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未来はナプキンに書いてある 〜一攫千金を目指す姉妹の昭和・平成奮闘記〜  作者: Tokinapo


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第九話 プロジェクト・A

 1992(平成4)年 9月29日、アンコは一歳になった。実際の誕生日がわからないので、アンコが木本家に来た日が誕生日として設定されているのである。


 小さな茶色の毛玉だったアンコはみるみる成長した。と言っても、体重は七キロと小型犬サイズである。脚がやけに長いので同じサイズの犬と比べると明らかに体高が高い。茶色の巻き毛も相まって、散歩をしていると「何の種類ですか?」と尋ねられることが多かった。

 アンコが大きくなってきた時、外飼いにしようと母が提案したが、由恵は断固として受け入れなかった。だからアンコは今日も居間に置かれた専用の丸いクッションの上で丸くなって寝ている。

 長い脚で走り回るのが大好きで、朝は早起きの父が、夜は和子と由恵が散歩していた。皆、アンコには人間の食べ物をあげないよう心掛けていたが、捨て犬でひもじい思いをしていたであろうアンコは激しく食い意地が張っていた。しかも自分に弱い人を見分けるちょっとしたズル賢さも持ち合わせている。祖母が朝食のトーストを食べているのと、アンコは座卓の下にひそみ、祖母の膝をそっと引っ掻く。こうすれば祖母が耳の部分をお裾分けしてくれるのを、よく知っていたのである。


 日経平均は激しく上下を繰り返しながら下がっていたが、まだ下がり止まってはいないようだった。詳しくは年表に書いていないから分からない。和子と由恵が薄らとした記憶を補完しあって、達した結論は以下だった。


 低迷していた日経平均は2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災で更に打撃を受けたはず。それが反発に転じるのは安倍総理のアベノミクスがきっかけだったと記憶している。ただ、第一次安倍政権は短命に終わったはずなので、アベノミクスはきっと第二次の時のはず……ただそれが何年なのかは二人とも覚えていなかった。なんとも頼りない記憶で、これを基に株を買うのはあまりにも怖すぎる。


 この頃には二人とも現時点で株を買うのはさすがに無理だと諦めていた。和子は中学生になったとは言え、1990年代の田舎の子供には株はあまりにも遠かった。具体的な銘柄を覚えているのは米株だけであることを思うと、購入できる日がいつになるのか見当もつかなかった。

 

 大分寒くなってきたある日、学校から帰ってきた和子と由恵は、日課であるアンコの散歩に出かけた。家から十五分程の河川敷に行って、橋を渡り、堤防をぐるっと一周して別の橋を渡ってこちら側戻ってくるという、約一時間程のコースである。小型犬の割には体力のあるアンコに合わせて歩くので、少し息を切らしながらも、2026年のこと、経済のことを話すのが日課で、最近は学校であった面白いことを話すことも増えていた。でも、最近の由恵は静かだった。

 

 今日も和子はあれこれ話しかけたが、由恵はあまり口を開かない。いつにも増して由恵は静かだった。しばらく気まずい沈黙が続いた後、由恵が突然言った。


「姉ちゃん、私、弟か妹が欲しい……」

「あんた、何を言い出すの?」


 アンコのリードを持つ和子が突然立ち止まったので、アンコが不思議そうに二人を交互に見た。

 

「実はずっと考えてた」


 由恵が続ける。


「一回目の人生、私達はもっとずっと手のかかる子供だった。我儘だったし、親の言いつけを全然守らないし、好き嫌いは多いし。でも二回目の私達は全然違う。勉強はものすごくできるし、人付き合いも卒なくこなし、親を困らせることはほとんどない」

「そりゃ中年だからな……」

「姉ちゃんなんて一回目は、特にとんでもなく面倒臭い子供だった。スーパーのお菓子売り場でひっくり返って泣いてたのを私はしっかり覚えている……」

「古傷をえぐるなよ……それが弟や妹とどうつながるっていうの?」


 和子は由恵を促すと、堤防に伸びた階段を降りて川辺のベンチに座った。アンコは二人の足元に寝そべって、前足に顎を乗せて休んでいる。


「姉ちゃん、私達は聞き分けが良過ぎる……これはお父さんとお母さんから子育ての醍醐味を、難しさに思い悩む権利を奪っているとも言えるんじゃないだろうか?だから……弟か妹を作ろうよ……」


 和子は思う。由恵の言っていることは分からんでもない。木本家には本当の意味での子供はいないのだ。両親は気づいてはいないけれども。それは両親にとって、本当に幸せなことなんだろうか。


 でも……


「由恵、弟も妹も一回目にはいなかったんだよ。もしできたら、それが未来を変えるかもしれない。そしたらあの年表が無駄になるかも……それにうちは裕福じゃない。もう一人分の学費はどうする?」


 由恵は少し真剣な顔をして考えて、そして笑った。


「私もそれはちょっと考えた。でも姉ちゃん、木本家だよ。熊本の田舎だよ。そこで赤ん坊が一人生まれたからと言って、世界経済に影響は、ない。お金は私達が株で稼げばいいじゃない?」


 和子はふっと息を吐くと、軽く吹き出した。


「それもそうだな……そもそも弟や妹は私達が作ろうと思ってできるものでもないし、お父さんとお母さんにちょっとしたきっかけを与える位はしてもいいかもしれない……それでできたら、それも運命か……」

「よし!じゃあ『赤ちゃんプロジェクト』!……は直接的すぎるか。赤ちゃんだから『A』!『プロジェクト・A』始動だ!」


 由恵が右手を振り上げると、アンコが立ち上がり、はち切れんばかりに尻尾を振った。


 ***


「順番を間違えたらだめだ」


 由恵の「じゃあ、まず私が『パパ、ママ、弟か妹が欲しいなあ』って言うね」に対する和子のダメ出しだ。


「まず、由恵がばあばと私の寝室で寝る機会を増やし、両親が二人きりになるチャンスを設ける。『弟か妹が欲しいなあ』はその後だ」

「なんで?さっさと『欲しい』って言った方がよくない?」


 由恵は不満そうである。


「考えてもみなよ、そんなん言った後に由恵が頻繁にこっちの部屋で寝るようになったら、不自然じゃないか。まるで、『さあ、子作りしてください』って言ってるようなもんじゃんか」

「姉ちゃん、考えすぎじゃね?私、小学三年生だよ?そんな邪推する親いないだろ!」

「それもそうか……」


 話し合いの結果、二人の意見を総合して決定した『プロジェクト・A』の計画はこうだ。


 まず、由恵が「今日はばあばの部屋で寝る」と言う日を増やす。週に一回を目安に。いきなり毎日いなくなって、「いつでもできる」と思わせるのも、それはそれでよろしくない。特別感を感じさせる程度の頻度を保ちたい。それを二、三か月程続けたところで、由恵の「パパ、ママ、弟か妹が欲しいなあ」を投下する。中学一年生の和子が言うのは、さすがに生々しいのではないかとのことで却下になった。


「由恵が生まれる前に私も似たようなことやったけど、あんたと一緒にやる日がくるとは思わなかったよ」


 和子はしみじみと、言ったのだった。

 それはもう、しみじみと。

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