26.すげえそそるから
「レグルス、大丈夫? よかった、目が覚めたのね」
彼の深紅の瞳を見て、心の底から安堵が溢れてくる。もう二度と、この綺麗な宝石を見れないかと思った。ステラは思わず彼に抱きつきたくなったが、ぐっとこらえた。
目覚めたばかりのレグルスはまだぼんやりしていたが、次第に意識がはっきりしてきたようで、首を動かしステラを視界に捉えた。そしてハッと目を見開くと、レグルスは勢いよく上体を起こした。しかし傷口に響いたようで、顔をしかめて腹部を押さえる。
「ってえ……」
「動かないで! 傷口が開いてしまうわ。じっとしてないと」
ステラは慌ててレグルスの体を支えた。彼は腹部を押さえたまま、かすれた声を出す。
「……ごめん、どれくらい寝てた?」
「まだ半日くらいよ」
「それなら致命的な遅れにはなってないか。お嬢さん、悪いんだけど、出発の準備をお願いしていいかな?」
「だめよ、まだ寝てないと!」
ステラが強く窘めると、レグルスは顔を上げた。
「傷口、手当してくれたんだ。ありがとう。お陰でもう平気」
レグルスはニッと笑ってみせたが、その額には大粒の汗が浮かんでいる。平気なわけがないのは明らかだった。
「そんなわけないでしょう? どれだけ出血したと思ってるの! 熱も出てきたみたいだし、寝てないと!」
彼の背に添えた手からは、確かな熱が伝わってきていた。まだ微熱だが、今後熱が上がってくるなら気を付けなければならない。
「ステラは心配性だな。こんな怪我しょっちゅうだし、慣れてる」
「そんなことに慣れないで。一度包帯を取り換えましょう」
ステラは有無を言わさず包帯を取り換えた。流石にまだ傷口は閉じ切っていないようで、じんわりと血がにじんでいる。レグルスは抵抗する力もないのか、ステラになされるがままだった。
「ねえ、他に何かできることはある? ご飯、作りましょうか?」
「食欲ないから大丈夫。水、くれるかな」
「わかったわ」
ステラはすぐに荷物から飲み水を取り出し、レグルスに渡す。彼は少しずつ水を飲むと、ふう、と息を吐いた。
「さあ、横になって。動けばまた傷口が開くわ。今は休みましょう」
「ごめん……。一日だけちょうだい。明日には絶対に出発しよう」
レグルスは体がつらいのか、ステラの言葉を聞き入れ、大人しく横たわった。そして再び目を閉じる。
「他には? 私にできることなら、なんでも言って」
「ううん、そうだな」
レグルスは、目を閉じたまま、フッと笑った。
「お嬢さんが口づけのひとつでもしてくれたら、きっと元気に――」
ステラは彼の唇を自らの唇で塞いだ。口づけなど、もちろんしたことはない。だから、見よう見まねだ。
唇はほのかに温かく、彼が生きていることを実感した。胸の奥底からぐちゃぐちゃな感情がこみあげてきて、目頭が熱くなる。ステラが顔を上げると、目に溜まった涙がこぼれ落ち、彼の頬を濡らした。
レグルスは心底驚いたように、目を大きく見開いている。ステラは構わず、彼に感情をぶつけた。
「あなたが元気になるのなら、口づけくらい、いくらでもしてあげるわよ! だから絶対に生きなさい。死ぬなんて、この私が許さないわ!」
感情を表に出したことで、涙が止まらなくなった。嗚咽が漏れそうになるのを、唇を噛みしめてこらえる。すると突然、レグルスに腕を掴まれた。
「ステラ。そんな顔、絶対に他の男の前でしちゃだめだよ」
「は? というか、今、名前を――」
その瞬間、腕を引かれた。反動でステラは前のめりになる。慌ててもう片方の手を地面についたが、レグルスの手が後頭部に添えられ、そのまま引き寄せられる。
気づけば彼の顔がすぐそこにあった。
「すげえそそるから」
「んむっ!」
再び唇が重なった。ステラが驚いて口を開いた途端、彼の舌が入り込んでくる。余計に驚き体を引こうとするが、頭を押さえられていて無理だった。
貪るような口づけ。しかし彼との口づけは、不思議と嫌ではなかった。むしろ――。
快楽を自覚した途端、羞恥で頭がいっぱいになった。その時、不意に口づけがやみ、ステラは慌てて彼から離れた。
「な……ななな……!!」
顔を真っ赤にするステラを見て、レグルスはくしゃりと笑った。
「お嬢さん、かわいい。超元気出た」
「うるさいっ! さっさと寝なさい!」
恥ずかしさを誤魔化すように、ステラはレグルスにバサッと毛布を掛けた。彼は「わかった」と言ってクスクスと笑う。
ステラが無視を決め込んでいると、程なくしてレグルスは眠ってしまった。
ステラは彼から少し離れたところに座り、頭を抱えた。彼との口づけを思い出しては羞恥で悶絶し、自分はなんて大胆なことをしてしまったんだと後悔する。こちらが自ら口づけをしなければ、レグルスもあんなことはしなかっただろう。
ステラはレグルスの容態を見つつ、ずっとそんなことを考えていた。
その後、レグルスは翌朝まで眠り続けた。彼の容態が安定したのでステラも眠ろうとしたが、唇の感触を思い出しては目が覚めてしまい、ろくに眠れないのだった。




