13-2.巡る季節
夕日が差し込む職員室で、私は美月先生に声をかけました。室内には他の先生の姿はなく、静かな空気が流れています。
パーテーション横の応接スペースに移動しようか、と先生は言いましたが、私はここで大丈夫だと告げました。
先生は開いていたノートをそっと閉じます。それから、少しだけ震える指を握り込むようにして、私の方を見ました。
「悠也⋯⋯水瀬君とは親戚でね。その⋯⋯あの子、明るいでしょう? だから、転校してきた貴方のことも、気にかけてあげてほしいってお願いしていたの」
一度言葉を切って、先生は視線を落とします。
「⋯⋯失礼な話だけど、少し、浮いているように見えたから」
先生は言葉を選ぶように、ゆっくり話します。
「「でもね、あの子が私に話してくれたのは⋯⋯貴方は、自分を持っているしっかりした子で⋯⋯話していて楽しいって、そういうことだったの」
『確かにさ、東がクラスに馴染んでるかって言われたら、そうじゃないかもしれない。でも東が悪いワケじゃないよ』
『⋯⋯』
『そりゃちょっと高飛車なところがあるかもしれないけど、俺達だって最初から色眼鏡で見てたし、お互い様だろ』
『でも、一人ぼっちはまずいでしょう?』
『どうかな。俺、前はさ、皆と仲良くするのが正解だって思ってたし、一人でいるやつは本当は寂しいんだろって思ってたけど⋯⋯ 東と話し、ああいうのは、ただの決めつけかもなって思った』
『悠也がそんなこと言うなんて、珍しいわね』
『そうか? でもさ、皆それぞれ考えてること違うじゃん。当たり前だけど⋯⋯俺ちゃんと分かってなかったなって。まあでも東は意外とカッコつけだから、困った事があっても自分から言わないかもな』
『それが困るのよね、何かあったら』
『じゃあ俺が見とくよ。様子っていうか、⋯⋯面倒見る感じ?』
『ありがたいけど、教師としてそこまで貴方に頼るわけにはいかないわ』
『梓⋯⋯じゃない、美月先生に頼まれたからじゃないよ。⋯⋯東は、俺の大切な友達だから』
「大切な友達だなんてクサイ台詞、恥ずかしいから絶対他で言うなって言われたんだけど⋯⋯貴方は知る権利があるものね? 言っちゃった」
美月先生は、イタズラっぽく笑いました。その笑顔は人好きする水瀬君に少し似ています。
「東さん、もう本当に今は大丈夫なの?」
色素の薄い目が、まっすぐこちらを見ていました。
「はい。前よりは、過ごしやすいです」
「そう。何かあったら、いつでも言ってね。私じゃ頼りないかもしれないけど」
その言い方があまりに柔らかくて、喉の奥が詰まるような感覚がしました。
先生は、最初から少しも私の事を責めません。それどころか、私を気遣ってそれ以上は聞かないのです。
(人前で、あんな失礼なこと言ったのに)
恥をかかせた。あまつさえ生徒の前で。
先生は教師としての仕事を全うしただけなのに。
あの日のあと、大きな騒ぎにはなりませんでした。
どうして収まったのか、詳しくはわかりません。ですが、多分先生の方で多少なりとも取りなしてくれたのでしょう。もしかしたら、他の先生からも何か言われたかもしれません。
私は、ずいぶんと高飛車で傲慢で、先生は最初からずっと大人でした。
本当は謝りたかったのに、出来ませんでした。私は意気地なしです。
みっともない自分を、自分の中では認められても、人前でそれを晒すことが出来ないのです。
それでも、何か言わなければいけない気がしました。
「今、過ごしやすいのは、先生のおかげもあります。だから、その⋯⋯」
ありがとうございました、と勢いよく頭を下げて、そのまま振り返らずに職員室を出ました。何を言われるのか、聞く勇気がなかったのです。
廊下を、逃げるような足取りで靴箱へ向かいます。
「気をつけて帰ってね!」
先生の声が背中越しに聞こえました。
あの時、先生は、きっと本当に私を思って怒ってくれたのでしょう。それは見せかけのポーズなんかじゃなくて、もっと高潔な教師としてのポリシーだったのだと思います。
きっと先生は、初めからそういう先生だったんでしょう。
私が、わかろうとしなかっただけで。




