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第34話「独り」

 ミカゲがグランたちの元へ向かっている間、ツカサは一人で店にいた。


 戸は閉めてある。


 暖簾も出していない。


 外から人の声が聞こえるたびに、肩が跳ねた。


 ミカゲに言われた通り、誰が来ても開けてはいけない。


 でも、誰かが来る前に、自分が出ていくべきだと思った。


 グランとライトは、昨夜の自分を見た。


 顔までは見られていない。


 けれど、近づいている。


 ミカゲは今、二人に会いに行っている。


 話を聞く。


 犯人の姿を聞く。


 黒い外套。


 小柄な体。


 女かもしれない。


 その言葉だけで、きっと何かが引っかかる。


 ツカサの姿に。


 ツカサの最近の様子に。


 夜に眠れていないことに。


 手を洗う回数が増えたことに。


 ミカゲの体調が悪くなるたび、誰かが死んでいることに。


 ミカゲは優しい。


 でも、鈍くはない。


 いつか気づく。


 気づかれる前に、消えなければならなかった。


 ツカサは台所に立った。


 使い慣れた包丁。


 何度も洗った鍋。


 祖母の帳面。


 ミカゲの椀。


 どれも見慣れている。


 どれも、置いていくには重すぎた。


 棚の奥にある箱へ目が向く。


 もらったものを入れた箱。


 最初は小さかった。


 今は、少し大きい。


 それでももう、ふたが閉まりきらなくなっている。


 ツカサは箱を引き寄せた。


 開ける。


 古い髪紐。


 赤い糸。


 菓子の包み。


 木剣の欠片。


 小さな金具。


 雨除けの布の端。


 エイルがくれた菓子の包み。


 どれも捨てられなかった。


 誰かがくれたものだから。


 誰かが、確かに自分へ向けて差し出してくれたものだから。


 捨てられるはずがない。


「持っていけない」


 ツカサは呟いた。


 持っていけば、追われるかもしれない。


 置いていけば、捨てたことになる気がした。


 どちらも嫌だった。


 箱の中で、ミカゲがくれた髪紐が目に入る。


 買い物に行った帰り、似合うと思ったから、と渡されたもの。


 ツカサはそれだけを手に取った。


 握る。


 それから、また箱に戻した。


 駄目だ。


 一つでも持っていけば、全部持っていきたくなる。


 全部持っていけないなら、何も持っていけない。


 ツカサは箱のふたを閉めた。


 ふたは少し浮いた。


 手で押さえる。


 ちゃんと閉まらない。


 それを見て、胸が詰まった。


「ごめん」


 箱に向けて言った。


 誰への謝罪か分からなかった。


     ◇


 ツカサは、店の奥の部屋へ向かった。


 ミカゲの髪に使う油の瓶が置いてある。


 残りは少ない。


 最近、手入れのたびに使っていた。


 ミカゲの髪は、また綺麗に戻ってきている。


 訓練で傷み、体調を崩して少し細くなった髪。


 それを、少しずつ整えた。


 この瓶を置いていけば、ミカゲは分かるだろうか。


 自分で使うだろうか。


 それとも、触れられなくなるだろうか。


 ツカサは瓶を布で包み、机の上に置いた。


 その横に櫛を置く。


 いつも使っていたもの。


 ミカゲの髪に通すたび、指先に生きている感触があった。


 その感触を確かめるために、最近は必要以上に髪を見ていた。


 ミカゲは気づかなかった。


 少し呆れて笑っていた。


 その笑顔を思い出して、ツカサは目を閉じた。


 行かなければ。


 今なら、まだミカゲはいない。


 今なら、置いていける。


 戻ってきたミカゲに、自分を見られずに済む。


 ツカサは短く息を吸った。


 そして、自分の袖を見た。


 昨夜、影が走った時に裂けた箇所がある。


 血は洗った。


 でも、完全には落ちていない。


 これを残せば、ミカゲはどう思うだろう。


 襲われたと思うかもしれない。


 忌子に殺されたと思うかもしれない。


 それは嘘だ。


 最低の嘘だ。


 でも、ツカサが犯人だと知られるよりはいい。


 ミカゲが自分を憎まずに済む。


 いや。


 違う。


 自分が、ミカゲに憎まれるのが怖いだけだ。


 ツカサは唇を噛んだ。


 逃げるのだ。


 ミカゲのための顔をして。


 自分を守るために。


 それでも、もうここにはいられなかった。


     ◇


 ツカサは裏口から出た。


 外套を深く被る。


 昼間の街は、いつもより静かだった。


 人が少ない。


 戸は閉まっている。


 窓の隙間から、誰かが外を見ている。


 殺人が続いている街の昼だった。


 ツカサは路地を抜けた。


 誰にも会いたくなかった。


 誰にも声をかけられたくなかった。


 それなのに、角を曲がったところで、老人と目が合った。


 店の常連だった。


 祖母の頃から通っていた人。


 ツカサの料理に、最初は味が遠慮していると言った人。


 最近は、ちゃんと腹に残る味になった、と言ってくれた人。


「ツカサちゃん?」


 老人が声をかける。


 ツカサは足を止めた。


 止めてしまった。


「どこへ行くんだい」


「少し、用事です」


「一人でかい。危ないよ」


「大丈夫です」


「ミカゲちゃんは?」


 その名前に、胸が痛む。


「すぐ戻ります」


 嘘だった。


 老人は少し心配そうに眉を下げた。


「顔色が悪いね」


「平気です」


「平気って顔じゃない」


 老人は手に持っていた小さな包みを差し出した。


「これ、持っていきなさい。干した果物だ。少し甘いものを食べた方がいい」


 ツカサは動けなかった。


 また、もらう。


 もらってしまう。


 捨てられないものが増える。


「いえ」


「いいから」


 老人は笑った。


「こんな時は、少しでも食べないと体がもたない」


 ツカサは包みを受け取った。


 断れなかった。


 指先が震える。


「ありがとうございます」


「気をつけて帰るんだよ」


「はい」


 帰れない。


 それでも、そう答えた。


 ツカサは歩き出した。


 包みを握る手に、力が入る。


 捨てられない。


 食べることもできない。


 持っていくことも、置いていくことも苦しい。


 ツカサは路地の奥で立ち止まり、包みを胸に押し当てた。


「ごめんなさい」


 小さく言った。


 そのまま、街の外へ向かった。


     ◇


 ミカゲはグランとライトの話を聞いていた。


 昨夜、犯人らしき者を見たこと。


 黒い外套を着ていたこと。


 小柄だったこと。


 女の可能性があること。


 死の影のような力を使ったこと。


 殺されているのは、人を助けようとしていた者ばかりであること。


 グランの話を聞くうちに、ミカゲの手は強く握られていった。


「忌子、なんですか」


「可能性が高い」


 ライトが答えた。


「死の英雄の?」


「まだ断定できない。ただ、死に関わる権能に近い」


 ミカゲは唇を噛む。


「エイルさんも、その忌子に」


「おそらく」


 グランの声は低かった。


 ミカゲは目を伏せた。


 胸の奥で、何かが熱くなる。


 怒り。


 恐怖。


 悔しさ。


 エイルが殺された。


 街の人たちも殺されている。


 そして、その犯人はまだどこかで息をしている。


「私にも、できることはありますか」


 ミカゲは顔を上げた。


 グランはすぐには答えなかった。


 ライトも、ミカゲを見ていた。


「今のお前は本調子じゃない」


 グランが言う。


「分かっています」


「分かってるなら」


「それでも、何もしないよりはいいです」


 その言葉に、グランは苦い顔をした。


 前にも似たようなことを聞いた。


 守りたいから剣を教えてほしい。


 あの時のミカゲは、真っ直ぐだった。


 今も真っ直ぐだ。


 けれど、その真っ直ぐさは前より少し危うい。


「巡回には出すな」


 ライトが言った。


 ミカゲがライトを見る。


「だが、情報の整理なら手伝える。街の人の顔と動きは、君たちの方が詳しい」


「それならできます」


「無理はするな」


「はい」


 ミカゲは頷いた。


 グランが少しだけ息を吐く。


「本当は、家にいろって言いたいんだけどな」


「言われても来ます」


「だろうな」


「すみません」


「謝る顔じゃねえだろ」


 グランは頭をかいた。


「ツカサは家か」


「はい。戸締まりして、誰が来ても開けないようにって言ってきました」


「なら、早めに戻ってやれ。あいつも相当参ってる」


「分かってます」


 ミカゲは頷いた。


 ツカサの顔色はずっと悪い。


 夜も眠れていない。


 何か隠している気がする。


 でも、それはエイルが死んだからだと思っていた。


 自分が体調を崩しているから、無理をしているのだと思っていた。


 だから早く戻らなければ。


 そう思った。


     ◇


 店に戻る道で、ミカゲは少し急いだ。


 体はまだ完全ではない。


 走ると息が上がる。


 それでも、足が早くなる。


 ツカサが待っている。


 そう思っていた。


 戸の前に着いた時、違和感があった。


 静かすぎる。


 中から物音がしない。


 いつもなら、ツカサは何かをしている。


 鍋を動かす音。


 水を汲む音。


 帳面を開く音。


 何かしら、生活の音がある。


 それがなかった。


「ツカサ?」


 ミカゲは戸を叩いた。


 返事はない。


「ツカサ、開けるよ」


 鍵はかかっていなかった。


 その時点で、胸の奥が冷たくなった。


 ツカサなら、絶対に鍵をかける。


 ミカゲにそう言われたのだから。


 ミカゲは戸を開けた。


 店の中は暗かった。


 誰もいない。


「ツカサ?」


 もう一度呼ぶ。


 返事はない。


 ミカゲは奥へ進んだ。


 台所。


 誰もいない。


 寝室。


 誰もいない。


 机の上に、櫛と髪油の瓶が置かれていた。


 いつも使っているもの。


 きちんと布の上に並べられている。


 まるで、誰かに渡すためのように。


 ミカゲの喉が詰まった。


「何、これ」


 声が震える。


 机の端に、布切れが落ちていた。


 ツカサの袖の一部。


 見覚えがある。


 昨夜、少し裂れていたところ。


 その布には、薄く赤黒い染みがついていた。


 ミカゲの視界が揺れた。


「ツカサ」


 今度の声は、呼びかけではなかった。


 悲鳴に近かった。


 ミカゲは部屋を飛び出す。


 裏口が少し開いている。


 地面に、わずかな赤い跡があった。


 血。


 少量だった。


 でも、確かに見えた。


 その先は路地へ続いている。


 ミカゲは膝から力が抜けそうになった。


 でも、立った。


 立たなければいけない。


「ツカサ!」


 叫ぶ。


 返事はない。


 路地には誰もいない。


 風だけが通り抜けた。


     ◇


 グランとライトが駆けつけたのは、それからしばらく後だった。


 ミカゲが人を呼んだ。


 街の人たちも集まってきた。


 店の中を見て、皆が青ざめた。


 ツカサがいない。


 裏口が開いている。


 血のついた布。


 机に残された櫛と髪油。


 もらったものを入れた箱は、そのまま残っていた。


 それを見た時、ミカゲの顔から色が消えた。


「おかしい」


 ミカゲは呟いた。


「ツカサ、これ置いていくわけない」


 箱のふたは少し浮いている。


 中には、いろいろなものが詰まっている。


 人からもらったもの。


 ツカサが捨てられなかったもの。


 置いていけるはずがない。


 自分の意思で出ていったなら。


 ミカゲは箱を抱えるようにして座り込んだ。


「おかしいよ」


 グランは部屋を見回した。


 表情が険しい。


「争った跡は少ないな」


「裏口の血は?」


 ライトがしゃがんで確認する。


「量は少ない。致命傷ではない可能性が高い」


「でも連れ去られた可能性は?」


「ある」


 その言葉に、ミカゲが顔を上げた。


「忌子に?」


 ライトはすぐには答えなかった。


 ミカゲの顔が歪む。


「昨日、犯人は見られたんですよね。黒い外套で、小柄で、死の影みたいな力を使うって」


「ミカゲ」


「ツカサ、一人で家にいました。私が鍵をかけてって言ったのに、鍵が開いてた。裏口に血もあって、ツカサの布も落ちてて」


 言葉が早くなる。


 止められない。


「犯人が来たんじゃないですか」


 グランの顔が険しくなった。


 ミカゲは続ける。


「エイルさんを殺したやつが、ツカサも」


 そこで声が潰れた。


 言いたくなかった。


 でも、頭の中にその可能性が浮かんで消えない。


 ツカサが襲われた。


 連れ去られた。


 もう殺されたかもしれない。


 どこかに、昨夜の人たちと同じように倒れているかもしれない。


 ミカゲは箱を強く抱きしめた。


「嫌だ」


 小さな声だった。


「嫌だ、そんなの」


 グランは拳を握った。


「まだ決まったわけじゃない」


「でも」


「決まってない」


 強く言った。


 ミカゲを支えるためでもあり、自分に言い聞かせるためでもあった。


「探す。すぐに探す」


 ライトも頷いた。


「街の外へ出た可能性もある。目撃情報を集める」


「私も」


「ミカゲはここに」


「嫌です」


 即答だった。


 ライトはミカゲを見る。


 ミカゲの目は涙で濡れていた。


 でも、折れていなかった。


「ツカサがいないんです」


 声が震えている。


「待っていられません」


 グランは何か言おうとして、止めた。


 止めても無駄だと分かっていた。


 それに、もし自分の大事な相手が同じ状況なら、待っていられるはずがない。


「無茶はするな」


 グランは低く言った。


「俺の近くにいろ」


「はい」


「勝手に走るな」


「……はい」


「今の間は何だ」


「走りそうだから」


「正直でよろしい、じゃねえんだよ」


 いつものように怒鳴る余裕はなかった。


 それでも、少しだけいつもの形に戻そうとした。


 ミカゲは泣きそうな顔で頷いた。


     ◇


 街中に、ツカサがいなくなったという知らせが広がった。


 人々はざわめいた。


 あの子まで。


 そんな声があちこちで漏れた。


 祖母の店の子。


 料理を作ってくれる子。


 いつも丁寧に頭を下げる子。


 ミカゲの隣にいた子。


 そのツカサが消えた。


 しかも、殺人が続くこの時に。


 誰もが同じ可能性を思い浮かべた。


 忌子に襲われたのではないか。


 エイルの次に。


 街の人たちの次に。


 今度はツカサが。


 目撃情報は少なかった。


 ただ、一人の老人が言った。


「昼頃、ツカサちゃんを見たよ」


 ミカゲはすぐに詰め寄った。


「どこでですか」


「西の路地の方だ。外套を被って、一人で歩いていた」


「怪我は?」


「分からない。ただ、顔色は悪かった」


「何か言ってましたか」


「少し用事だと。すぐ戻ると言っていた」


 ミカゲの喉が震えた。


 すぐ戻る。


 ツカサがそう言った。


 でも戻っていない。


 老人は手元を見た。


「干した果物を渡したんだ。食べなさいって」


 ミカゲは息を呑んだ。


「受け取ったんですか」


「ああ」


 ミカゲの目から、涙が落ちた。


 ツカサは、人からもらったものを捨てられない。


 受け取ったなら、持っているはず。


 それを持ったまま、どこかへ行った。


 自分の意思で消えたのか。


 誰かに襲われたのか。


 分からない。


 でも、もし襲われたのなら。


 あの包みを握ったまま、どこかで倒れているかもしれない。


「探さなきゃ」


 ミカゲは呟いた。


「探さなきゃ」


     ◇


 日が暮れても、ツカサは見つからなかった。


 街の西側。


 外へ続く道。


 路地。


 倉庫。


 空き家。


 探せる場所は探した。


 血の跡は途中で途切れていた。


 それが余計に不気味だった。


 連れ去られたのか。


 自分で歩いたのか。


 誰にも分からない。


 夜になると、グランはミカゲを店に戻そうとした。


 ミカゲは首を振った。


「まだ探せます」


「夜は危ない」


「ツカサはもっと危ないかもしれない」


「だからこそ、お前まで危ない目に遭わせられない」


「でも!」


 声が大きくなった。


 ミカゲはすぐに唇を噛む。


 グランは責めなかった。


 ライトが静かに言った。


「ツカサを見つけるためにも、君が倒れてはいけない」


「……分かってます」


「今夜は私たちが探す。君は店で待て」


「待てません」


「待つのも役目だ」


 ライトの声は厳しかった。


 でも、冷たくはなかった。


「ツカサが戻るかもしれない。戻った時、君がいなければどうする」


 ミカゲは黙った。


 その可能性だけが、足を止めた。


 ツカサが帰ってくるかもしれない。


 戸を開けて、ただいまと言うかもしれない。


 顔色が悪くて、でもいつものように平気だと言うかもしれない。


 それなら、待たなければ。


 ミカゲは小さく頷いた。


「……戻ります」


 グランが少しだけ息を吐いた。


「何かあったらすぐ知らせる」


「はい」


「鍵をかけろ」


「はい」


「一人で出るな」


「……はい」


「今また間があったぞ」


「出たくなるからです」


「正直でよろしい、だから違うっての」


 グランは頭をかいた。


 ミカゲは少しだけ笑いかけた。


 でも、笑えなかった。


     ◇


 夜。


 ミカゲは店の中で一人だった。


 鍵をかけた。


 戸締まりもした。


 灯りはつけたままにしている。


 ツカサが帰ってきた時、分かるように。


 机の上には、櫛と髪油の瓶がある。


 ミカゲはそれを見つめていた。


 昨日の夜も、ツカサは髪を梳いてくれた。


 今日の朝も、また髪を見ると言った。


 少し絡んでいるからと。


 本当は絡んでいなかった気がする。


 でも、ツカサは丁寧に梳いた。


 あの手は少し冷たかった。


 あの時、もっとちゃんと聞けばよかった。


 どうしたの。


 何を隠してるの。


 苦しいなら言って。


 半分こでしょ。


 言った。


 でも、届かなかったのかもしれない。


 ミカゲは箱を開けた。


 ツカサが残していった、もらいものの箱。


 中にあるものを一つずつ見る。


 どれも、ツカサが大事にしていたもの。


 捨てられなかったもの。


 置いていったのなら、よほどのことがあったはずだった。


「帰ってきてよ」


 ミカゲは箱に向かって呟いた。


「怒らないから」


 嘘だった。


 怒るかもしれない。


 泣くかもしれない。


 抱きしめるかもしれない。


 全部するかもしれない。


「帰ってきて」


 返事はない。


 外で風が鳴った。


 ミカゲは戸の方を見た。


 誰かが立っている気がした。


 けれど、足音はしない。


 戸も開かない。


 ツカサは帰ってこなかった。


     ◇


 街の外れ。


 ツカサは木々の影に身を潜めていた。


 遠くに、メーランの灯りが見える。


 あそこにミカゲがいる。


 きっと、探している。


 泣いているかもしれない。


 怒っているかもしれない。


 自分が死んだと思っているかもしれない。


 その方がいい。


 そう思おうとした。


 でも、胸が裂けそうだった。


 手の中には、老人にもらった干した果物の包みがある。


 捨てられなかった。


 開けることもできなかった。


 握りしめすぎて、包み紙が少し皺になっている。


「ごめんなさい」


 ツカサは夜の中で呟いた。


 ミカゲへ。


 老人へ。


 街へ。


 誰にも届かない謝罪だった。


 ナラクの声が低く笑う。


 独りになったな。


 ツカサは答えなかった。


 独りになった。


 自分で選んだ。


 選ぶしかなかった。


 けれど、ミカゲがいない夜は、思ったよりも寒かった。


 ツカサは外套を握りしめる。


 帰れない。


 もう帰れない。


 でも、遠くの灯りから目を離せなかった。


 あの場所には、ミカゲの朝がある。


 自分が壊してはいけない朝がある。


 その朝を守るために、自分は夜の中へ消える。


 そう言い聞かせても、足は一歩も軽くならなかった。


 ツカサは木の根元に座り込んだ。


 膝を抱える。


 干した果物の包みを胸に押し当てた。


 もらったものを捨てられない。


 もらった命も捨てられない。


 もらった言葉も、約束も、全部捨てられない。


 だから、何もかも抱えたまま、遠くへ行くしかなかった。


 夜は長かった。


 ミカゲのいない夜は、終わらないように長かった。

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