38.二通の手紙
グレイヴ王国からの手紙が届いたのは、それから七日後のことだった。
正確には、ノエルからステラ宛の手紙がヴァルデア王家に届き、レオナルドからレグルス宛の手紙がアークライト公爵家に届いたのだ。
ノエルの手紙はすぐにアークライト公爵家に届けられた。届けに来たのは王太子アーノルドだ。手紙の内容を見届けに来たらしい。
アークライト公爵家の応接室には、ステラとレグルス、そしてアーノルドとレティシアが揃っていた。四人が囲うテーブルの上には、二つの封筒。ステラはそのうち、グレイヴ王家の封蝋が押された方を手に取り、皆に見守られながら恐る恐る開いた。
◇ ◇ ◇
ステラお姉様
ご無沙汰しております。
無事にヴァルデア王国まで亡命されたと信じて、こうして手紙をしたためております。
レオナルド殿から、お姉様からの手紙を受け取りました。
キャロライナ様の使者に追われる中、僕に手紙を届けてくださり、ありがとうございました。
お姉様が生きていると知り、本当に安心しました。
この度筆を執ったのは、お姉様をお迎えに上がる準備が整ったことをお伝えするためです。
迎えの騎士団を国境沿いに送りますので、指定の日にお越しください。
ちょうどお姉様がグレイヴ王城に到着される頃、エドウィンお兄様主催の夜会が開かれます。
エドウィンお兄様がジェイルズ侯爵家失脚のために協力してくださることになったのです。
夜会にてキャロライナ様とジェイルズ侯爵家を断罪し、ステラお姉様を新国王として迎え入れる手筈です。
にわかには信じがたいかと思いますが、もう一つの手紙をご覧いただければ、信じるに値すると思っていただけるはずです。
いろいろとお伝えしたいことはございますが、それはお姉様が無事に戻られてからにします。
早くお会いできることを願って。
ノエル
◇ ◇ ◇
読み終えたステラは、手紙に書いてあった通り、にわかには信じがたいと思ってしまった。
筆跡は確かにノエルのものだが、エドウィンが協力してくれるなどあり得ないだろう。もしかしたら、エドウィンに脅されて書かされたものかもしれない。エドウィンはキャロライナと結託し、のこのこと帰ってきたステラを殺すつもりなのかもしれない。
ステラは他の三人にも手紙を見せたが、彼らもこれだけではどうにも判断できないという意見だった。
「レオナルドからの手紙を開けてみよう」
レグルスはそう言うと、テーブルに残されたもう一つの封筒を手に取った。そちらはノエルの手紙と異なり、随分と分厚い。封筒には便箋が何枚も入っていて、まるで報告書のようだ。
レグルスが黙々と手紙を読み進め、残る三人は彼が読み終えるまでじっと待った。彼の表情は、腹立たしそうに険しくなったり、驚いたように目を見開いたり、笑いをこらえるようなものになったり、まるで百面相のようだった。一体どんな内容が書かれているのかと、ステラは手紙の中身が早く知りたくてたまらなくなった。
程なくして、レグルスが手紙から顔を上げた。彼の表情は、最終的には心から安堵したように穏やかだった。
「ノエル殿下の手紙は信じて大丈夫だ。グレイヴ王国に帰れるよ、ステラ」
レグルスからの言葉であっても、ステラはすぐには信じられなかった。片眉を上げ、訝しげに尋ねる。
「本当に……? お兄様が手を貸してくれるだなんて、怪しいにも程があるのだけれど……」
「俺もエドウィン殿下の本性には気づけなかったよ。ずっと見てきたのに。殿下は相当な食わせ者らしい」
レグルスはそう言ってから、皆にレオナルドの手紙の中身を説明し始めた。かなり長い報告書であったため、彼が要約してくれた形だ。
話を聞くステラは、レグルスがそうしたように、百面相の如くコロコロと表情を変えた。しかし最終的には、やはり安堵の表情になったのだ。
結局のところ、ノエルはエドウィンに脅されて手紙を書いたわけではなかった。ではノエルがなぜエドウィンを信じることができたのかというと、レオナルドが二人の間を取り持ってくれたからだった。
手紙の内容は一言で言えば、皆がエドウィンの掌の上で転がされていた、ということ。
「全く……なんて人なの。お兄様は」
ステラはただただ苦笑するしかなかった。
ステラはこれまで、エドウィンのことは「女と酒に溺れるだらしのない愚かな男」としか思っていなかった。他の臣下たちも、国民でさえ同様の認識を抱いている。それなのに、皆揃って彼に騙されていたというわけだ。
手紙の内容を聞き終えたアーノルドとレティシアも似たような反応だ。
「エドウィン殿下が、これほどの策士だったとはね。彼がそのまま国王になっていた未来を想像すると、少し恐ろしいよ」
「とんでもない兄を持ったわね。同情するわ」
彼らの言葉に、ステラは再び苦笑する。
手紙の内容がひとしきり分かったところで、レグルスはアーノルドとこれからの話を始めた。
「レオナルドは十分役目を果たした。一旦引かせるけど、構わないな? アーノルド」
「もちろんだ」
「それから、国境沿いに集合する指定日は明日だが、うちの馬車でステラを送ろうと思う。それでいいか?」
「ああ、よろしく頼むよ。結局、ヴァルデア王家としては何もできなかったな」
そう言うアーノルドは、「不甲斐ない」と苦笑していた。ステラは首を横に振り、穏やかな笑みを浮かべる。
「そんなことはございません。ヴァルデアに入国しなければ、私は今でも刺客に追われていたでしょうから。この御礼は、いずれ必ず」
「ヴァルデアとグレイヴの強固な友好関係、という形で返してくれたら構わないよ」
アーノルドが目を眇めて言うと、「それは一方的にもらいすぎじゃないか?」とレグルスが突っ込みを入れた。アーノルドは「それもそうだ」と言って軽やかに笑う。
「もちろん私も、将来のヴァルデア国王として、二国の未来のために全力を尽くすと誓うよ。これからも末永くよろしく頼む、ステラ王女」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
そうして事態は急展開を迎え、今日はステラにとって、アークライト家で過ごす最後の日となった。




