31.あと一歩
レグルスとステラが隣国へと脱出した頃。
グレイヴ王城の一室では、ノエルと宰相のシルヴェスターが揃って頭を悩ませていた。
「あと一歩……あと一歩なのに……!」
ノエルはここ数日、キャロライナとその裏にいるジェイルズ侯爵の勢力を削ごうと、彼らの情報をひたすら集めていた。思った通り、色々と黒い噂は出てきたものの、決定的な証拠が見つからず、困り果てているのだ。
シルヴァスターはステラ陣営の人間であるため、ジェイルズ侯爵側の内情に特別明るいわけではなかった。
ステラの婚約者であるイーサンに協力を仰ごうとしたが、なぜか数日前から行方知れずとなっている。イーサンの父、外務大臣のヘムズワース侯爵に聞いても、イーサンの行方はわからなかった。
「やはり、協力者であるレオナルド殿に探っていただく他ないのでしょうか」
レグルスの弟レオナルドは、キャロライナの元に潜入しつつ、定期的にノエルに報告を行っていた。
キャロライナ毒殺未遂の件については、レオナルドがキャロライナに近づき、彼女の自作自演だったことを突き止めている。しかし、毒を入手したのはステラの婚約者イーサンであり、やはりキャロライナを追い詰める決定打には至らなかった。その上、キャロライナの自作自演だという証言はレオナルドしか聞いていない。いくらでも言い逃れできるだろう。
「お姉様の帰還に備えて、少しでも状況をよくしておかなければならないのに……!」
ノエルは己の至らなさに歯噛みした。
レオナルドにステラの動向を聞いて以降、続報が入ってきているわけではない。そのため、ノエルは姉が今どこにいて、無事かどうかすらもわからない状況だった。
それでもステラが必ず帰ってくることを信じて、今こうしてあがいている。
ノエルとシルヴェスターは、これまでに集めた情報を改めて整理しながら頭を悩ませていた。すると、廊下からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。
「ノエル殿下! 失礼致します!」
扉の外から届いた声に、ノエルとシルヴェスターは顔を見合わせた。声の主は、第一騎士団団長、ウィエバー・ミリウスだ。
ノエルが入室の許可を出すと、すぐにウェイバーが入ってきた。彼は額に大粒の汗を浮かべており、随分と慌てた様子だ。
ノエルは何事かと、目を丸くする。
「ミリウス騎士団長、どうしたのですか? 確かここ数日、城を空けていたのでは?」
「つい先ほど戻りました。色々とご報告したいことがございます。ノエル殿下、どうかお時間を頂戴できますでしょうか」
「もちろんです」
ウェイバーは珍しく息を上げていた。帰城後、かなり急いでここまで来たようだ。
ノエルはウェイバーが不在にしていた理由を知らず、何かとんでもないことが起きているのではないかと、ゴクリと唾を飲んだ。
「私はエドウィン殿下に、ステラ殿下を見つけ出せと命を受け、跡を追っておりました」
「え……」
途端にノエルの顔から血の気が引いていく。
エドウィンはつまり、ステラを始末しようと動いている、ということか。そして、その命に従わなければならなかったウェイバーが、これほどまでに慌ててやってきたということは――。
「もしかして、お姉様は、もう……」
ノエルの声は震えていた。最悪の結末を想像してしまったのだ。シルヴェスターは言葉にならないようで、絶句して固まっている。
二人の反応に、ウェイバーは誤解を与えてしまったと、慌てて言葉を付け加える。
「いいえ、違うのです。ステラ殿下は、生きていらっしゃいます。今頃、隣国ヴァルデアに到着されているのではないかと」
「…………っ!」
ステラが生きている事実に、ノエルは目頭が熱くなり、こらえるように唇を噛んだ。
ヴァルデアに逃げたということは、ステラの身の安全は保障されるはずだ。恐らく、ヴァルデア王家を頼ろうとしているのだろう。
「ステラ殿下は私にこう命じられました。『私が城に戻るまで、ノエル殿下を守り、ノエル殿下の力となりなさい』と」
「お姉様……」
「私はもう、エドウィン殿下の命は聞き入れません。ステラ殿下が戻られるまで、ノエル殿下の剣となり、盾となりましょう」
「ありがとうございます。ミリウス団長」
この国最強の騎士に守ってもらえるとは、これ以上安心できることはない。
実を言うと、ノエルは次に狙われるのは自分だろうと、各所からの暗殺を警戒していた。いつもより警備を固めてはいたが、ウェイバーがいてくれるなら、ジェイルズ侯爵家の黒い証拠探しに専念できる。
その後、ウェイバーも加わり、どうしたらジェイルズ侯爵家の勢力を削げるだろうかと、三人で頭を悩ませた。しかし結局、なんの結論も出ないまま、夕暮れを迎えてしまった。
そろそろ解散の頃合いだと、一同が席を立った時、ノックもなく突然部屋の扉が開いた。
「随分と困り果てているようだな、我が弟よ」
悠然と中に入ってきたその人物は、なんと第一王子のエドウィンだった。
「エドウィンお兄様……!」
予想外の来訪に、ノエル含めて皆がざわついた。
これまでエドウィンがノエルの元を訪ねてくるなど、一度もありはしなかった。このタイミングで来たことに、ノエルはそこはかとない恐怖を感じた。この訪問の理由が決していいものではないと思ったのだ。
エドウィンはウェイバーを視界に捉えると、鋭い視線を向けた。
「帰城後、なぜ真っ先に俺のところに報告に来ない? なあ、ミリウスよ」
「…………」
ウェイバーは何も答えず、ただ黙ってエドウィンの視線を受け止めている。その額には汗が流れていた。
待っても言葉が返ってこないと判断したのか、エドウィンは小さく息を吐いた。
「まあよい。お前がノエルの元へ来たということは、ステラは生きているのだな」
その言葉に、緊張が走った。やはりエドウィンはステラを亡き者にしようとしているのだろうと、ノエルの心臓が縮み上がる。
そもそもなぜ、ウェイバーが報告しなかったこととステラの生存が繋がるのか。エドウィンはそこまで頭の切れる人間ではなかったはずだ。女と酒に溺れる怠惰な王子。それがこの場にいる全員の――国民中の認識だったはずだ。
ノエルにとっても、シルヴェスターにとっても、ウェイバーにとっても、今のエドウィンは普段の姿とあまりにもかけ離れているように見えた。
エドウィンはゆっくりとノエルに近づくと、片側の口角を上げフッと笑った。
「ノエル。助けて欲しいか?」
「助ける……?」
「腹黒なジェイルズ親子を失脚させたいのだろう?」
「なっ……!」
ノエルは言葉を失った。こちらの動きが全てバレていたのかと、途端に冷や汗が止まらなくなる。
エドウィンがなぜこちら側に手を貸すような発言をしたのか、ノエルにはわからなかった。エドウィンはキャロライナと婚姻関係にある。ジェイルズ侯爵家が失脚すれば、エドウィン自身にも影響が及ぶことは避けられない。
言葉を見失い、固まってしまったノエルの代わりに、シルヴェスターが口を開いた。




