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未来はナプキンに書いてある 〜一攫千金を目指す姉妹の昭和・平成奮闘記〜  作者: Tokinapo


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第二十四話 十八歳のおかん

 和子の鬱々としたムードはそう長くは続かなかった。ポジティブになったという訳ではない。大学が始まると慌ただしくて、孤独を噛み締めてばかりはいられなくなったのである。


 迎えた入学式。和子は同じ専攻の学生達の中で打ちのめされていた。皆、ものすごく賢そうに見えるし、都会らしく洗練されていて、自分のスーツや靴が何だかみすぼらしく思えた。

 オリエンテーションでの履修説明についていくのも容易ではない。一回目の時にも卒業要件を満たしつつ、教職の単位を満たせるように授業を取るのに苦労したことを思い出す。和子は元々この手のことが得意ではないのだ。2026年であればパソコンやスマホ上で授業を選択すると、履修条件を満たしていなければアラートが出るとか、そもそも条件に合わない授業は選択できなくなっているはずで、シラバスと履修登録用紙を交互に見ながら悩む必要もないのだろう。その点は現代のテクノロジーがたまらなく恋しいのだった。

 

 がむしゃらな数週間が過ぎ、和子には一緒にランチを取る友人もできていた。授業が休講かどうかの確認さえもネットでできない訳で、掲示板など物理的なお知らせが全てだった。そんな環境ではどれだけ人脈があるかが物をいうので、友人や知り合いは生命線ですらあったのだ。


 勇気を出して話しかけてみれば、都会のクールな女性に見えた同級生もホッとした顔で応じてくれた。実のところ、ほとんどの子が地方出身だし、そうでない子も、自分と同じように心の中では子鹿のように震えている。そして、誰かが話しかけてくれたときに、飛び上がりたいくらいに嬉しくなる。みんな一緒なんだと、和子は気づいたのだった。他の専攻に比べると男子の比率も高いが、段々人柄が分かってくると皆真面目ないい子達だった。

 一回目の大学生活に比べると、周りに話しかける勇気が出るまでの時間が短かったような気がする。これも年の功なのだろうと、和子は二回目の人生に感謝するのだった。


 サークルはESS(英語サークル)に入り、英語漬けの毎日だ。高校では英語の天才と呼ばれた和子も、精鋭揃いの英語専攻の中ではただの人だった。帰国子女もいるし、英語の弁論大会で入賞経験がある子もいる。和子は劣等感に苛まれる毎日だった。

 でも和子は英語が好きだった。そして、将来に英語がどれほど役に立つか、今大学生の若い頭脳で学んだことがどれほど身に付くかを知っていた。だから学ぶことは和子にとって喜びだったのだ。


 大学にはパソコン室があり、朝から夜八時まで自由に使用できるのが最高だった。もう電話代を心配する必要はない。『あんころもち』こと和子はしばらく話していなかったチャットルームの仲間と再会することができた。中でも『干し柿』と『ハッピーラッキーボーイ』は同級生ということもあり、早い時間にチャットルームで待ち合わせて話をする機会が増えた。しかも二人とも東京の大学に進学していることが分かり、「いつか会えたらいいね」と話すようになっていた。


 仕送りのない和子が生活していくためには、バイトが不可欠だ。和子はESSの先輩に紹介してもらって、英語の家庭教師のバイトを週に三回するようになった。毎回違うお宅に行くのは大変だが、二時間で三千から四千円稼げるので、コンビニやファーストフードでバイトするよりだいぶ効率が良いのだ。東京都の最低時給は698円と2026年に比べれば随分低かった。


 家庭教師のバイトで良いことは時給だけではない。和子が訪問するお宅のうちの一軒では夕食を出してくれる。一食分が浮くというのはとてもありがたかったし、毎回「おいしいです!」と完食していたら、タッパーに余ったおかずを入れてお土産に渡してくれることもあった。他の二軒もケーキやおせんべい等を出してくれるので、晩御飯代わりにすることもある。そして、一番の利点は比較的長い休みを取りやすいことだ。

 

 平日の家庭教師以外にも、週末は単発のバイトを入れた。和子は長期休みには帰省するつもりだったので、レギュラーのバイトを入れるのは厳しいと思ったのだ。それに、東京ならではのイベント等の単発のバイトができるのは楽しかった。


 ***


 そうこうしているうちに、あっという間に夏休み目前となっていた。T外語大の教室にはクーラーがなく、夏の授業は暑くて耐え難い。そのため、通常より早く七月の第二週には授業を終え、夏休みに入るのだ。和子は夏休みに入ったらすぐに帰省し、一か月滞在する予定にしていた。

 

 この頃には和子には、カラオケに行ったり、お互いの家を行き来するような友達もできた。ESSでは、『おかん』という謎のあだ名まで頂戴していた。

 

 大学に入ると、和子が周りとの精神年齢の差を感じることは少なくなっていた。小学校から十二年の学校生活の中でそれなりの人付き合いと受験を乗り越えた周りの学生達は、すでになかなかに大人なのである。だから和子は自分が際立って大人だと思われるようなことは、もうないと思っていた。でも、ESSに入って、いつでもティッシュとウエットティッシュを持っていて必要な人に渡しているとか、女の子同士のちょっとしたイザコザの仲裁をしてうまく収めたとか、酔っぱらって寝たまま吐いた先輩を横に向かせて吐しゃ物が詰まらないようにしたとか、そんな出来事が重なるうちに、誰かが言いだしたのだ。


「木本さんってお母さんみたいじゃない?」

「分かる!包容力あるよね」


 そして、関西出身の先輩が和子を『おかん』と呼び出して、いつの間にかそのあだ名が定着してしまった。

 普通の十八歳の女の子がおかんと呼ばれたら、嫌がるかもしれない。だが、和子の自認年齢は一回目の人生が終わった四十五歳なのである。結婚が少しばかり早めだったら大学生の子供がいたとしても何らおかしくはない年齢な訳で、そのあだ名には特に異論はなかった。皆、自分から滲み出る四十代の何かを敏感に感知しているのかもしれないと、むしろ感心しているくらいだった。


 かくして、十八歳にしてESSのおかんとなった和子は熊本に帰る日を心待ちにしていた。


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