6.まるで大罪を犯したかのような
「さっき、どうしてノーランにあんなことを言ったの? 王女の味方であると信じているって」
王都の関所を抜け、二十分ほど馬車を走らせたところで、ステラは馬車から降りて外へ出た。ここは、王都につながる森林街道から少し逸れた森の中。もちろん、周囲に人はいない。携帯用のランタンだけが、辺りを頼りなく照らしている。
ステラは今、私室のクローゼットから引っ張り出してきた乗馬服の上に、ローブを羽織っている。先ほど馬車の中で着替えたのだ。ここから馬車を捨て、馬に乗って移動するらしい。
馬車の切り離し作業をしていたレグルスが、ステラの問いに答える。
「彼は聡い男だ。あれで馬車に乗っていたのがお嬢さんだってわかっただろう。衛兵には知られたくなかったけど、彼には知っておいてほしかったから」
「わざと知らせたというの?」
ステラは眉を跳ね上げた。せっかくここまで誰にもバレずに来れたというのに意味がないではないかと、レグルスに非難の視線を向ける。すると彼は、目を眇めて笑ってみせた。
「大丈夫だよ。彼は、お嬢さんのことを心から信頼している。追手が関所に話を聞きに来ても、きっとうまく誤魔化して、時間稼ぎをしてくれるはずだ」
レグルスはどこからその作戦を考えていたのだろう。通行証を馬車庫で盗んだ時だろうか。それとも、部屋から抜け出すときだろうか。
ステラはここにたどり着くまで、何度もレグルスのことを疑った。逃亡の手助けを頼むには実力の足らぬものではないか。彼は自分を追手に売るつもりなのではないか。極限の心理状態にいたステラは、そんな疑念に苛まれていた。
しかしここにきて、強い罪悪感に襲われる。
「ごめんなさい、レグルス。そこまで考えてくれていたのね。本当にありがとう」
「出会ってすぐの俺を信じきれないのは当たり前のことだよ、お嬢さん。気にしないで」
レグルスは軽く笑い飛ばすと、また作業に戻った。
ほどなくして馬車は切り離され、二頭の馬には乗馬用の馬具が取り付けられた。そして気づいた時には、レグルスは御者の格好から元の真っ黒な服装に戻っていた。
「ここからどういうルートにしましょうか。ヴェーラの街は人が多いから、避けた方がいいわよね。ここはやはりエルディンかしら」
王都の西側には、二つの街が隣接している。
ひとつは、王都に次いで二番目に大きい都市、ヴェーラ。交易の中心で、多くの商人が集まる街だ。もうひとつのエルディンは、いわゆる農村地帯で、王都の食糧庫とも言われている。ヴェーラに比べれば、人口はずっと少ない。
この国を出るまで人に見られないよう行くなら、人口の少ないエルディンの方がよいだろうとステラは考えた。しかし、レグルスの意見は違うようだ。
「いいや、むしろ逆だ。木を隠すなら森に。人が多い方が紛れやすい。今日はこのままヴェーラまで馬で駆けて、どこかの宿で一晩泊ろう。ここから一時間もあれば着くはずだ」
「わかったわ」
ステラは彼を信じることにした。王都脱出の彼の働きぶりを見て、信頼に足ると判断したのだ。
いよいよ出発というところで、ステラは自分の容姿が気になった。ヴェーラに着くころには二十時半を過ぎるだろうが、あの街は夜遅くまで賑わっている。このままの姿で街に入って本当に大丈夫だろうかと、不安になった。
「髪はここで切っておきましょうか。人が多いといっても、私の容姿は国民中が知っているわけだし、変装した方がいいわよね」
ステラは荷物袋から護身用の短剣を取り出すと、右手で鞘から剣を抜いた。そして、何のためらいもなく刀身を髪の近くに持っていく。
「待って」
レグルスに突然右手首を捕まれたステラは、驚いて左手に持っていた鞘を落とした。
「切らなくていい。そこまでする必要はない」
レグルスの表情が思った以上に真剣で、ドキリとした。深紅の双眸は強く咎めるようにステラを射ており、まるで大罪でも犯してしまったかのような気分になる。
「で、でも、少しくらい見た目を変えておいたほうがいいでしょう?」
「大丈夫だよ。言ったでしょ。何があっても君を守ると誓うって」
レグルスはステラから優しく短剣を奪うと、ステラの髪をひと房掬う。そして彼は、なんとそこに口づけを落としたのだ。
今まで男性からそんなことをされたことはもちろんなく、ステラは思わず息を止めた。どのような反応をすればよいかわからず、一歩も動けなくなる。
レグルスはゆっくりと唇を離すと、上目遣いに見つめてきた。
「この美しい白銀の髪も、俺に守らせて?」
「わ……わかったわ。わかったから、髪を離して」
レグルスはにこりと笑うと、言われた通り髪から手を離した。そして、何事もなかったように「行こうか」と言って馬に乗る。
一方のステラは、心臓が嫌にうるさく鳴って、小さく溜息をこぼした。この男、軽い上に、心臓に悪い。




