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私を殺した兄嫁様、断罪される覚悟はよろしくて?~死に戻り王女ですが、助けてくれた隣国の密偵がメロくて困る~  作者: 雨沢雫


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4.王都脱出劇(2)


 ステラは息をのんだ。レグルスは今、帽子をかぶっているとはいえ、顔は隠していない。門兵に止められて当然だ。


 ステラは考える余裕もなくこの馬車に乗り込んでしまったが、彼を信頼して本当に大丈夫なのだろうかと、今更になって不安になった。レグルスから只者ではない雰囲気を感じ取り、彼の力に頼ることにしたが、失敗だったかもしれない。


 ステラが肝を冷やしていると、御者台の方から「ハハッ!」と笑い声が聞こえてきた。


「ひどいな、ステンリーの旦那! ついこの前挨拶したってのに、忘れちまったんですか?」


 それはレグルスの声ではなかったが、間違いなく彼から発せられたものだった。先ほどまでのさわやかな声とは打って変わって、ややくぐもった、通りの悪い声だ。どうやら声も変えられるらしい。


 そして彼は、門兵の名まで知っていた。


「え? ああ、そうだったか? 悪い悪い」


 門兵は素直に謝った。名も顔も忘れたのかと指摘されれば、誰もが自分に非があると思うものだ。


「で、どこに行くんだ? 中にはどなたが?」


「違いますよ。いつものやつです。()()()、ですよ」


「ああ……ご苦労さん。早く行け。あの方を怒らせると面倒だ」


「そうします。ではまた、旦那」


 そんな会話が繰り広げられた後、馬車はすぐに走り出した。なんと、無事に城の門を抜けられたのだ。ステラはようやく生きた心地がして、深く息を吐きだした。


 そして、レグルスの見事な御者役に、ステラは心の底から感嘆した。あの会話でなぜ門兵が通してくれたのか全く理解できなかったので、ステラは後ほど聞いてみようと心に留めておく。


 城を脱出してしばらく経つと、王都の通りに出たのか、カタカタと石畳の上を通る音に変わった。まだ夕食時とあってか、街の中は賑わっている。


 コンコン、と馬車の前方にある小窓が叩かれたので、ステラはそっと開けた。


「このまま西の関所まで行って、王都の外に出るよ。もう少し座っててね」


「わかったわ。ねえ、さっきの門兵との会話、あれ、なんだったの?」


「ああ、あれ。エドウィン殿下は、よく城に女を連れ込むだろう? その時、御者が殿下の女を迎えに行くのさ。空の馬車を引いてね」


「嘘でしょう……」


 ステラは頭を抱えた。エドウィンが連れ込む女性は、貴族の娘から町娘まで様々だ。遊び相手を王家の紋が入った馬車で迎えに行くなど、本来あってはならない。城門を抜けられたのはよかったが、なんとも複雑な思いだ。


 しかし、エドウィンの愚かさはこの逃亡劇に使えると、ステラは思った。グレイヴ国民にはエドウィンの悪い噂が知れ渡っている。要所要所でその名を利用できそうだ。


 城門を出てから三十分ほどで、馬車は関所に着いた。夜は王都の外に出ていく者は少ないので、比較的すぐに検問の番が回ってくる。


「通行証を」


「少々お待ちください」


 先ほどとはまた変わり、レグルスの口調はとても丁寧で、紳士的になった。一体いくつの声を持ち合わせているのだろうと、ステラは舌を巻く。そして同時に、通行証など持ち合わせていないと、途端に焦りが募った。


 最悪の場合、自分が出て行って説明しようとステラが覚悟を固めていると、すぐにレグルスの声が聞こえてきた。


「こちらです」


 えっ、と思い、ステラは小窓の隙間からそっと外を覗いた。


 するとレグルスは、全く慌てる様子もなく、関所の衛兵に三つ折りの紙を手渡していた。どうやら馬車庫で通行証をかすめ取っていたらしい。彼は一体、どこまで先をみて行動していたのだろう。


 衛兵はじっくりと通行証を読みながら、質問を投げかける。


「こんな時間にどこまで?」


「緊急かつ極秘事項でして、詳しくは申し上げられません。城の要人を乗せております、とだけお伝えいたします」


「要人を乗せているにしては、護衛の姿が見えないが?」


「緊急かつ極秘事項、だからこそです。これ以上は、何も」


「…………」


 衛兵は御者の言葉と馬車の中を怪しんでいる様子だった。しかし、城の要人と言われれば、中を見せろとは簡単に言えない。本当に要人が乗っていた場合、不敬にもほどがあるからだ。


 衛兵は他の仲間を呼び、通すべきか議論を始めた。彼らは小声で話しているため、ステラには聞こえない。


 一刻も早く王都から出たいのにと、ステラは強い焦燥感に駆られた。ここで待たされている間に追手が来てしまったら逃げ場がない。


(どうしましょう……。やはりここは私が出ていくしか……!)


 ステラが馬車の扉に手をかけようとしたとき、また新たな声が聞こえてきた。


「何かあったのか?」


 ステラはこの声の主を知っている。この関所の責任者であるノーランだ。ステラは仕事柄、王都の関所を行き来することが多い。だから顔見知りなのだ。


 ノーランは平民の身からのし上がった実力者で、頭も切れる。ステラはそんな彼のことを買っていた。今は騎士爵を与えられ、成人した三人の子供もいる。年齢は確か、今年で四十五だったか。


「いいだろう、通れ」


 衛兵から事情を聞いたノーランは、すぐに通行許可を出してくれた。彼の顔を次に見るときは、きっと、キャロライナを追い詰める手札が揃い、城に戻るときだ。ステラは心の中で彼に深く感謝した。


「ありがとうございます、ノーラン隊長。あなたがステラ王女殿下の味方であると信じていますよ」


 その言葉を聞いたノーランの眉がピクリと動いた。彼が驚いたようにレグルスに視線を向けた時、ちょうど馬車が走り出す。


(どうしてわざわざあんな言葉を……?)


 ステラは疑問に思いつつ、まずは王都を脱出できたことに安堵するのだった。


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