 最初の目標は、寝返りだった。一回目の人生では眠れぬ夜には何の苦もなくゴロゴロ寝姿勢を変えていたものだ。だが赤ん坊にとっては大事業である。


 右に身体をひねる。

 戻る。

 左に捻る。

 戻る。

 腕が邪魔でなかなか寝返りは果たせない。

 頭が重い。

 腹がつかえる。

 そうこうしているうちに、何かがお腹からこみあげてきて、気づくと大声で泣いていた。


「かずちゃん、どうしたの?」

 若い母が駆け寄ってくる。

「お腹がすいたとね?」

 違う。トレーニング中だ。自立への第一歩として、まずは寝返りを習得しようとしているのだ。


 そう説明したかったが、出てくるのは、

「ふぇー」

 という情けない声だった。


 ありがたく母の乳を吸いながら、和子は思った。赤ん坊がこんなに苦労しているなんて、子の心親知らずだよな。


 数か月後。和子はついに寝返りを習得した。心の中はスタンディングオベーションだった。


 しかし家族の反応はもっと大きかった。

「かずちゃんが、寝返りしたぞ!」

「すごいすごい!」

 両親も祖母も大喜びである。


 一回目に寝返りしたときもこんなに褒められたんだろうか……きっと褒められたんだろうな。何も覚えていないけど。親や祖父母の愛とは有難いものである。


 若い両親と祖母。四十五歳の私からしたら両親より祖母の方が歳が近いくらいだ。こんなに若いのに一生懸命子育てして偉いな。毎回排泄物の始末までさせて大変申し訳ない。将来は株で儲けてお金持ちになって、絶対に親孝行、婆孝行するからね。


 和子は心にそう誓った。


 次の目標は移動、すなわちはいはいである。四肢を連動させるというのは、思った以上に高度な技術だった。

 右手。

 左足。

 左手。

 右足。


 頭では分かっているのに、身体が思うように動かない。和子は毎日畳の上で奮闘した。目的地は明確だった。父の新聞である。


 情報の塊。昭和のインターネット。


 和子はそれを目指して這った。ずりずり。ずりずり。ものすごく遅い。自分でも呆れるくらい遅い。それでも進んだ。前進。また前進。そしてついに、座卓の下に置かれた新聞へ手が届いた。

 

 和子は勝利を確信した。経済面、まずはそれを見なければ。正直一回目の人生では新聞を購読していなかったので、お粗末なことに新聞を読むのは数十年ぶりである。


 どこだ。どこにある。


 和子が新聞を引っ張ると、座卓にいた父が振り返った。


「お、新聞が好きとね?」


 なんでもいいから読ませてくれ。日本経済の現在地を確認したいんだ。


 しかし父は笑いながら、和子から新聞を遠ざけると、代わりにスーパーのチラシを渡した。


 違う!

 和子はチラシをぐしゃぐしゃと握りしめた。私が見たいのは今日の特売ではない。もっとこう、日経平均とか、為替とか、金利とか、そういうやつだ。

 

 だが、赤ん坊の視力にはまだチラシすらも早過ぎるようだった。そもそも文字がぼやけて読めたもんじゃない。さらには手が勝手にチラシを口へ運ぼうとする。


 和子は必死に抵抗した。床に落ちていたチラシを食べる四十五歳。それだけは避けたい。


 だがその努力空しく、和子の涎で色の変わったチラシは父に奪い取られ、ゴミ箱に捨てられるのであった。


***


 前言撤回。赤ん坊の成長は本人にとってもなかなか早いものだ。


 和子はもうすぐ一歳になる。


 ずりはいからはいはいにはスムーズに移行。はいはいができるようになると移動スピードは飛躍的に伸びた。いままでは寝室や居間等、寝かされたところだけが世界だったが、今や母を追って台所や玄関にだって行ける。ただし、大抵父や祖母に抱き上げられて居間に連行されてしまうのだけど。


 今やつかまり立ちもマスターし、数歩なら歩けるようにもなってきた。それに口の周辺の発達も著しいようだ。「あー」とか「うー」みたいな喃語なんごしか口に出せなかったのが、「ママ」「パパ」に加えて、最近では「ばあば」も言えるようになってきた。


「マンマ」と言えば、離乳食への移行も佳境を迎えており、今では和子は一日三回離乳食を与えられていた。母乳やミルク以外のものを口にするのは本当に久々で、毎回楽しみにしてる。


 離乳食が始まって生後八か月あたりで「ママ、マンマ?」と言った時は驚かれたっけ。母の育児書を盗み見たところ、二語文が始まるのは一歳半くらいらしい。それからは気を付けているので、ただそう聞こえたみたいだと両親は思っているみたいだけど。なんといっても中身は四十五歳だからある程度は仕方ないが、極端に赤ん坊らしくない振る舞いは避けなければ。


 二歳になるころには、三語文も解禁した。健診等で見かける周りの赤ん坊を見るに、多少早めではあるが、一回目でも大人三人に囲まれた和子が話し始めるのはかなり早かったらしい。そんなに不自然ではないだろう。


 一回目ではおむつがなかなか外れずには母は苦労したらしいが、今回は二歳半で卒業した。人におむつを替えてもらうという屈辱に、――たとえそれが両親や祖母とは言え――四十五歳のハートは耐えられなかったのだ。皆喜んでくれているが、和子自身が一番喜んでいた。まさにWin-Winのシチュエーションである。


 まだ足元は覚束ないが、少しずつ走ったりもできるようになってきた。そうなると和子の世界は俄然広がってきた。

 近くに住む月齢の近い舞ちゃんのお母さんと母が所謂ママ友になったので、外で遊んだりすることも増えた。和子は元来社交的なタイプではないし、子供が得意なタイプではなかったので、二歳くらいの赤ん坊に毛が生えたような子の相手をするのは骨が折れた。相手がかじって涎でぐちゃくちゃになった積み木を渡されても困惑してしまうのだ。だが、ママ友同士のおしゃべりを聞くのは楽しかった。旦那の愚痴なんて聞こえてこようものなら、何かアドバイスしたくなる気持ちをぐっと抑えるのが大変ではあったけど。


 さて二歳を数か月程過ぎた1983年の春、和子は一計を案じた。


「かずちゃん、ばあばと、ねんね!」

 不自然に思われないように気を付けながら、祖母と寝るのを強請ねだる日を増やしていった。不用意に両親を傷つけたくもないので、両親に大げさに甘えるのも忘れない。子供も結構気を遣うのである。


 由恵ゆえは1984年9月生まれ、つまり今年1983年の年末位には「仕込まれて」いないといけない計算になる。今現在和子は両親と川の字で寝ていたが、二人にはできるだけ仲良くしていただく機会を与える必要がある。自分が間にいてはやりにくかろうと、祖母の部屋でできるだけ寝ることにしたのだ。


 祖母の部屋は一階の玄関の隣で、両親の寝室とは最も遠い。とは言え、古い小さな一軒家である。新婚早々よくこんな家で同居をOKした母に対しては、現代の感覚からすると驚きしかない。


 私ができることはできるだけ二人が快適に事を進められるようにおばあちゃんと大人しく寝てあげることくらいだな。


 和子は祖母の部屋で線香の香りに包まれつつ、両親の健闘を祈った。


***


 果たして1983年が暮れ、1984年がやってきた。


 和子の誕生日である一月末が近くなってきた頃のことである。和子が久々に両親の寝室で母と寝ていると、父が寝室に入ってきた。すると母は起き上がって父と何やら話し出した。和子は目を覚ましたが、二人の邪魔をしないように寝たふりを決め込んだ。


「生理が一か月近く遅れてるって言いよったたい?それで病院に行ったんよ……」

「そしたら?」

「妊娠しとるって……!」


 父は声にならない声を上げ、寝ている和子を起こさないようにそっと母を抱きしめた。


 甘酸っぺえ……


 和子にとって両親の仲の良い様子を見るのは気恥ずかしいものではあったが、心は中年である。二人が仲良くしてくれることは子供としてとてもありがたいことだし、まだ二十代と三十代の二人なのだから微笑ましいとも思う。


 和子を起こさないように、ひそひそと、でも楽しそうに話す二人の声を聞きながら、和子は流れてくる涙を顔を掻くふりをしてそっと指で拭った。


 両親と祖母のことはもちろん好きだし、愛されて幸せな三年間だった。でもやっぱりまともに話ができる相手がいないのは辛かった。産まれてくる由恵が「あの由恵」かは分からない。でもこの希望だけを頼りに案外苦しい赤ん坊生活を乗り切ってきたのだ。


 ねえ、由恵。無事に、早く、この世界に生まれてきてよね。


 母の妊娠期間中、和子は母の身体を気遣った。とはいえ、重い物を代わりに持ってあげることも、家事を手伝うこともできない。自分の無力さを思い知りつつも、由恵が無事に産まれてくるように、母に無理をさせないよう気を付けた。前回は我儘な一人っ子キャラだったみたいだから、ちょっとしたキャラ変だが、由恵の誕生に対するリスク要素は排除しなければならない。と言いつつ、自分の中の幼児の本能が暴れ出し、突然走りだしたくなるのを止められないこともあった。幼児の飛び出しは本当に危ない。何とか四十五歳の本能でなんとか踏み留まる日々だった。


 そして1984年9月某日。木本家からほど近い産婦人科医院に母が入院した。


 和子は誕生日に買ってもらった「おかあさんといっしょ」の「にこにこぷん」のキャラクター、じゃじゃ丸のぬいぐるみを持って、父と祖母と共に処置室の前で待っていた。まだ立ち会い出産は一般的ではないようだった。


 よかった、出産シーンはさすがに、ちょっときつかったかもしれないし……


 じゃじゃ丸の髭を引っ張りながら、和子はそう思う。


 処置室から聞こえる話し声が大きくなり、慌ただしい雰囲気が伝わってくる。


 お母さん、頑張れ!

 由恵、頑張れ!


 じゃじゃ丸を握りしめて、和子はそう祈った。


「フヤー、フギャアアア!」


 産まれた!

 由恵。

 私の妹。

 もしかしたら一回目の記憶を持っているかもしれない私の妹。


 こっちの世界にログインおめでとう!


※小説家になろうとカクヨムで投稿しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ