42.断罪劇(2)
――エドウィンは幼少期から、次期国王となるために育てられた。政治、経済、外交、軍事に法律と、家庭教師による厳しい管理下の元で教育を受けさせられてきた。当時王家には男児がエドウィンしかおらず、全ての期待が彼に寄せられたのだ。
しかし、当の本人であるエドウィンは、決まったレールの上を歩かなければならない息苦しさに辟易していた。国王となり国の奴隷として一生を終えるなど、考えるだけで虫唾が走ったのだ。文武共に優れた能力を持つエドウィンは、王としての十分な素質はあれど、唯一、王としての心構えだけがすっぽりと抜け落ちていた。
エドウィンを特に厳しく育てたのは、今は亡き彼の母だ。エドウィンが十一歳の頃に異母弟のノエルが生まれてからは、エドウィンが王太子の座を脅かされないようにと、母親の厳しさに拍車がかかった。分刻みのスケジュールを詰め込まれ、少しでも休憩を取ろうものなら鞭で打たれた。
そんな生活が何年か続き、とうとう我慢の限界を迎えたエドウィンは、王太子の座から強制的に降ろされるよう策を講じた。その結果が、「女と酒に溺れるだらしのない愚かな第一王子エドウィン」だ。毎夜のように女を連れ込み、酒をあおり、任された公務を放棄した。それが、エドウィンが十五歳の頃。
なぜ城から逃げずそんなまどろっこしい手を使ったかというと、正式に国王の命で城から追放されたかったからだ。何も告げずに王太子が城から逃亡すれば、当然追われる身になる。それは絶対に避けたかった。彼が求めていたのは、何にも縛られない、完全な自由だった。
エドウィンの母は、息子の急激な変化に精神を病み、自室に引きこもるようになった。自分が作り上げた「完璧な息子」が消え去ったことが相当なストレスとなったらしい。躁鬱を繰り返し、自傷気味だった彼女は、その後、程なくして病死した。
エドウィンは国王に何度も叱りつけられたが、もちろん行いを正そうとはしなかった。思惑通り、国王は繰り返し「王太子の座から降ろしてもよいのだぞ」と彼を脅したが、国王が実際にそうすることはなかった。第二王子であるノエルが幼すぎたため、エドウィンに代わる者がいなかったのだ。
そして、転機が起きたのが今から三年前。キャロライナとの結婚である。
これまでエドウィンには何人もの婚約者候補がいたが、どの貴族たちも自分のかわいい娘をエドウィンに嫁がせたくはなかった。エドウィンの放蕩さに苦労するのが目に見えていたからだ。そのためなかなか縁談がまとまらなかったのだが、欲にまみれたシルヴェスター侯爵が自分の娘を王太子に嫁がせようとした。裏側から国を牛耳ろうとしてのことである。
そんな企みを見抜いていた国王はキャロライナとの結婚に反対したが、エドウィンはこの婚姻話を逆手に取った。
――俺がキャロライナと結婚し、ジェイルズ侯爵派を一掃してやる。その暁には、俺をこの城から解放しろ。
それが、エドウィンが国王に突き付けた要求だった。対する国王は、ジェイルズ派失脚の成功を条件に、その提案を飲んだ。手に負えない息子と厄介なジェイルズ侯爵派をまとめて片付けられるなら、これ以上の話はないと考えたからだ。
その後、エドウィンはすぐにキャロライナと結婚し、ジェイルズ侯爵家の悪事の証拠を着実に集め続けた。ジェイルズ侯爵は狡猾に証拠を隠ぺいしていたが、エドウィンが味方として近づくと、どんどんとボロを出してくれた。
順調にジェイルズ侯爵失脚の準備が整いつつあった頃、エドウィンにとって想定外のことが起きた。国王が急な病に臥せってしまったのだ。病状が急激に悪化し死期を悟った国王は、三つの書状を残して城から姿を消した。エドウィンに、「お前の望みはステラに叶えてもらえ」と言い残して――。
「俺はステラが次期国王となることを大変喜ばしく思っている」
静まり返った大広間に、再びエドウィンの声が響く。彼は隣のキャロライナを見据えて、こう続けた。
「もし貴様の暗殺未遂がどうのと言うのであれば、それも問題ない」
「なん……ですって……?」
「あの暗殺未遂事件は貴様の自作自演。その証拠は既に揃えてある。毒を入手したのはイーサン・ヘムズワース、毒の瓶をステラの執務室に隠したのはアウトッド卿だ。アウトッド卿は少し脅せばすぐに吐いたぞ? そして貴様は自ら毒をあおった。死なない程度のな」
エドウィンはからからと笑っている。この場を心の底から楽しんでいる様子だ。
随分と趣味の悪い人だと、ステラは心の中で苦笑する。しかし、エドウィンがこの日を待ち望んでいたことを思えば、窘める気にはならなかった。
一方のキャロライナは、多くの貴族の中からアウトッド伯爵を見つけ出し、「なんてことをしてくれたのよ」と鋭く睨みつけた。視線に耐え兼ねたアウトッド伯爵は首をすくめ、他の貴族の後ろに身を隠していた。
「ああ、あと、ジェイルズ侯爵家がこれまでに犯した悪事の証跡と、それに関わった貴族の名簿もあるぞ」
「殿下……! 裏切ったわね……!!」
キャロライナはギリリと歯噛みし、拳を握りしめ、今にもエドウィンにつかみかかりそうな剣幕だ。もはや本性を隠す余裕はないらしい。
「我々を裏切るということは、あなたも地獄に落ちるということよ、エドウィン殿下! あなただって、これまで我々ジェイルズ家と共に、色々な悪事に加担してきたじゃない!!」
キャロライナの金切り声に、エドウィンは強く顔をしかめた。耳障りだと言わんばかりだ。
「言葉を間違えるな。俺は貴様らに力を貸したことは一度もない。ただ見逃していただけだ」
「見逃した……?」
「ああ。俺は貴様らの悪事を暴くために、あえて見逃していたのだ」
魔法の言葉だな、とステラは思った。第一王子にそんなことを言われてしまえば、たとえそれが嘘であっても、言い返せる者などいやしない。
エドウィンは両腕を広げ、高らかに笑った。
「この夜会は貴様らを裁くために開いたものだ。実に愉快だな、我が妻よ!」
大広間に響く笑い声。呆然とするジェイルズ侯爵派の貴族たち。彼らは皆、自分たちに未来がないことを悟った表情をしていた。
唯一、諦めていなかったのは、キャロライナだけだった。
「衛兵! 今すぐこの場にいる王子と王女を殺しなさい! ここでやらなければ、我々は全員極刑になるわよ!」
キャロライナは壁際に立ち尽くしていた衛兵たちに向かって叫んだ。彼らはステラが引き連れてきた衛兵とは、属する派閥が異なる。敵側の衛兵の中には、一回目の人生でステラを捕らえた男たちが混じっていた。
「暗部も同罪よ! いるんでしょう!? さっさと殺しなさいよ!!」
キャロライナがそう叫んだと同時に、どこからともなく黒い影がいくつも現れた。暗部の人間だ。ステラの命を何度も狙った彼らは、キャロライナが破滅を迎える今、もはや逆賊同然だった。もう後に引けない彼らは、容赦なくエドウィンやステラ、ノエルに襲い掛かろうとした。
「クーデターを起こそうとするか! 面白い!!」
エドウィンは剣を抜き、勇猛果敢に応戦した。互いの派閥の衛兵たちも加わり、ここから乱戦が始まった。
ノエルはウェイバーが守ってくれていたが、ステラは当然武器を持たず、また、近くに守る者もいなかった。
真っ先に狙われるのは自分だとステラはすぐに悟ったが、至る所で剣が交わり、逃げ場がなかった。案の定、暗部の人間が一人、周囲の衛兵を倒しながらステラに近づいてきた。暗部は短剣を握りしめ、ステラに狙いを定めている。シャンデリアの光が刃に当たり、ギラリと光った。
ステラは切先に怯え、その場で動けなくなった。
暗部の男がじわりじわりと近づいてくる。そして、とうとうステラの目の前にたどり着き、剣を振りかざした。
(やられる……!)
痛みを覚悟してぎゅっと目を閉じた時、瞼の裏に浮かんだのはレグルスの背中だった。
キンッと剣の交わる音がして、ステラは目を開けた。そこには甲冑をまとった衛兵の後ろ姿があり、暗部の男の短剣を受け止めていた。その衛兵はかなり腕が立つようで、暗部の男をあっさりと倒してしまった。
「あ、ありがとう……」
ステラは彼の背中に声をかけたが、戦場の喧騒にかき消されて届かなかったらしく、彼が振り向くことはなかった。彼は兜を被っているので顔が見えず、あとで礼を言おうにも誰かわからなければ伝えられない。しかし、名を尋ねようにも距離があり声が届きそうにない。
ステラは名を聞く代わりに、彼の風貌をしっかりと目に焼き付けようとした。
(あ、れ……?)
なぜか、彼の姿が自分のよく知る人と重なり、ステラの心臓がドクンと跳ねた。
(まさか、そんなはずは……。でも、もしかしたら……)
「ステラ様! こちらへ!!」
名を呼ばれ、ハッと意識が現実に引き戻される。
いつの間にか、ウェイバーがノエルを守りながらステラの近くまで来ていた。ステラは味方の衛兵たちの間をすり抜け、彼らと合流する。
ステラは気持ちを切り替え、周囲の怒号に負けないよう、声を張り上げる。
「ありがとう、ミリウス団長! お兄様のところまで行ける!? 助けないと!」
「ご心配には及びません!」
ウェイバーはステラとノエルを敵から難なく守りつつ、会場の前方を指し示した。
その指の先を辿ると、エドウィンが剣を片手に、悠然と舞っていた。その顔には笑みすら浮かび、余裕が感じられる。返り血ひとつ浴びず、彼は美しかった。
「お兄様……すごい……!」
「エドウィン殿下は昔、私が剣の指南をつけておりました! 当時から秀でた才能をお持ちでしたが、今なおご健在のようです!」
国中から「十五歳を迎えて女と酒に溺れてしまった」と揶揄されるエドウィンだったが、彼の体躯はそれ以前と変わらず引き締まったままだった。ステラはそのことをずっと不思議に思っていたのだが、なるほど、裏で剣の鍛錬を続けていたらしい。
気づけば立っている敵が数えるほどしかいなくなっており、程なくして、戦いは終結した。もちろん、ステラ側の勝利で、だ。
ジェイルズ派の貴族たちは皆捕えられ、跪いている。それはキャロライナも同様だった。
「そんな……いや、嫌よ。レオ……助けて! レオっ!!」
恐怖に怯えるキャロライナは、何度もレオという男の名を呼んだ。しかし、周囲の者たちは一体誰のことだと首を傾げている。
エドウィンはキャロライナを見下ろしながら、愉快そうに笑った。
「愚かだな。レオという男が、本当に存在していると思っていたのか?」
「……え?」
キャロライナの周りだけまるで時が止まってしまったかのように、彼女は固まっていた。
「あれは俺の協力者だ。お前を陥れるためのな。お前は実に見事に踊ってくれたよ。俺の手のひらの上で」
エドウィンにとって、ステラの失踪は想定外の出来事だった。どう動くか計りかね、初めは静観を貫いていたエドウィンだったが、彼が事件解決に向けて動き出すきっかけがあった。それが、レオナルドの登場だ。
エドウィンはキャロライナに近づくレオという男――レオナルドが隣国の間者であるとすぐに見抜いた。そして、レオナルドの国内侵入を見逃す代わりに、事件解決の協力を要請したのだ。「ステラをキャロライナの思惑から救うこと」を共通の目的とし、レオナルドは毒殺未遂事件の証拠を集め、エドウィンはステラを呼び戻す準備を進めた。
エドウィンが騎士団長ウェイバーをステラの捜索に向かわせたのは、ステラの行方を探るだけでなく、キャロライナにこれ以上刺客を送らせないようにするためでもあった。この国最強の部隊が向かえば、キャロライナは彼らに任せるだろうと見越してのことだ。
「嘘……嘘よ……だって彼は言ってくれたもの。ずっとわたくしのそばにいてくれるって!!」
「頭のイカれた女の妄言は聞くに堪えんな。息絶えるその時まで、せいぜい空想に逃げるといい」
エドウィンがパチンと指を鳴らすと、キャロライナ含め、ジェイルズ侯爵派の貴族たちが衛兵に連れられていく。
「私が国母になるはずだったのに! 死んじまえ、このクソ王子! そこのクソ王女もだ! 全員死んじまえ!」
キャロライナは大広間を出るまで、エドウィンとステラを睨みつけ、口汚く罵り続けていた。髪を振り乱しながら悪魔のような顔で叫ぶ彼女は、なんとも哀れだった。
こうしてジェイルズ家の断罪劇は、幕を閉じたのだった。




