25.不安と恐怖と
カラン、という音で、ステラは目を覚ました。辺りは暗く、まだ夜中であることがわかる。
何の音か気になって、寝袋からもぞもぞと出た。寝る前についていた焚火は既に消えていて、洞窟の中は暗く、よく見えない。
ドサ、という音が聞こえた。何かがおかしいと、ステラは途端に不安になり、レグルスを起こそうとする。彼がどこで寝ているのか暗くてわからない。
「レグルス、起きて、何かいる」
ステラが小声で名を呼ぶと、すぐに彼の声が返ってきた。
「ああ……お嬢さん、ごめん。起こしちゃったか……」
レグルスの声を聞いて安堵したステラだったが、どこか苦しそうな声音だったのが気になった。
「レグルス、どうしたの? 大丈夫?」
ステラは洞窟の岩肌を伝い、声のした方へ向かった。「大丈夫、寝てていいよ」とまた声が返ってきたが、やはりおかしい。息絶え絶え、といった様子だ。
段々と洞窟の入り口に近づき、ぼんやりと足元が見えるようになった。そして、入り口付近に黒い影がうずくまっているのが見え、ステラはハッとした。レグルスだと確信し、すぐに駆け寄る。
「どうしたの? 大丈夫? 体調が悪いの?」
レグルスの隣に膝をつき、ステラは彼の顔を覗き込んだ。彼の額には大粒の汗がいくつも浮かんでおり、息も荒い。肩で息をしている彼を、初めて見た。
「ごめん、お嬢さん……。少し、寝るから、朝には、起こして……」
レグルスは途切れ途切れ話すと、とうとうその場に倒れ込んでしまった。
「レグルス!?」
ステラは慌てて彼の額に手を当てた。体調を崩し熱が出たのかと思ったが、むしろひやりとしている。レグルスは苦しそうに目を閉じたまま、何も話さない。いや、話せないのかもしれない。
「当てはまったら頷いて。寒気がする? それとも気持ちが悪い? それとも――」
ステラの手に生暖かい、ぬるりとしたものが付いた。気づかぬうちに彼の服に触っていたらしい。一体何だと思い手を見ると、べったりと黒い液体が付いていた。
「え……」
血だ。
焦っていて気が付かなかったが、血の――錆びた鉄のような匂いがはっきりとする。彼の体をよく観察すると、衣服の汚れ方からして、腹部から出血しているようだった。
「どうしよう……どうしよう……」
ステラは気が動転した。このまま彼が死んでしまうのではと思ったのだ。どうして彼が傷を負ったのかまでは頭が回らなかった。ただただ、怖かった。
「落ち着くのよ、私……!」
過呼吸になりかけていることに気づき、意識的に息を深く吐く。何度か深呼吸を繰り返すと、心臓が落ち着き、頭も冴えてきた。
今自分にできることは、彼を手当てすること。
ステラは岩壁を伝って寝袋の方に行くと、手探りでリュックを探し出し、再びレグルスの元へ戻った。
リュックの荷物をひっくり返し、薬草と包帯を取り出す。意を決して彼の服をめくり、腹部を確認した。腹部には刃物で真横に斬られたような傷があった。幸い傷は浅そうだったが、まだ出血が続いている。
ステラはひっくり返した荷物の中から綺麗なタオルを取り、彼の腹部に当て圧迫した。レグルスが「ぐ……」と苦しそうにうめいたので、思わず力を緩めそうになったが、それでは止血にならないと、適度に力を込める。
じわじわとタオルが血に染まっていったが、暗がりの中なのは幸いだった。今が昼間であれば、血の色を見て卒倒していたかもしれない。
どれくらい傷口を抑えていたかわからない。しかし次第に、血のにじみが収まってきた。
(そろそろかしら)
ステラはタオルを外し、水を含ませた清潔なタオルで傷口を拭きとった。化膿止めの効果のある薬草を傷口に当て、その上から包帯を巻きつける。
(で、できた……)
ステラは王女教育の中で、万が一に備えた応急処置の方法を学んでいた。もちろん実際に処置をするのはこれが初めてだったが、知識を身につけていてよかったと、過去の自分を褒めてやる。
それから、リュックに入っていた毛布を取り出し、レグルスにかけた。彼は先ほどまでよりは落ち着いたようで、表情は穏やかになり、呼吸も正常に戻っている。
寝入った彼を見てホッとしたが、容体が急変するかもしれないと、ステラは朝まで寝ずに付き添った。胸の上下を見て呼吸を確認したり、包帯に血が滲んでいないか確認したり、ステラは終始、彼に異変が起きていないか確認し続けた。
そして太陽が昇ると、レグルスが寝ている場所――洞窟の入り口付近にも日の光が差し込んだ。夜中は暗くてよく見えなかったが、今は血の赤黒い色がはっきりと見える。
レグルスの服は、腹部を中心に血まみれになっていた。着替えさせたいが、今は休息を優先させた方がいいだろうと、替えの服を荷物から取り出して用意だけしておいた。
そしてステラは、彼の血痕が洞窟の外に続いていることに気づいた。気になって洞窟から少し出てみると、すぐそばに彼の剣が落ちていた。昨夜目が覚めた時に聞いた「カラン」という音は、剣が地面に落ちた時のものだったのだ。刀身にはやはり血がついていた。
ステラはここにきて初めて、レグルスが誰かと戦って負傷したのだと理解した。
(私を守るために、彼はこんな大怪我を……)
その事実に、胸がずきりと痛んだ。
レグルスの血痕を目で追うと、その先には黒装束の男が倒れていた。男の周りには血だまりができており、あの出血量では恐らくもう息絶えているだろうと、ステラは思った。近づいて生死を確認したかったが、怖くてそれは叶わなかった。レグルスの剣を抱え、大人しく彼の元へ戻る。
朝食を作りたかったが、火を起こそうにも薪がない。レグルスを置いてここを離れるわけにもいかず、かといって彼が目覚めた時に何もないというのはどうだろう。いつも食事を作ってもらっている身としては、ひどく申し訳ない気がした。
(でも、怪我をしていたら食欲もないかしら……)
ステラはそう思い至り、彼のそばについていることにした。
やがて日が高く昇った頃、レグルスは目を覚ました。




