12-7.ノート
廊下を抜け、私は足早に歩きました。
後ろから呼び止められます。水瀬君でした。
無視して、そのまま歩き続けます。
「東! なあってば!」
移動教室で誰もいない教室まで来たところで、私はようやく足を止めて振り返りました。
水瀬君は、困惑した表情をしています。
「何であんなことしたんだよ? 東はそんなやつじゃないだろ⋯⋯」
その言葉に、乾いた笑いが込み上げてきました。
「そんな“ヤツ”って。君に私の何がわかるって言うんですか。聞きたいのはこっちです」
信用してたのに、と喉元まで出かかった言葉を、飲み込みます。口にしたら、余計惨めになる気がしました。
「美月先生に私のこと話したの、君でしょう?」
わずかに残っていた"否定してほしい"という気持ちが抜けません。だけど祈りを込めた問いかけの返答はあまりに無慈悲でした。
「そうだよ」
彼はあっさりと認めました。
「なんで⋯⋯」
わかりきっていたはずなのに、目の前がさあっと色を無くしたように暗くなる。
「勝手に話したことはごめん。でも俺、東が嫌がらせされてるとは言ってないよ」
「じゃあ、どうして先生はあんな確信持ってたんですか? 君は随分迂闊だから直接言わなくても、それとわかるような事を言ったんじゃないですか」
自分の声は、思っていたよりもずっと冷たかった。
「それは⋯⋯俺が迂闊なのは認めるけど」
「信じられない。あんな⋯⋯あんな熱血を勘違いしたような人に話したら、大騒ぎになるの火を見るより明らかでしょう?!」
「あんな、なんて言うなよ。梓⋯⋯美月先生だって、東にもっと楽しく学校に来てほしいって思った上での行動で、」
この期に及んでまだ先生を庇うのか。頭の中が信じられない気持ちでいっぱいになる。
(違う。最初から、信頼も信用も無かったんだ)
「それに俺も、東が勘違いされたままなの嫌だったから」
「⋯⋯本当にそれだけですか? 私、最初から知ってたんですよ。君が先生に頼まれて私に声をかけて来たと。冷静になる訓練だとか、前から話してみたかったなんて⋯⋯そんな嘘、どうして信じたと思ったんですか」
吐き捨てる様に言うと彼は口を閉ざしました。でもその沈黙が、なによりも肯定の証だった。
「最初はそうだったよ。けど、その後も東と話し続けたのは俺の意思だ。俺が、東といて楽しかったからだ」
「そんなの、信じられるとでも思ってるんですか。先生と遠縁なんですよね? 昔から憧れてるって聞きましたよ?」
水瀬君の顔が、みるみる赤くなる。その顔がどうしようもなく腹が立った。
もう、止まらなかった。
「先生の役に立ったら、好かれると思って私に声をかけたんでしょう? 君は、嫌われ者の転校生に声をかけてあげる優しい自分を、先生に売り込みたかっただけだ⋯⋯!」
「東待って、俺は」
何か言おうとしていた彼に譲ってあげることなんて出来なかった。
「そうやって、誰にでも良い顔して良い人ぶるのに無神経だから、親友にも影で悪く言われたんじゃないですか」
ひどいことを言っている自覚はあった。
自分にだけは、と見せてくれた弱みを突くことが醜い自覚もあった。
でも止められなかった。
「⋯⋯東まで」
水瀬君が、ぽつりと呟く。
「本当は俺のことそんな風に思ってたんだな」
初めて見る顔だった。諦めたようなどこか静かな悲しさを堪えた顔。
――あ。
やってしまった。
その顔を見てやっと追い詰められた思考が戻ってくる。
けど、もう遅かった。
どんなに後悔しても、言ってしまった言葉は、言わなかったことにはならない。




