43.焦がれたあなた
大広間から罪人が連れて行かれた後、残った衛兵たちは会場の後始末に追われた。そこかしこで戦闘が繰り広げられたせいで、会場中めちゃくちゃになっている。
ステラはというと、先程命を助けてくれた「彼」を探していた。甲冑を着た男を一人ひとり視線で追うが、どれも「彼」ではない。
(もう会場にはいないの……?)
この場を仕切らねばならないのに、どうしても「彼」と話がしたくて、心が落ち着かない。
「ステラ様、どうかなさいましたか?」
とうとう様子がおかしいことをシルヴァスターに悟られてしまった。ステラは曖昧に笑って「なんでもないわ」と誤魔化す。そして、己を強く叱責した。
(何をやっているの。私は国王になったのよ。私情を持ち出すべきでは――)
「ステラ」
ハッとして声の方を向くと、エドウィンが腕組みしながらステラを見下ろしていた。彼は、仕方のないやつだと言わんばかりに、呆れ顔を浮かべている。
「この場は俺に任せて行け。気になることがあるのだろう?」
エドウィンからの予想外の言葉に、ステラは目を丸くした。彼の洞察力の高さに驚き、咄嗟に言葉が出てこない。
黙り込むステラに、エドウィンはフッと笑った。
「さっさと行け。もたもたしていると逃げられるぞ」
「……ありがとう、お兄様」
ステラはこの場を兄に託し、大広間を飛び出した。王城の廊下を駆け抜けながら、「彼」を探す。
(まだそう遠くへは行ってないはず……!)
ステラは周囲を注意深く見回しながら、廊下を進み続けた。大広間から離れるに従い、だんだんと人気がなくなっていく。
すると、前方に甲冑を着た一人の男が歩いていた。今、衛兵は断罪劇の後始末に追われているはずで、こんな場所にいるのはおかしい。それに、戦いの最中でもないのに兜を被って歩いているのはさらにおかしい。
ステラはその男の体格を見て、すぐに「彼」だと察した。
「ねえ! あなた、レグルスなんでしょう!?」
呼び止めたが、それでも「彼」は止まってくれない。
「待って!」
ステラは息を切らしながら追いかけた。「彼」は歩みを緩めることもなければ、早めることもなかった。そのため、ステラはしばらく走ったところで「彼」に追いつくことができた。
ステラが「彼」の服を掴もうと手を伸ばした時、不意に相手が振り向き、逆に腕を掴まれてしまう。
「ひゃっ!」
ステラは気付けば誰もいない部屋に連れ込まれていた。扉に押しつけられ、口を大きな手で塞がれる。「彼」と初めて出会った時に、どこか似ていた。
「ダメだよ、ステラ。護衛もつけず一人になっちゃ」
この部屋に明かりはついておらず、外からのわずかな光だけが頼りだった。しかしそれでも、相手がレグルスであると、ステラは確信できた。声はもちろん、彼の手の温もりは、嫌というほど覚えている。
「どうして俺だってわかったの?」
男はステラから手を離すと、鎧を剥ぎ、ゆっくりと兜を取った。
ステラは彼の瞳を見て、思わず泣きそうになってしまった。まだ別れて十日ほどしか経っていないというのに、この深紅の瞳に焦がれていた。
ステラは涙を堪えて笑ってみせる。
「あなたと一か月も共に過ごしたのよ。わからないはずがないでしょう?」
「……そっか」
レグルスが嬉しそうにはにかむものだから、ステラの胸はきゅうっと締め付けられた。ずっと彼と話していたいと思ってしまう。
「さっきは助けてくれてありがとう。あなたの言っていた仕事って、このことだったのね。だったらそうと言ってくれればよかったのに」
「ヴァルデア国王から、万が一に備えてステラを守るよう言われてたんだ。流石に隣国の人間が大っぴらに介入するわけにはいかなかったから、話せなかった。ごめんね」
そう言って、レグルスはステラから距離を取るかのように一歩下がった。彼がすぐに去ってしまうと焦り、ステラは一歩前に出て彼の袖を掴む。
「もう夜も遅いし、一晩くらい泊っていったら? 客間を用意させるわ。そうだ、今度こそ本当にお礼をさせて頂戴。お金は必要ないかもしれないけれど、今の私なら何か与えられる物があるかもしれないわ」
それっぽい理由を並べて、彼を引き止めようとする。ステラは自分の行いがいかに愚かであり国王としてあるまじきものだということは、頭の中でよく理解していた。しかし、心が言うことを聞かない。
「ねえ、何がいいかしら。そういえば、レティシアさんには――」
その先の言葉が音にならずに消えていく。レグルスに唇を塞がれたのだ。柔らかな感触に、もっと、という浅ましい欲が湧いてくる。しかし、彼の口付けは一瞬だった。
「褒美はこれで十分だよ」
レグルスは少し寂しそうに笑っていた。そして彼は、ステラの手を掴んで自分の袖から剥がした。
「本当はもっと話してたいけど、俺、帰ってやらなきゃいけないことがあるんだ」
「……そんなに急ぐことなの?」
「うん。とても大事な用なんだ」
ステラはもはや何を言っても彼を引き止めることは不可能なのだと悟った。レグルスは今すぐにでもこの場を離れたがっている。何かに追われるように、焦っている。
「ステラ」
レグルスは右手でステラの頬に触れた。大切な宝物を扱うように、優しく、愛おしそうに。
「愛してる」
「……っ!」
ステラは思わず彼の袖に再び手を伸ばしたが、掴む前に視界が彼の手によって覆われた。驚いて目を閉じると、一瞬のまばたきのうちにレグルスの姿は目の前から消えていた。
「どうして……」
いつのまにか窓が開け放たれ、カーテンが風に揺られている。
「どうして今そんなことを言うのよ……!」
どうせ別れなければならないのなら、愛の言葉など聞きたくなかった。
ステラは行き場のない感情に蝕まれ、その場で泣き崩れたのだった。




