32.愚案か妙案か
「ジェイルズ侯爵家を退けるために、エドウィン殿下がお力添えくださると?」
シルヴェスターの視線は、エドウィンを探るような険しいものだった。エドウィンはそんなことを意にも介さず、ニヤリと笑って答える。
「ああ。いずれ王となる弟に恩を売るのも、一興だと思ってな」
「えっ」
「なんですと……?」
ノエルとシルヴェスターは同時に声を上げた。
エドウィンはキャロライナと共に王位を狙っていたのではなかったのか。ノエルは一層、兄の腹の底がわからなくなった。
シルヴェスターも今の回答に納得がいかないようで、その表情がさらに険しくなる。
「お戯れを。一体、何が目的なのですか?」
「なに。お前のいう通り、ただの戯れだ」
エドウィンの口元には、やはり笑みが浮かんでおり、この状況を楽しんでいるようにしか見えない。
ノエルがエドウィンの思惑を測りかねていると、彼は目を眇めて言った。
「ノエル。ステラを呼び戻す文を隣国宛に出せ。あとは俺がどうにかしてやる」
◇ ◇ ◇
キャロライナはその日の夕暮れ時、突然エドウィンに呼び出された。
レオナルドと楽しく過ごしていたというのに、本当にタイミングが悪いと、キャロライナは心の中で毒づく。しかし、夫である以前に曲がりなりにも第一王子に呼び出されては、無下に断ることはできない。それに、ステラ捜索に何か進展があったのかもしれない。
エドウィンは珍しく執務室にいた。いつも女か酒に溺れる彼がこの部屋を使うことは滅多にない。
「ご用件はなんでしょうか」
キャロライナは部屋に入るや否や、本題に入れとエドウィンを急かした。さっさと話を終えて、早くレオナルドの元へ帰りたいのだ。
執務椅子に悠然と座るエドウィンは、からかうように口角を上げた。
「最近、気に入る男がいるそうではないか」
エドウィンの言葉に、キャロライナは胸の奥底から泥のような怒りが湧いてくるのを感じた。毎夜違う女を抱く夫に、レオナルドのことを非難される筋合いはない。
「……何かご不満でも?」
「まさか」
エドウィンはフッと笑い飛ばしたあと、すぐに真面目な表情になった。
「ミリウスと第一騎士団の連中は、どうやらステラ側につくことにしたらしい」
その報告に、キャロライナは思わずギリリと歯噛みした。
この国最強の騎士、ウェイバー・ミリウスに任せておけば、ステラの首を取ることなど造作もないと思っていた。それがまさか、失敗に終わるとは。これではステラを亡き者とする別の方法を考えなければならないではないか。
「王家の命令を聞けない男など、斬首刑に処してしまえばよろしいのに」
「そんなことをすれば、俺たちの立場が悪くなる」
今さら立場など考えるのかと、キャロライナは心の中で嘲笑した。彼の評判は随分前から地に落ちている。よほどの偉業を成し遂げない限り、回復は不可能だ。
「ミリウスは追跡の先でステラに会ったそうだ。ステラは隣国ヴァルデアに向かったらしい。恐らく今頃は国境を越えているだろう。もう手出しは出来ん」
「亡命したということですか? であれば都合がよろしいのでは? きっともう、この国に帰ってくる気はないのでしょう」
「あの女がそんなヤワに見えるか? 民を思い、国を一番に考えるあの女が?」
エドウィンの言葉には、はっきりと嫌悪の念が込められていた。彼がステラを心底嫌っているのは誰もが知っていることだ。彼はステラのせいで王太子の座を剥奪されたと思っているのだろう。全ては己の行いのせいだというのに。
「ステラはヴァルデア王家に助けを求めるつもりだろう。奴がこの国に舞い戻る前に動くぞ」
「動く……とは? 何か策でも?」
キャロライナが訝しげに尋ねると、エドウィンはニヤリと歪な笑みを浮かべた。
「ジェイルズ侯爵家派の貴族を集めて夜会を開く」
「何のために……?」
「俺が王になるための下準備だ。ステラが戻ってくる前に、国王が死んだという嘘をでっち上げる。当日集まる貴族には、その協力者となってもらおう」
あまりに愚かな策に、キャロライナは軽い頭痛を覚えた。国王が存命の今、そんなことできるはずがない。
国王の居場所は城の重役の皆が水面下で探っているところだが、誰も見つけられていない。だが、さすがに自分が死んだことにされれば、国王も黙ってはいないだろう。
「それは……流石に無理なのでは?」
「いくら探しても見つからないのなら、いないも同然だ。もし嘘を流して巣穴から出てきたのなら、そこを狙って首を取ればいい」
「それもそうですわね……」
キャロライナは妙に納得してしまった。
国王の居場所がわかれば、暗殺することだって可能だ。国王が死んだという噂を流し、王が出てくれば殺す、出てこなければ本当に死んだことにする。愚かな案だと思っていたが、急に妙案に思えてきた。
国王が亡くなった場合、現状だと王位継承権第一位のエドウィンが次期国王となる。つまりキャロライナは、この国の王妃になれる。
「もしかしたら、国王は既に死んでいるのかもしれんぞ? ハハッ」
エドウィンがそんなことを言って笑うので、この人は本当に血も涙もないクズ男だとキャロライナは改めて思った。自分も大概だが、家族の死を想像して笑う心は持ち合わせていない。
「エドウィン殿下の案に賛成いたします。夜会の準備を進めますわ」
「アウトッド卿への招待状は忘れずにな。ステラの執務室に毒の瓶を隠し、奴を追い詰めた功労者だ。毒を入手したイーサンにも来てほしかったが、あいにく行方知れずとなっている。実に残念だ」
キャロライナはぞっとした。この男は、全てを知っている。ここでエドウィンに逆らえば、どうなるかわかったものではない。全ての証拠を握られている気がしてならなかった。
キャロライナは冷や汗をかきながら、できる限り平然を装った。
「夜会の時期はいつにいたしましょうか」
「今から二十日後。二十日後の夜だ」
「承知しました」
キャロライナは「すぐに準備に取り掛かります」と言って、逃げるようにエドウィンの部屋から出て行った。心の奥まで見透かされている気がして、彼と一緒の空間にいるのが耐えられなかったのだ。
しかし、キャロライナはここで気づくべきだった。なぜエドウィンが夜会を数日後ではなく、二十日後などという猶予を持たせて設定したのかを。




