12-1.ノート
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それは、五限の授業のことでした。
開始のチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきます。先生は、ふと、教卓に置かれていたノートに気づいたようでした。
「なんだこの起きっぱなしのノートは。配り忘れか? 誰のだ?」
先生が掲げたノートは、紛れもなく私のものでした。
「すみません、私のです」
「東か。ちゃんとしまっとけよ」
「はい」
今週で何度目になるかわかりません。
提出したはずのノートが、ああして私にだけ返されないことが、いつからか続いていました。
私のクラスでは、毎日どこかの教科で宿題が出ます。
授業中にノートを提出し、先生がチェックしたあと、日直に渡される。そして日直が、それぞれ本人に返却する仕組みです。
日直は男女一人ずつで、男子は男子、女子は女子のノートを配る。
名前が書かれていない、あるいは誰のものかわからないノートは、教卓の上に残される決まりでした。
もちろん、私がノートの名前を書き忘れている、なんてことはありません。
「⋯⋯ちょっと、ね」
「カワイソー」
「でも自業自得⋯⋯」
「だって、調子にのってるから」
耳をそばだてると、小声がいくつも重なって聞こえてきます。平たく言えば、それは紛れもなくワザとでした。
そして時期と女子達の態度から考えても原因は明白でした。
(いつ見られたんだろう……水瀬君と話してるところ)
いつかこうなる可能性があることを、この私が考えなかったわけではありません。でも思考を放棄していたのだと思います。
まさか見られることはないだろう。見られたとしても、面白おかしく話すような人間とは限らないだろう。仮に話されたとしても、気に留める人とは限らないだろう。
そんなふうに、楽観的に、非合理的に、そして無意識に考えていたのです。
でも彼ら、いえ、正しくは彼女らの気持ちも、少しは理解できなくもありません。
誰もが認める才色兼備や人付き合いが丁寧な人物が彼に近づくならともかく。私程度では、お気に召さないのでしょう。
気に入らない理由に、さらに理由が上乗せされたといったところです。
恐らく彼女らにとって、水瀬君と私が昼食を共にすることは、彼の優しさを引き立てる材料として、まだ許容範囲だったのです。
ですが、夜にまでああして一緒にいるとなれば話は別で。私のことを、立場を見誤り、調子に乗った身の程知らずな人間だと判断しても不思議ではありません。
それにしても洞察力の低い人達です。
正直なところ、水瀬君は別に、人としての私を高く評価しているわけではないでしょう。
彼と話していると忘れそうになりますが、私は彼にとって、たまたま空いていた「友人一(仮)」の枠に、仮置きされている存在に過ぎません。
だから、その嫉妬は完全にお門違いなのです。
彼女らが向けるべき相手がいるとすれば、それは担任の美月先生でしょう。木竜君のお墨付きですから、間違いないはずです。
美月先生には申し訳ないのですが、私はどことなくあの先生が好きではありませんでした。
努力すれば何でも出来ると、本気で信じていそうなところが、どこかバベルの塔のように感じられるのです。
(つくづく、水瀬君とは人の趣味が合わないな)
彼女達の嫌がらせは、確かに気に障ります。ですが、この程度であれば許容範囲内でした。
仮に悪化すれば対処も考えますが、現状では騒ぎ立てるほどのことではありません。
そもそも、彼らと仲良くすることを目的に学校へ通っているわけでもないのです。
むしろ、こんなことで彼女達の憂さが晴れるのなら、安いものでしょう。
変に騒がれて、大事になる方がよほど面倒です。
ーーーそう考えると、水瀬君は随分と素直な人間です。
いちいち、きちんと傷ついてる。嫉妬からの陰口に丁寧に傷つき、悲しみ、落ち込んで。それでも、そこから、立ちあがろうとする。
(⋯⋯まあ、少し鈍くて無神経だからこそ、人から向けられる嫉妬を見逃せるのかもしれませんが)




