12-5.ノート
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五限が始まる前、図書室から教室へ戻る途中のことでした。
廊下から、教卓の前に集まる女子たちの姿が見えます。
どうやら、今日の日直のようです。
ノートの束を抱えながら、一冊のノートを、クスクスと笑いながら押し付け合っています。それは、またしても私のノートでした。
「ね、どうする? これはやっぱ最後?」
「ひっどーい、仲間外れやめなよぉ」
「ちょっとヤダって、ウチに渡さないでってばー」
最近は、ああして置かれてしまう前に回収していたのですが、今日は、よりによってその場面に遭遇してしまったようです。
(⋯⋯気まずいな)
彼女たちと鉢合わせることで、この奇妙なサイクルが変わってしまうのを、私は恐れていました。図書室に戻る時間はありません。このままドアの影に隠れているのも、不自然です。
早く戯れあいが終われ、と思っていると、反対側のドアから、なぜか美月先生が教室に入っていきます。
(次の授業、美月先生じゃないのに)
先生は女生徒達に近づくと、私のノートを取り上げました。
「あなた達、何をやっているの?!」
鋭い怒声でした。普段の美月先生からは想像もできない声が、廊下まで響き渡ります。
騒がしかった教室が、水を打ったように静まり返りました。
先生の怒りの矛先は、件の女生徒たちに向けられています。
「せ、先生、違います、コレは後で配ろうと思ってたから、避けといただけで⋯⋯」
女生徒たちは、痛々しいほど慌てながら弁解します。そして、“これ”と指したのは、私のノートでした。
(まさか、先生にバレた⋯⋯?)
たらり、と背中に汗が伝います。
私は言わば被害者側なのに、おかしな話です。ですが、それほどまでに、大事になって騒ぎになることを恐れていました。
女生徒達も、こんなセコい嫌がらせを表に出したくないはずです。
(もしかしたら、うまく誤魔化してくれるかもしれない)
そんな期待が頭をよぎります。ですが、先生は確証があるのか厳しい目で女生徒達を見据えていました。
「本当に、このノートは、わざとじゃないんですね?」
先ほど答えた生徒とは別の女生徒に、静かに詰め寄ります。問われた女生徒はその剣幕に肩を震わせていました。
「っ⋯⋯そ、それは」
「今日だけのことじゃないと聞きました。あなた達も! 他人事じゃありませんよ?!」
先生が教室中を見渡しながら声を張り上げると、生徒たちは戸惑いを隠せませんでした。
「だ、だって、あの子全然話そうとしないし!」
「ちょっと都会から来たってだけで、私達のことも見下して⋯⋯」
「だからって、何をしても良いんですか?! もういいです。これはクラスの問題です。全員の保護者に共有して、保護者会も開きます!」
想像以上に事が大きくなり、女生徒達は、「そこまでしなくても」と青ざめます。
廊下には、先生の声を聞きつけた他クラスの生徒達がひそひそと様子をうかがっています。
「うわ、美月ちゃんマジギレしてるじゃん」
「何事?」
「ほら、あの転校生を女子がさあ」
(どうしようどうしようどうしよう)
どんどん大事になっていく事態に、思考がそれだけで埋め尽くされていく。
(親呼び出しなんて、冗談じゃない⋯⋯!)
母は忙しい。それどころじゃない。
それにもし、自分の子どもが嫌がらせを受けるほど、他人から疎まれてる人間だと知ったらなんて思うだろう。⋯⋯失望するに違いない。
そう考えただけで胸が詰まり、息がうまくできなくなった。廊下にいる野次馬達の視線が恥ずかしくて、情けない。
何とかしなければと思うのに、気ばかり焦って何も思い浮かばなかった。
(普段ならこんなの全然平気なのに⋯⋯!)
その場に立ち尽くしていると、廊下の野次馬の中から、ひとりが顔を出した。
「東!」
「水瀬君⋯⋯!」
助けてもらおうなんて微塵も思ってなかった。それでも見慣れたその姿に、心がスッと落ちついていく。
彼は教室の様子を一瞥すると、顔を歪めた。
「うわ、マジかよ⋯⋯騒ぎにするなって言ったのに」
(⋯⋯え?)
最初は彼の言ってる意味がわからなかった。でも、その言葉は明らかに美月先生に向けられている。じわじわと、言葉が頭に染み入って、彼の言葉の意味を導き始める。それはわずかな時間だった。それでも、気づいた。
ーーー先生に話したのは、水瀬君だ。




