23.英雄との決闘(2)
「レグルス。ここからは私に譲ってくれる?」
ウェイバーは国王に忠誠を誓い、そして、国王から国政を任されたステラに対しても、誠心誠意仕えてくれた。彼の忠誠心を裏切ったのは、紛れもないステラである。彼の疑問と怒りと葛藤に、言葉をかけてやれるのは、答える責任があるのは、この場においてステラしかいない。
レグルスは一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに剣を収め、「仰せのままに、お嬢さん」と言って恭しく一礼した。ステラはひとつ頷き、ウェイバーに向き直る。
「ミリウス騎士団長、あなたには、そろそろ孫が生まれるのでしょう?」
「な、なにを……今そんな話は――」
ウェイバーの言葉を聞き終える前に、ステラは視線を他の騎士に向ける。
「ウェルトン、あなたはもうすぐ、ラングフォード子爵令嬢と結婚するのよね。確か、幼馴染と言っていたかしら」
「え……」
「ヨーク、お父様が体調を崩しがちだと言っていたけれど、お元気にしていらっしゃるかしら」
「は、はい……」
ステラは王城に仕えている全員の顔と名前を覚えている。特に第一騎士団の皆とは関わる機会が多かったので、その背景までよく知っているのだ。
その後もステラは、その場にいる騎士全員の名前を呼び、語り掛けた。そして、力強い視線で皆を見回しながら、はっきりと告げる。
「私が城を離れたのは、あなたたちを、あなたたちの家族を、民を、この国を守るためよ」
ウェイバー以下、第一騎士団員たちは、揃って息をのみ、黙り込んでいる。
「私はキャロライナ様に嵌められ、城から一度去るという選択肢を取らざるを得なかった。あのまま逃げずに城にいれば、私は今頃、キャロライナ様に殺されていたでしょうね」
一度目を閉じ、息を吐く。その瞼の裏には、地下牢の光景が鮮明に焼き付いている。ステラの死後、あの世界線で何が起きたかはわからないが、どれだけ悲惨な結末になっていたか、容易に想像がつく。
ステラは再び目を開いた。
「キャロライナ様――そして後ろに控えるジェイルズ侯爵がこの国を牛耳れば、隣国ヴァルデアとの友好関係は簡単に終わりを告げるわ。そうなれば、また多くの血が流れてしまう。だから私はあえて国外に――ヴァルデアに行くわ。そして、そこで形勢を整え、必ず城に戻ります」
騎士団の面々は、何も言えないようだった。この中で戦争を望んでいる者など誰もいない。ようやく手に入れた平穏を自らの手で守り続けたいと、彼らは強く願っている。ステラに「国を守るためだ」と言われれば、彼らに言い返す言葉はなかった。
しかしウェイバーは、納得しきれないというように、悲痛な面持ちで訴えかける。
「なぜ我々を頼ってくださらなかったのですか!? なにも城から逃げることはなかったでしょう!? あなた様の命令であれば、いくらでもお守りしたというのに!」
確かにウェイバーに頼めば助けてくれただろう。しかしそれは無理だったと、ステラはほんの数週間前を思い出す。
「そうね。でも……あの時は、誰かに助けを求める余裕すらなかったのよ」
キャロライナの手下が来るまでに、ウェイバーに助けを求められるほどの時間はなかった。そう、レグルスしかいなかったのだ。だから今、ステラのそばには彼がいる。
ウェイバーは主を守れなかった悔恨からか、悔しそうに顔を歪め、拳を握りしめた。思わず俯いた彼に、ステラは「顔を上げなさい」と命じる。
「ミリウス騎士団長。そして、あなたたち第一騎士団に、とても重要な任務を与えます」
ステラは一人一人の顔を見つめた。彼らは皆一様にステラの命を待ち構え、ゴクリと唾を飲んでいる。
ステラは小さく息を吸い、彼らに命令を下した。
「私が城に戻るまで、ノエルを守り、ノエルの力となりなさい。あなたたちに、この国の命運がかかっているわ。頼んだわよ」
「「は!」」
騎士団員たちは皆、ステラに向かって敬礼してみせた。しかし、ウェイバーだけは違う。
「お待ちください、ステラ殿下。隣国に行かれるならば、私が護衛として付き添います!」
ウェイバーの必死の訴えに心打たれたステラだったが、困ったように眉を下げて笑い、首を左右に振った。
「不要よ。あまり大勢で動くと、キャロライナ様の刺客に見つかるわ。あなたは、あなたのやるべきことをなさい」
「ですが……!」
ウェイバーは反論しようとしたが、ステラの強い眼差しを見て、意思が変わらないと悟ったようだ。ギリリと歯を食いしばった後、胸に溜めていた思いを吐き出すように大きく息を吐く。
「承知いたしました。どうか……どうかご無事で……!」
「ありがとう。城のこと、よろしくね」
「はい」
話がひと段落し、ステラはホッとした。しかし、まだやるべきことがあると、レグルスの元へ駆け寄る。そして彼の腕を引っ張り、再びウェイバーの元へ戻った。
「ミリウス団長。最後に、彼への侮辱を謝罪しなさい。彼はここまで、命がけで私を守ってくれたのよ。彼を侮辱することは、この私が許さないわ」
ステラは、ウェイバーが先ほどレグルスに向かって「小汚い賊」だの「卑劣な暗殺者」だの吐き捨てたのが、どうにも我慢ならなかったのだ。
ステラの発言に、ウェイバーもレグルスも目を丸くしていたが、ウェイバーはすぐにレグルスに向かって深々と頭を下げた。
「貴公がステラ殿下の命の恩人だとはつゆ知らず、あのような発言をして申し訳なかった」
「いいよ、気にしてない」
レグルスはあっけらかんとそう言って笑い飛ばした。ウェイバーは頭を上げると、真剣な眼差しでレグルスを見据える。
「ステラ殿下のこと、頼んだぞ」
「言われなくとも。必ず守り抜くって、もう随分前に誓ってある」
そういえば城を出る前に、レグルスから『君を守ると誓う』と言われたことを、ステラは思い出した。突然隣国のいざこざに巻き込まれたにもかかわらず、彼はその誓いを果たしてくれている。本当に、感謝してもしきれない。
それからウェイバーは、第一騎士団を引き連れて城に帰って行った。突然の嵐が過ぎ去り、ステラは全身から力が抜けた。
「全く……肝が冷えたわ。まさか、あのウェイバー・ミリウスと決闘するだなんて」
「ごめんごめん。でも、勝ったから許してよ。怪我もしてない」
「そうね。許すわ。そしてありがとう」
窮地を救ってくれたことはもちろんのこと、レグルスがウェイバーに怒ってくれたことに、ステラは強く胸を打たれていた。最初はどうして怒っているのかわからなかったが、彼は本来味方であるべきウェイバーがステラを捕らえようとしたことに腹を立てていたのだ。それがなんだか、とても嬉しかった。
ステラが感謝を伝えると、レグルスは目を眇めていたずらっぽく笑う。
「お礼の言葉も嬉しいけど、ご褒美のキスをくれたら、もっと嬉しいな」
「フフッ、またそれ? しないわよ。諦めなさい」
「ええー」
そんな軽口を言い合いながら、二人は再び馬に乗り、隣国ヴァルデアに向けて歩を進めるのだった。




