第二十一話 詐欺師の才能
晩御飯は和子の大好きな手巻き寿司だった。食後は父が買ってきたデコレーションケーキに蠟燭を立てて、和子が吹き消した。ケーキには『和子、合格おめでとう!』と書かれていた。今年一番賑やかで楽しい夕食だった。
和子は部屋に戻り、合格通知書に同封されていた大学のパンフレットをパラパラと見ていた。すると、ドアを叩く音がして、和子がドアを開けると、ノートを持った由恵が立っている。由恵は和子の部屋に入ると、ベッドにドカッと座った。
「姉ちゃん、改めておめでとう!さあ、次は『プロジェクト・G』だよ!」
由恵は着々と偵察を進め、作戦を練っていたのだった。
「姉ちゃんが夏期講習で偵察した結果を受けて、姉ちゃんが受験で忙しい間も私なりにリサーチを進めていたんだ。まずはリサーチしたことを共有するね」
由恵がノートを開いて続ける。
「家庭科の授業で『家族のルーツを調べる』ていう宿題が出たって口実で、お母さんと二人きりの時に色々話を聞いたの。まず渡辺家の面々について聞いてみた。じいちゃんとばあちゃんについてはあまり新しい情報を得られなかった。じいちゃんの趣味はカラオケ、ばあちゃんの趣味は近くの温浴施設に行くことってことくらい……次は、佐多子おばちゃんがどんな人かを聞いてみた。おばちゃんはお母さんより二歳上。渡辺家には娘しかいないから、長女のおばちゃんが親戚筋とお見合いをして、婿を取って跡を継ぐってことになってたんだって。でもおばちゃんは契約社員として働いていた会社で、エンジニアをしていたおじちゃんと恋に落ちたらしい」
二人の馴れ初めを聞くのは和子にとって初めてだった。
「おじちゃんが渡辺家に挨拶に来た時、じいちゃんはかなり失礼な態度を取ったらしい。『うちは農家だ。跡取り娘には相応しい婿を取ってここで同居させる。サラリーマンなんかにはやれん』て。でも『分かりました。娘さんと結婚させていただけるのであれば、渡辺の苗字を継ぐことは問題ありませんし、同居も構いません。会社は辞めませんが、農業は教えていただければ頑張ります』って、おじちゃんは表情も変えずに言ったんだって。これは客間の襖に張り付いてたお母さんが聞いたことだから確実だってさ。おじちゃんの心意気にじいちゃんも折れて、二人が結婚することを認めたらしい」
「へえ、おじちゃん、結構熱い男なんだな。物静かな人だから、気づかなかった」
「そう、かっこいいよね。お母さんはもしおばちゃんが跡を継がなかったら、自分がお見合いさせられるんじゃないかとビクビクしてたみたいよ。もうその時お父さんと付き合ってたから。で、自分とお父さんの馴れ初めもすごく話したそうだったから、断るのに多少苦労した……」
「それは……大変だったな……」
由恵はベッドに腹ばいになった。
「じいちゃんがおじちゃんに一目置いている感じなのは、おじちゃんが国立のK大の工学部を卒業して、いい会社でエンジニアをしてるからっていうのもあるみたい。しかも同居して農業もやってくれてるしね。人柄も誠実だから、『いい婿をもらった』って自慢してるみたいよ。だから、じいちゃんに意見を言う必要があるときは、おばちゃんやお母さんじゃなくて、おじちゃんから言ってもらったりもするんだって」
和子は、祖父が伯父に気を遣っている様子だと感じていた理由を、今日初めて知ったのだった。
「おばちゃんの占い好きは、かなり筋金入りらしい。おじちゃんと付き合う前も占いに行ってたのよって、お母さん苦笑いしてたよ。だから、私はこれを利用できないかなと考えていたの。私達だけでじいちゃんを攻めるより、周りに味方がいたらいいんじゃないかと思って。でもさ、いきなり私が『未来のことが分かる』って言ったとしても、信じてもらえる訳ないじゃん?おばちゃんがそれであっさり信じちゃう人だったら、それはそれでかなり不安だしな。何か近い未来のこと当てて信じさせられたらと思ったけど、うちら、1999年の詳しい記憶なんかないじゃん……」
由恵はノートのページをめくった。
「そんですっかり行き詰ってたんだけど、まずは自分の目でターゲットや周囲を改めてしっかり見たいなと思って、渡辺家に泊まる機会を作ったの」
由恵はそう切り出すと、話し始めた。
私、二月の初めに熊本市の中心部に行く口実を作ったんだ。「友達と大きな本屋さんで分かりやすい参考書を探したい」って。「送って行こうか?」ってお母さんに言われたけど、友達とバスに乗って行くのも楽しみなんだって言ったら、お父さんもお母さんも分かってくれた。今回の人生で積み重ねてきた信頼と実績が効いたね。姉ちゃんと一緒だわ。
そんで、せっかく熊本市まで行くんだから、「渡辺の家に一人で泊まってみたい」て言ったの。そしたら、お母さんが喜んで電話してくれて、みんな大歓迎ってことだった。
友達と別れた後渡辺家に行って、じいちゃん、ばあちゃん、おじちゃん、おばちゃんの四人と夕飯を食べた後、じいちゃんとばあちゃんは早々に寝に行って、おじちゃんはお風呂に入ってたから、おばちゃんと私だけでテレビを見てたの。チャンスだと思ったけど、何を話していいか分からないから、ニュースを見ながらこたつでお菓子を食べてた。
そしたら、ニュースのスポーツコーナーでノルディックスキー世界選手権の特集が始まったの。ノーマルヒルジャンプに出場する男子選手が四人出てきてインタビューに答えてた。しばらくぼーっと見てたんだけど、「あっ」と思ったんだ。私、この結果を知ってるって。日本勢が表彰台を独占するんだって。
え、なんでそんなこと覚えてたかって?ある意味、姉ちゃんのせいなんだよね、覚えてないかなぁ。
一回目の姉ちゃんの前期の二次試験も、今回のT外語大の試験日と一緒だったの。あとで思い出したんだけど。そんで、この日本人の表彰台独占が大きく報道されたのは、二次試験の翌々日の土曜日の朝だったんだ。
あの日、姉ちゃんはものすごくイラついていた。二次試験の手ごたえが悪かったんだと思う。で、朝食の時、姉ちゃんがお母さんに何かきついことを言ったみたいで、お父さんが怒ってひどい口論になったの。それで仕舞にはお父さんが姉ちゃんにビンタしたんだ。姉ちゃん、余程ひどいことを言ったんだろうね。一回目の姉ちゃんは全体的に尖ってた。まあ、思春期だから仕方ないかもだけど。
その時テレビで「男子ノーマルヒル、札幌オリンピック以来二度目の表彰台独占!」ってニュースが流れて、それを見ながら黙々とパンを噛み締めてた記憶が妙に頭に残ってたんだ。気まずいムードとテレビのお祝いムードのコントラストがすごくってさ……それに、お父さんって滅多に手を上げることないじゃない?それでよく覚えてたのもあるかも。え、姉ちゃん、覚えてないの?そうかー、案外本人は覚えてないもんなんかな。
とにかく急にそれを思い出して、あんまり考えることなくぽろっと言っちゃったの。「ねえ、おばちゃん、この中の三人が世界選手権で表彰台を独占するよ」って。そしたらおばちゃん、「さすがに表彰台独占は厳しかど。でも当たったら、由恵ちゃんはすごい占い師ね」って笑ったんだ。それで、私、はっとしたんだ。座り直しておばちゃんに向き合って、真面目な顔をして、もう一度言った。
「おばちゃん、本当に日本はこの種目で金銀銅を取るよ。そうしたら、一度私の話を聞いてほしい。おばちゃんに話したい事があるけど、今聞いても信じないと思うから、この結果が出たら話をさせて」って。
おばちゃん、ちょっと微妙な顔をしたけど、「分かった、もし由恵ちゃんの予言が当たったら、おばちゃんから電話を掛けるって約束するたい」ってちょっとおどけて言ったんだ。
で、ご存じの通り、日本は表彰台を独占して、土曜の朝、おばちゃんから電話がかかって来たの。「由恵ちゃん、当たったね。約束通り話ば聞くよ」って。それで「おばちゃんと二人で話がしたい」って言ったら、お母さんにうまく話してくれて、おばちゃんがうちに私を迎えに来て、ご飯に連れて行ってくれることになったの。
おばちゃんはすぐにでも話したそうだったけど、誰が聞いてるか分からないし、レストランで食事をした後で、駐車場で話をすることにした。
「おばちゃん、じいちゃんの農地が売れたらかなりの金額が手に入るよね?」って切り出したら、「お母さんに聞いたとね?」っておばちゃんは、びっくりしてた。
「ううん、違うの。実は夢の中に知らないお爺さんが出てきて、何か言いたそうにしてたんだ。ある日友達のところに行ったら、その子のおばあさんに、『由恵ちゃんのご先祖様が言いたいことがあるっておっしゃっとんなはるけん、私から伝えさせてくれんかね?』言われて……。そのおばあさん、拝み屋さんをされてたらしいの」
って。そうそう、もちろん嘘だよ。でも私の予言として伝えて、細かい事情を聞かれても困るし、今後心霊少女として頼りにされても困るってことで、架空のおばあさんにご登場願ったんだ。
「そのおばあさんが、『ご先祖様は由恵ちゃんのおじいさんが先祖代々の農地を売ってかなりのお金ば手に入れる、でもそのお金は2000年9月にはのうなってしまうって言いよんなはる』って言っていたの。それで、おばちゃんと姉ちゃんに相談しなさいって。でも何も証拠がないとおばちゃんは信じてくれないだろうから、スキージャンプで表彰台独占することを教えてくれて、これを『おばちゃんに言ってみてごらん』って言われたの。私も半信半疑だったけど、あの結果を見て初めて、おばあさんが言っていることが本当だと分かったんだ……」
おばちゃんは半分くらい信じているように見えたけど、同時にこんなこと信じていいのかって感じだった。それで更に言ったんだ。
「おばあさんは、じいちゃんがお金をなくすこと自体をどうにかできるかと言ったら難しいって言っていた。だからこそ、お金が無くなる前にじいちゃんから、おばちゃん家やうちにできるだけお金をもらっておいた方がいいってご先祖様が言っているって言うの。ご先祖様も先祖代々の土地を売って得たお金が子孫達のために使われないのは忍びないって。それで、私を通じて、おばちゃんや姉ちゃんに働きかけて、少しでもお金を守れないかって思って、おばあさんを通して話をしてきたんだって。私の言うことは全部信じてくれなくてもいいけど、ご先祖様が言っていることに心当たりがあったら、少しでも味方してくれたら嬉しい……」
そう言ったら、おばちゃんは躊躇いがちに、でもしっかりと頷いたんだ。それで、姉ちゃんが合格したら学費を出して欲しいって切り出して話をしようと思ってるから、その時に協力してほしい。また相談しようって、話をしてその日はお開きになったんだ。
「由恵、お前、すごいな……超有能……」
和子は唸ると、由恵は誇らし気に笑った。和子が続ける。
「もしかして天職、詐欺師、じゃない?」
「おい!」
由恵は和子の肩に強めのツッコミを入れると続けた。
「とにかく、おばちゃんは味方になってくれた。あとじいちゃんに対して龍ちゃんを効果的に使えないかなとは思ってるけど、まだ具体的には考えられてない。おじちゃんも味方になってくれればいいけど、理性的で現実主義な人だから厳しいと思う。ともかく、今のところこれが私達の持ち駒のすべて。」
今週末、和子の合格発表の報告を兼ねて、和子と由恵は二人で渡辺家を訪問することにした。その日がプロジェクトの決行日である。その日に向けて、二人は計画を練るのであった。




