5.キャロライナの企み
「ステラ殿下が部屋にいないですって!?」
王子妃であるキャロライナは、王城の一角にある私室で声を上げていた。いつもなら絶対に大声など出さないが、今は取り繕っている場合ではない。そもそも相手は、取り繕う必要もない下っ端騎士。己のしもべ。
「は、はい……。現在城中を捜索中です……」
報告に来た衛兵はキャロライナの本性を知っているため、終始びくびくと怯えている。キャロライナはそんな衛兵に構うことなく、座っていたソファのひじ掛けを拳でドンと叩いた。
「あの女……! 本当に、どこまでもイラつかせる……!」
キャロライナが目指すのはただ一つ、王妃の座だ。
夫のエドウィンは結婚当初から浮気三昧で、当然ながらキャロライナに彼への愛情などあるわけがない。酒臭く色欲にまみれたあんな男、ただの駒でしかなかった。キャロライナがエドウィンと結婚したのも、彼が王太子だったからだ。
だというのに、結婚して一年足らずして、エドウィンは王太子の座を降ろされた。老いぼれた国王が、「エドウィンは王太子の位を解き、国政の代行をステラに委ねることとする」などというふざけた書状を残したせいだ。
肝心の国王は療養中だというが、どこにいるのかわからない。息子であるエドウィンですら知らないのだから、当然キャロライナに知らされているはずはなかった。もし国王の居場所がわかれば、すぐにでも殺してやろうと思っている。そうすれば、書状の効力もなくなるだろう。
キャロライナは幼い頃から、誰からも好かれるように振舞ってきた。特にエドウィンに嫁いでからは、微笑みを絶やさず愛想を振りまき、時折儚げな表情を見せ同情を誘った。そうすることで城の味方を次々に増やしていった今、ステラの婚約者であるイーサン・ヘムズワースのことも手懐けた。彼は今、キャロライナに夢中だ。
現在十九歳であるイーサンは、気弱で、能力も見た目も平凡。特に目立った特徴のない残念な男だ。外務大臣である彼の父が国王と旧友でなければ、ステラの婚約者になることはなかっただろう。
誰もがステラの隣を狙っていただけに、イーサンがその座に就いた時、有力候補の子息たちは揃って不平不満を言っていたという。なぜあんな無能が、と。
対するステラは、あまりにもできた人間だった。頭脳明晰な彼女は、わずか十歳で城の大臣と対等に議論できるだけの知識を身につけていた。容姿端麗な彼女は、その白銀の髪がなびくたびに誰もが振り向き、海のような美しい碧眼に誰もが見とれた。そして、国を誰よりも愛する彼女は、民を第一に考え、民を深く慈しむ完璧な王女だった。
可哀想なイーサンは、己の婚約者の完璧さを前に打ちひしがれた。プライドをぼろぼろにされ、己の存在意義を見失った。さらに可哀想なことに、婚約してから三年間、ステラにはキスどころか手すら繋がせてもらえなかったという。ただイーサンの勇気が出なかっただけだろうと、キャロライナは思っているが。
そんなイーサンに、キャロライナは漬け込んだ。年上の包容力で彼を包み込んでしまえば、落ちるのは一瞬だった。キャロライナはイーサンを骨の髄まで惚れこませ、協力者に仕立て上げた。そのために、少しばかり体も許した。
国王の書状がある今、邪魔なのはステラだ。
ノエル王子はまだ十歳で、国政を担える年齢ではない。彼も優秀だというが、今の段階では脅威ではないだろう。あの女さえいなくなれば、キャロライナは次期王妃としてこの城で幅を利かせられるはずだ。
ステラを亡き者とし、エドウィンを次期国王に仕立て上げる。そのために、キャロライナは自ら毒をあおった。もちろん、体に後遺症が残らない程度に、だが。
そうしてステラを毒殺未遂の犯人に仕立て上げ、地下牢で殺すつもりだったのに、肝心の彼女がいなくなったという。もしこちらの策略を知られ、逃亡を図られたとすれば、毒をあおったのがとんだ骨折り損ではないか。
「まあ、でもいいわ。もし逃げたなら都合がいい。計画通り、あの女に王子妃毒殺の罪を着せましょう。そうすれば、あの女が帰ってくる場所は完全になくなるわ……! フフッ、アハハ、アーハッハッハ!」
「キャロライナ様。た、大変申し上げにくいのですが……」
「何よ?」
気分が良くなっているところに水を差され、キャロライナは衛兵をきつく睨みつけた。彼はびくりと肩を跳ね上げた後、恐る恐るといった様子で口を開く。
「ステラ様の私室に、玉璽が見当たらないのです。恐らく、ステラ様が持ち出されたのかではないかと……」
「……は?」
玉璽がなければ、法律の改定など国として大きな決定ができない。しかし、玉璽の再発行には国王の勅命が必要だ。だが国王の所在はわからず、それは叶わない。
キャロライナは怒りに打ち震えた。
「すぐにあの女を見つけ出しなさい! 絶対に殺してやる!!」




