11-2.彼の友達の相談
「あいつとは幼馴染だし。簡単には諦めたくないっていうかさ。何か原因があるなら、やっぱ向き合いたいだろ」
水瀬君は、はっきりと言い切ります。
そこには湿っぽさも、いじけた様子もなく、それでいて、誰のせいにもしない強さがありました。
少しだけ強がりが混じっているように思えたのは、どこか一つでも自分と同じものを、彼の中に見つけたいという、私の願望なのかもしれません。
――君はバカだ。
そんな相手、見限ってしまえばいいのに。わざわざ向き合おうとするなんて。友達を数人なくしたところで、君ならまたすぐに作れるでしょうに。
この田舎の人間が全員君を嫌ったとしても、君はきっと一人にはならない。
(水瀬君の、性善説過信野郎。いい人ぶりっこ。偽善者)
百年かかっても私には向けられないような言葉を、心の中で彼に投げつけます。
(⋯⋯本当に私とは違う人間ですね)
でも、その違いは寂しいけど、どうしたって嫌いにはなれませんでした。
……と、なれば。私が彼に伝える事は決まってました。
「君は、今のままで良いと思いますよ。その上でその親友とやらとわだかまりなく仲良くやりたいのなら、君も変に態度を変えるべきじゃないと思います」
「今さら気づかないふりをするってことか?」
「ちょっと違います。親友の方も気まずそうなら、恐らく、うっかり口が滑って、後悔してる可能性が高いんじゃないでしょうか。よほど許せない暴言じゃないなら、見逃してあげたらどうですか?」
「⋯⋯見逃すって、具体的にどういうことだ?」
「色々ありますけど。相手のことを、そういうところも含めて嫌いにはなれないと——遠回しでもいいので伝えてあげるとか、態度で示すとか、ですかね。できれば第三者のいないところで。お互い、変に肩肘張らずに済むと思うので」
正直に言えば、“見逃す”という行為は単純なようでいて、塩梅の難しいものです。
何をされても気にしないような態度を取れば、「こいつは何も言えないのだ」と舐められる可能性もある。器が大きいと取られるか、侮られるかは、その人の振る舞い次第です。
「でも君なら大丈夫でしょう?」
私がそう言うと、水瀬君は一瞬ポカンとしました。
「⋯⋯そっか。そうだな!」
と、力強く頷きました。
先ほどから、相談者=水瀬君として話していることに、彼は気づいてません。
(まったく、隠す気があるんだかないんだか)
「長々と言いましたけど、どうしても腹が収まらないなら、怒ってみるのも一つの手だとは思いますよ。たまにあるじゃないですか、拳で語り合う、みたいな」
「殴り合いかー。俺には不向きなやつだな。東は意外に得意なのか?」
「まさか。生まれてこの方殴った事も殴られた事もありませんよ。ワンパンで地に伏す自信がありますね。ですが、もし殴られたら末代まで祟る気概はあります」
「こえーよ!」
「まあ、色々言いましたけど、君の好きなようにしたらいいと思いますよ」
「えー、結局それかよー」
「相談の八割は意見を求めないと言いますしね」
「まあなー。それでも聞いちゃうのが人ってもんだよなー」
「そうですねえ」
私が答えたると、水瀬君は不意に黙り込みました。そして、何かに気づいたようにこちらを見ました。
「⋯⋯そういやさ。東、さっき“俺の好きなようにしたらいい”って言わなかった?」
「⋯⋯ 間違えました。君の“友達”の好きなようにしたらいいと、お伝えください」
「⋯⋯伝えとく」
ぎこちなくそう返してから、水瀬君はそれ以上何も言いませんでした。
夜の校庭に、静かな沈黙が落ちます。
私は初めて校庭に来た日の事を思い出していました。
あの日もこうして、水瀬君の隣で、黙って満点の星空を見上げていたのです。
手を空にかざして、星々の横に並べてみます。見上げます。
まさか彼と、こんなふうに話すようになるなんて、不思議なこともあるものだと思いました。
けれど、人間が星屑の一部であるという事実のほうが、やはり、よほど不思議で。そう思えば、こんな出会いも一度きりの奇跡なんかじゃなくて、これから先にも何度だって起こり得るものなのかもしれません。
「東」
「はい?」
空を見上げたまま返事をします。
視界の端では、水瀬君が前を向いたまま座っていて、その足元ではノエルが彼の膝に顎を乗せていました。
「⋯⋯俺、嘘ついた。これ友達の話じゃない」
「そうでしたか」
「なあ、最初から気づいてた?」
私は一拍置いて、密かに胸を張って答えます。
「気づいてましたとも」
「⋯⋯そっか」
「そうですよ」
だって、君の友達ですから。
その言葉は、さすがに胸の内に留めておきました。代わりに、私は大きく息を吸い込みます。
夜の匂いは、昼間よりも少しだけ冷たくて、どこか刹那的で。
いつかこの時間も終わってしまうのだと、ふと予感させるようで⋯⋯私はなんだか泣きたくなりました。
いえ、絶対に泣かないんですけど。
「東は本当に面白いな」
「またそれですか。君もしつこいですねー」
「なんだよ、褒めてんじゃん! 深読みすんなってー!」
水瀬君が私の肩をバシバシと勢いよく叩きます。
「いーじゃん、俺面白いやつって一番好きなんだよ」
「君は言葉が軽いんですよ」
⋯⋯そんな風に、浮かれて話していたからでしょうか。
まさかこの時、校庭に他の生徒がいて、しかもそれが、水瀬君の熱心なファンだったなんて。
その時の私は、想像すらしていなかったのです。




