45.約束を果たすとき
断罪劇から七日後。
この日、ステラは両親の墓を訪れていた。母の墓の隣には、父である先王が眠っている。二年前、父が亡くなった後、この場所にひっそりと埋葬されていたのだ。
王家の墓地には、ステラの母が好きだった白百合と、エドウィンの母が好きだった赤い薔薇が植えられている。花の香りを乗せた風が、ステラの銀髪を揺らした。
ステラは両親の墓に花を供えた後、無事国王に即位したことを報告する。
「お父様。私、これから頑張りますね」
ステラは目を閉じて思い出す。
地下牢で過ごした四日間。衰弱していく母。死後、母と最後の会話をし、生き返ったあの日。
ほんの数ヶ月前の、夢現の出来事。皆は知らない、ステラだけが覚えている出来事。
「お母様。大切な命を託してくださって、ありがとうございました」
三日前、キャロライナは地下牢に忍び込んだイーサンによって毒殺された。そして、イーサン自身も毒をあおり、死を選んだ。
厳重な地下牢の警備をイーサンが一人で突破できるとは考えにくく、イーサンには協力者がいた、あるいはわざと見逃されたというのが有力な説だ。ステラはすべてがエドウィンの仕業だったと考えている。
一度目の人生では、ステラはキャロライナに毒を飲まされ殺された。二度目の人生では、キャロライナは自らが利用したイーサンによって毒殺された。皮肉なものだなと、ステラは思う。
「仇を討てた、でいいのかしらね。お母様」
そんな言葉が風に流されていき、代わりに足音が聞こえてくる。王家の墓地に一体誰がと思い振り返ると、意外な人物がそこにいた。
「お兄様……!」
ステラは驚いて目を丸くした。エドウィンがこの墓地を訪れることなど、今までに一度もなかったからだ。ここには彼の母も眠っているが、母を嫌っていたせいか、彼はこの場所に近寄ろうとはしなかった。
「なぜこちらに……?」
「なに、ただの気まぐれだ」
そう言うエドウィンの手には、薄紫色のスイートピーの花束が二つ。彼は一つを母の墓前に、もう一つを父の墓前に供えた。
エドウィンがあまりに自然に墓参りをするものだから、ステラは物珍しさにその姿を目で追ってしまった。しかし、ここにいては彼の邪魔になると気づき、そっと立ち去ろうとする。
「ステラ」
すぐさまエドウィンに呼び止められ、ステラはビクリと肩を跳ね上げた。振り返ると、彼と視線が交わる。
「父上はいつ死んだ?」
「…………!」
急に問われ言葉に詰まったステラだったが、一拍置いて正直に答える。
「……二年前ですね」
「お前以外に知っていた者は?」
「シルヴェスター卿だけです」
答えを聞いて、エドウィンはフッと不満そうに笑った。
「最後まで気に食わん男だ。死んだとわかれば、墓石に酒でもかけてやったというのに」
「お兄様……」
ステラの記憶の中では、父とエドウィンはいつも口喧嘩をしていて、仲の良い印象はなかった。しかし今の言葉は、彼なりに父を慕っていた証だと、ステラは思った。
「私は……お兄様のことを何も知りませんでした」
「当たり前だ。本性を晒す気がなかったのだからな。女と酒に溺れていたのも、全て演じていたにすぎない。酒はむしろ嫌いだ」
「そうだったのですか……!?」
あっけらかんと言うエドウィンに、ステラは目を大きく見開いた。
ステラは兄を反面教師にして酒と色欲を避けるようになったというのに、それが全て虚構だったとは。ステラはがくりと肩を落とす。
「女は好きだが、別に抱くために毎夜女を城に呼んでいたわけではない」
「では、なんのために……?」
「金と職を与えるためだ。聡く美しい女が不憫な生活を送っているのは我慢ならん」
「…………えっ」
そういうことかと、ステラは合点がいった。
エドウィンの部屋に入っていく女性は、皆が期待に満ちた目をしており、去っていくときは、揃って希望に溢れた表情だという噂。そして、彼が女遊びに耽るようになった六年前から、それに呼応するように王城での女性の起用率が増え始めた事実。
エドウィンは、貧しいがゆえに機会を得られない女性や、能力が高いのに不遇な立場にいる女性に、救いの手を差し伸べていたのだろう。そして、女と酒に溺れる第一王子というイメージを壊さないように、女性たちには口止めをしていた。
(全く、この人には何度も驚かされるわ……)
ステラは苦笑した。そして、彼が国王となる存在しない未来を、真面目に考えてみる。おそらくは、兄の方が自分よりもずっと王に向いていると、ステラは思った。
「お兄様の治世が見れないことが、少し残念に思います。きっとよき王になられたでしょうに」
「笑えない冗談はよせ」
エドウィンはそう言うと、ステラに向き直った。彼に見下ろされ、ステラは何を言われるのだろうと一瞬身構えたが、真っ直ぐに彼の視線を受け止める。
「ステラ。お前には欲が足りん」
「欲……?」
「私欲だ。己も満たせん奴に、民を満たすことなどできない。お前はもう少し欲深くなれ。欲しいものは欲しいと思った時に手に入れなければ、永遠に得る機会を失うと思え」
「…………」
まるで、全てを見透かされているようだった。
それは間違いなく、ステラのためを思った言葉だった。
ステラの胸の奥には、彼を――レグルスを得ようとしなかった後悔が、水面にこぼしたインクのように、ジワリと広がった。
「……お兄様は、私のことを嫌いなのだと思っていました」
「ああ、嫌いだとも。進んで国民の奴隷になろうなど、理解に苦しむ」
エドウィンの言葉はきついものだったが、それに反して彼の表情は柔らかかった。
「それに、羨ましかった。次期国王という重責から逃れていた、お前たち姉弟が」
これがエドウィンの心からの本音なのだろうなと、ステラは思った。
もっと早く、彼と腹を割って話すべきだった。そうすれば、彼が王城から出ていく前に、もっとたくさんこの国の未来について語り合えたかもしれない。そもそも、王城から出ていくことにもならなかったかもしれない。
わずかな寂しさを覚えながらも、ステラは彼に告げなければならないと、エドウィンを見据える。父が果たせなかった約束を、代わりに果たさなければならない。
「お兄様。あなたを王家から除籍します」
心地よい風が、二人の間を吹き抜けた。エドウィンのブロンド色の髪がなびき、彼の目元を隠す。その隙間から、ほんの一瞬、彼の目が弧を描いていたように見えた。
風が止み、エドウィンは乱れた前髪をかきあげる。彼はとても清々しい表情をしていた。
「感謝する。グレイヴの王よ」
「たまには顔を見せにきてくださいね」
「気が向いたらな」
エドウィンはそう言ってフッと口角を上げると、背を向けて去っていった。
彼はこれから、世界中を旅をするらしい。きっとどこまでも、自由な旅だ。




