12-3.ノート
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夜になり、ノエルの散歩の時間になりました。
目的地は、UFOおじいさんの家近くまで、です。
誰が見てるわけでもありませんが、水瀬君にああ言ってしまった手前、有言実行です。
ノエルは最初、ルートを変えたことに不満そうでした。しかし目的地がUFOおじいさんのところだと気づいたのか、すぐに機嫌を直し、嬉しそうに歩いていました。
そうして、目的地付近までたどり着いた時でした。
物陰に、誰かがいます。咄嗟に変質者かと身構えますが、すぐに違うとわかりました。
ノエルが、嬉しそうに飛びついたのです。
「⋯⋯水瀬君」
「来たな東! ちょっと話そうぜ」
ノエルをわしゃわしゃと撫でながら、水瀬君は側にあったベンチを指しました。
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私とノエル、水瀬君の順で横に並んで座ります。
間に挟まれたノエルは、私と水瀬君の顔を嬉しそうに行き来していました。
「待ち伏せとか、君じゃなきゃストーカー扱いされる行動ですよ」
「悪い。俺も今、冷静に考えてそう思った。もうしない」
別に怒っていたわけではないのですが、水瀬君は本気で反省しているのか、自分の行動が信じられない、といった顔をしていました。
「⋯⋯別に良いですけど、なにか用事でしたか?」
「用事っていうか⋯⋯東こそ、なんかあったんじゃないかって。学校じゃ話しにくいことなら、夜に聞けばいいかと思ってたけど、もう来ないって言うしさ」
彼の声色は、夜風のように穏やかでした。
「言いたくなかったり、本当になんでもないならいいよ、これ以上は聞かない。でも俺、東に相談に乗ってもらってばっかりだったし、それに⋯⋯と、友達じゃん、俺たち」
「え?!」
友達。それは、頭をハリセンで叩かれたような衝撃でした。叩かれた頭からは、花が咲いたみたいに思考が散らばります。
「え?!」
水瀬君は水瀬君で、私の反応を否定と受け取ったのか、驚いた顔をしていました。
「あ、違います違います。君が、その、そんな風に言うなんて思ってもみなかったから」
「なんだびっくりした。てか東、顔赤い。東でも照れるんだな!」
「照れてません!」
「うわっ、ベンチ叩くなって! 古いんだから壊れちゃうだろ」
「きっ、君だって、春の新色みたいな顔色して。赤いですよ」
「照れてません!」
「ちょっと! 真似すんのやめてくださいよ!」
ひとしきり、くだらないことを言い合った後で、沈黙が流れます。
多分、このまま流してしまうことも出来るのでしょう。
(そもそも言ったところで、どうにもならない。それに全てを話す気はないし、助けてほしいわけでも、余計なことをしてほしいわけでもない)
それでも。
(君は、私を待っててくれたのか)
練習を切り上げて。一度は納得したフリして。
本当に来るかどうかもわからない私を。
私は、息を大きく吸い込みました。
「⋯⋯大したことじゃないんですけど、私、クラスの、主に女子から⋯⋯ちょっと嫌われてる、じゃないですか」
「そう、なのか?」
水瀬君が、神妙な顔で聞き返します。
いや知らないんかい。彼らしいですが。
「たまに、仲間外れというほどではないんですけど、それに近いことがあるんです。別に全然平気ですが⋯⋯まあ、そういうこともある、というだけです」
「もしかして散歩ルート変えるって言ったのと、関係ある?」
「嫌がらせをしてくる子の中に、君のファンがいて。多分、夜に一緒にいるところを見られたんだと思います。それだけなら別に良いんですが、ノエルを校庭に入れるところも見られてるので、先生に告げ口されないとも限りませんし」
そこから先の水瀬君が練習できなくなるかもしれない、という話は、恩着せがましい気がして、あえて口にしませんでした。
ですが、水瀬君は眉を下げて、申し訳なさそうな顔をします。
「それ、俺のせいじゃん」
「そう言うと思ってました。けど、違います。あのですね。例えば、嫌がらせを受けるまでにスタンプがあるとします」
「うん?」
「100ポイント集めてしまったら、嫌がらせを受けるとして、そのうちの90は私の性格によるものです。そこに、君と仲良くしたことで、10加算されたわけです」
「やっぱ俺が原因じゃん」
「そうですけど、違います。いいですか? 仮に、私の性格や環境が彼らに馴染みやすいものだったら、最初の90はそもそも付かないはずです。その場合、要因は君と仲がいいことの10だけになるので、それだけで100に届くことはない。つまり、嫌がらせなんて起きないはずなんです」
「でも」
言いかけた水瀬君を、遮ります。
「そうやって、“俺に責任がある”みたいな顔をされるの、すごく嫌です。⋯⋯なんだか、下に見られてるみたいだ」
もちろん彼にそんな気がないのは、わかってました。
でも、これは私が水瀬君の"友達"である以上、張らねばならない意地でもあったのです。
「私は、君の友達でしょう。もっと信頼してください。私は、君の友達の中でも一際優秀で、カッコ良い存在なんですから」
「それ、自分で言うのかよ?」
「事実でしょう?」
そう言って、得意げに笑ってみせます。
彼は一瞬だけ言葉を失って、それから観念したように小さく息を吐きました。
「⋯⋯そうだな。それは本当に、そう思うよ」




